一学期の終わり
園芸部の管理してる矢竹の鉢に、一番最初に短冊を吊るしたのはだーれだ。それはね、今になっては言えないけど、私です。えっへん。
こっそり七夕するつもりだったんだもん。スーパーマーケットの笹にガキンチョの願い事と一緒に吊るすのは嫌だし、家ではもう七夕飾りしないし。
だって、七夕様にお願い事があったんだもん。織姫と彦星だって年に一回かも知れないけど、デートなんでしょう?私もおこぼれに与ってバチはあたんないと思うの。
それがあーっと言う間に他の人も真似しちゃって、昇降口の矢竹の枝は全部短冊で埋まった。通学路のコンビニの折り紙は売り切れ、園芸部はそういうものだとあきらめて、もう好きなようにさせてるみたい。中学生になっても七夕かなんて苦い顔をしてる先生たちも、日本の風習ですからって途中から文句言わなくなった。
違うよ、先生。私は小学生の時みたいに、ケーキ屋さんになりたいとか漫画家になりたいとかってお願いじゃないもん。
期末試験は確かに不安だったけどさ、まあ二学期があるさってとこ?それより目の前に、夏休みが広がってるのよ。部活動は毎日あるんだけどね。
野球部とソフトボール部は校庭の同じスペースを使うから、基本的に部活時間が午前と午後に振り分けられる。つまり、菅井君と夏休み中会えないってことだ。
長いじゃん、夏休み!部活の行き帰りにすれ違うくらいでラッキーだと思っとけってこと?いやいや神様、もう少し希望持たせてくださいよ。
告白するってことも、考えてなくはない。だけど菅井君が私を好きじゃないってことは、結構一目瞭然で。っていうか、目にも入ってないよね? 隣のクラスのうるさいヤツ、くらいなもんで。
こっちもほらオトメなものだからさ、夢見るシチュエーションとかあるわけですよ。あのこ可愛いな、とか思ってもらってて、告白したら俺も好きだったとか言われて。
無理無理無理、絶対ない。極秘リサーチした結果、菅井君の好みは可愛い系じゃなくて綺麗系だった。もう、そこから無理!
書道部の深山さんが菅井君に告白したと聞いたのは、先週。色が白くておとなしくて、長い髪をいつもハーフアップにしてる綺麗系。菅井君は断ったらしいけど、敗けたと思った。
私だって普通程度には可愛いと思うし、他の男の子から嫌われたりしてないって自信はある。深山さんは綺麗だけど、おとなしすぎてはっきりしない子なんだって思ってた。深山さんとは一度も話したことがないけど、表向きのイメージは本当にそんな感じ。
「玉砕ーって泣き笑いだったよ」
深山さんと同じクラスの子がそう言った。菅井君は深山さんの名前も知らなかったらしい。目立たない人って、本当に認識されない。
でも、それでもちゃんと告白してちゃんと断られることって勇気がいる。
深山さんって大した子だ。ううん、普段元気をアピールしてる私が大したことないんだ。うん、大したことないや、私。
お習字の半紙で短冊を作った。そこに、小筆で『恋愛成就』と書いてみた。ああ、私って字も下手だ。綺麗な人って字も綺麗なイメージだよね。少なくとも深山さんの字は綺麗に違いない。
細く切った半紙を紙縒にした。丁寧に縒ると、願いが籠りそうな気がする。吊るす場所はもう決めてあった。園芸部の育ててる矢竹に、誰にも見られないようにこっそり吊るしちゃえ。
いいじゃない、七夕なんだから。どうせ今年も曇りなんだから、気分だけ願い事させてよ。
勝負は夏休み前にしたい。玉砕しても夏休みになれば顔を合わせないし、一か月も泣けばこっちも立ち直ってるはず。部活Tシャツとハーフパンツに着替えた菅井君が、私の教室の前を通るのを、ぼんやり見た。
菅井君と、ちゃんと喋ったことはないんだ。友達とはしゃいでる時の顔がいいなあって思って、野球部で走ってる時の真剣な顔もいいなあって思って、気が付いたら菅井君のことばっかり見てた。それで、隣のクラスの子にリサーチしてもらったり、同じ小学校だったって子に卒業アルバム見せてもらったり。
やっぱり好き。私が菅井君を好きなように、菅井君も私のことを好きになって欲しい。
昇降口の矢竹は、下がりすぎた短冊でしなってきてる。みんな、いろんなお願いしたんだろうな。ちょっと可哀想かも知れないと、昇降口を出ようとした。
その時に、色紙の短冊を手にした菅井君が矢竹の前に立った。正確に言えば菅井君だけじゃなくて、何人かの男子が一緒だけど、恋するオトメから見れば、それは有象無象ですから。
「あ、吊るすのにヒモいