腐女子と腐兄と普通の子
自分の机に向かってペンを握りながら考えていた。
――自由帳じゃ限界かな、やっぱり画用紙を――
その時、後ろから姉の黄蝶が声をかけてきた。
「藍燐~暇だよぉ~遊ぼうよ~」
「あたし今忙しいから、仁志兄ぃにでも遊んでもらって」
あたしの台詞に黄蝶が肩を落として答える。
「仁志は彼とデートの真っ最中……ハァ、私の初恋が……」
養女であるうちら姉妹にとっての義理の兄貴になる仁志兄ぃに、黄蝶は惚れていた。だが彼氏がいるという事実を知り、諦めざるを得ない状況に追い込まれた。
「まだ言うか。すっぱり諦めるとか豪語してたくせに、全然諦めきれてねぇじゃん。まぁ、1度本人に女じゃ駄目なのか聞くんだね」
「恥ずかしくて聞けるか! そんなん!!」
目を剥いて逆切れする黄蝶。黄蝶は姉のくせに何故かあたしに徹底的に甘えてくるから困る。
「と~に・か・く! 邪魔しないで!」
そう言って机に向かってノートに続きを書き始める。
「え? それ、藍燐が書いたの?」
あたしが自由帳に書いているのは漫画だ。最近、漫画を読んでいるだけでは物足りなくなって自分で書いてみると、何だか思ったより書ける事に気が付いた。
「まぁね。どう? 結構イケてない?」
「イケてるも何も、一体……いつから?」
目を丸くしてあたしが書いた絵に見入る黄蝶の質問に答える。
「ん~先週くらいからだね。自分が絵を書ける事に気付いたのは」
「せ、先週?! これ自己流??」
「そうだよ? 本屋で漫画の描き方の本買って来てさ~、分からない事はネットで調べたりね。漫画読むのも良いけど、書くのも楽しいんだよ、これが! あたし漫画家になろうかなぁ~。で、どう? 上手い?」
「う……上手いも何も、もうプロみたいだよ! なんだこれ! なんだこの妹! お前はドラえもんの秘密道具でも持ってるのか??」
興奮して叫ぶ黄蝶に、持っている訳ねぇだろ! と突っ込みを入れつつ、引き出しから1冊のノートを出して黄蝶に差し出す。
「それは漫画として完成しているやつ。昨日出来たんだ、へへ。ちょっと読んで感想聞かせてよ?」
「そういえば、最近遅くまで起きてたみたいだけど……珍しく勉強しているのかと思ったら、漫画描いてたのか」
黄蝶はそう言いながらも自分の机に座ると、あたしの書いた漫画を開いた。が、1ページ目の表紙で、おいっ!! と突っ込まれた。
「のっの……のび太とジャイアンがっ……キ、キスし……あ、アホか! なんじゃこら! 題名も<ジャイアニズム・ラヴ>って……怖いわ!」
「まぁまぁ、表紙だけじゃ分からねぇって。続き読んでみてよ」
あたしの台詞に渋々ながら震える手でページをめくっていく黄蝶。やがて震えは肩まで広がる。うぅ、うぅうぉ~。と、呻きながらあたしの漫画を読んでいる。
うんうん。そうだろうそうだろう。あたしの渾身の作品だ、今頃、作品の世界へ引き込まれて抜け出せなくなっていることだろう! ふふふ、黄蝶、あんたがあたしの最初のファンさ!
「キモいわ~!! ショック過ぎる! 最低だ! あんた最低だ!!」
そう叫んで、あたしの作品を投げつけてくる。
「ちょっ! なにすんだよ! 最低って何で? 最高じゃん??」
「ざけんな! マジざけんな! 藍燐は全国の、いや世界のドラえもんファンを馬鹿にした! 最低だ! ていうか、それでも11才か?! こんな小5が存在していいのか? マジありえねぇ!」
黄蝶は頭を抱えて天を仰いで錯乱状態に陥っている。
う~ん……黄蝶にはちょっと刺激が強すぎたかな? あたしとしてはソフトな感じを意識した作品なのだが……所詮、姉とは言っても12才の小6少女。純真な黄蝶にはきつかったか……。
「分かったよ黄蝶。モザイク入れるよ」
「そういう問題じゃねぇぇぇぇぇ!!」
「もしかして、のび太が攻めの方が良かった?」
「そういう問題でもねぇぇぇぇぇ!!」
「じゃ、何なんだよ! スネオ派って事か?」
「もはや意味すら分からねぇぇぇぇ!!」
黄蝶は叫びすぎたのか、へたり込んでしまった。ぜぇぜぇと呼吸を整えながら片手を上げて、待てのサインをしている。
「あ……あのね? 藍燐ちゃん。正気になって?」
「なんだよ? 分かった、黄蝶には刺激が強かった。今度は絡みシーンは少なめにすりゃいいんだろ? 次はスネオと……」
「絡ますなっ! 普通の漫画書け! ドラえもんは使うな!」
「なんだよ? 普通の漫画って。つまりドラえもんが嫌いなのか?」
「全然違うっつの! BLを書くなって言っているの! 腐りすぎだ! 11才にして腐りきってやがる……早くも消費期限を過ぎちまった妹を、私はどうしたらいいんだ……」
その時、居間の方から仁志兄ぃの声が聞こえた。
「おぉ~い、何を騒いでるんだ?」
あたしは仁志兄ぃの声を聞いて瞬間的に閃いた。
――マジ者の仁志兄ぃなら、あたしの作品が分かるかも! ていうかリアルな感想を聞いてみたい!――
「まっ、まさか! 見せる気じゃないでしょうね?」
青い顔をして黄蝶が言ってきた。にやりと笑って足元に落ちている作品<ジャイアニズム・ラヴ>を拾い上げると走って部屋を出た。
「まっ待て! マジやばいってそれ! 駄目だって!!」
後ろから黄蝶が転がるように追ってくる。居間のテーブルで勉強しながらテレビをみている仁志兄ぃが見える。
「ねぇ~仁志兄ぃ~! 見て欲しもごぅ」
黄蝶があたしの口を塞ぎながらタックルをしてくる。勢いで居間の手前の廊下に倒れて転がるあたし達。
「なにすんだよ! 痛ぇ、肘火傷した!」
そう言うあたしにキスでもする様に顔を近づけて黄蝶が言う。
「何を考えてんの! そんなん見せたら、それこそ心に大火傷するっての! 学校1番の天才少女が、そんな事も分からないの?」
小さな声で慌てて言う黄蝶へ言い返す。
「大丈夫だって! それより黄蝶、今日ミニ穿いてるでしょ。仁志兄ぃにパンツ丸見えになってるけど、いいの?」
いぃ?! と慌てて立ち上がる黄蝶の隙を突いて仁志兄ぃに向かおうとすると、再度タックルを食らう。
勉強は苦手な黄蝶だが、運動神経だけは凄い。50メートル走では恐らく全国レベルだし、体育の授業では無敵だ。もっとも面倒臭がりの黄蝶は部活には入らないが……。
後ろからタックルしてあたしを倒した黄蝶は、そのままチョークスリーパーをしてくる。
「ぐへっ! しぬって! パンツパンツ! 見られ、ぐぇ」
「うっさい! もうパンツどころの騒ぎじゃないわ! それに今日のはお気に入りの自作フリルの可愛いパンツだから見られても良い!」
「ぐぅぅ……言っておくけど……当然、仁志兄ぃだってこういう事をして……」
私の台詞を聞いて、唐突に立ち上がる黄蝶。目の前の居間から怪訝な表情でこっちを見ている仁志兄ぃを見つめて呆然となる。
どうやら仁志兄ぃが行為を行っている可能性に、初めて考えが及んだらしい。
めでたい姉ダ……。
立ち上がり、呆然と立ち尽くす黄蝶の耳元に囁いた。
「今日だって、さっきまでPlay(英語発音)してた・か・も♪」
「ひっ! ひぃぃ~……うぅ~あぁ~あぅあぅぅ」
自分の両腕を鷲掴みにして震える黄蝶を残して居間に入ると、仁志兄ぃに向かって言う。
「仁志兄ぃ、お友達はもう帰ったの? 早かったね」
「あぁ。あいつはこれからピアノだって」
「ピアノ習ってるんだ? 仁志兄ぃは音楽系男子が好み?」
「いゃ、そうでもないんだけど……ていうか、お前達なにをやってるんだよ? 廊下でもみ合って。何か用?」
居間の入り口に立ち尽くす黄蝶を見やり、仁志兄ぃが聞いた。
「そうそう。仁志兄ぃに読んでほしい漫画があるんだ」
あたしの台詞に我に返った黄蝶が口を挟んできた。
「だ、駄目! 見ちゃ駄目!」
仁志兄ぃに差し出した作品を横から奪い取る黄蝶。
「ちょっと! ……そうだ! ねぇ仁志兄ぃ、さっき黄蝶のパンツ見た? 見えたでしょ? あれね出来立てのお気に入りなんだよ? ねぇ~黄蝶? どうだった? 可愛いかった? フリフリのピンク」
「へぇ、あれ自作パンツなんだ?」
言われて真っ赤になって俯く黄蝶。
――見られても良いんじゃないのかよ?――
仁志兄ぃが優しく微笑んで続けた。
「……可愛いパンツだったね。よく似合っているよ、うん」
その台詞に黄蝶は手から作品を落として、茹蛸状態の顔面を両手で覆う。あたしは作品を拾い上げて仁志兄ぃに渡した。
「へぇ、黄蝶が書いたの?」
「ちっ! ちがっ! 知らない! 私そんなの知らない!」
真っ赤な顔で全身で否定する黄蝶。
「ううん。書いたのはあたし、最近漫画家目指してんだ。感想聞かせて?」
ふぅ~ん、と言いつつ読み出す仁志兄ぃ。
完全に凍り付いて動けない様子の黄蝶。
わくわく顔のあたし。
仁志兄ぃは時々クスっと笑ったりしながら読んでいる。10ページほどの短い漫画なので、すぐに読み終えた仁志兄ぃが、笑顔で言う。
「面白いね。短くて絡みが物足りないけど、ははは。次はモンハンのキャラ使って大人向けの作品作ってよ。友達に見せるから」
「わ~本当? 張り切って書くね! だってさ、黄蝶」
黄蝶はムンクの<叫び>状態になっていた。
「親父にも見せたら?」
「ぇ? それはさすがに……」
「何故?」
極普通に仁志兄ぃが続ける。
「大丈夫だと思うよ? 親父もこっち側だから」
黄蝶に並んで、あたしも作品<叫び>となって凝固する。
居間に並ぶ作品<叫び姉妹>を、仁志兄ぃが指さして爆笑した。




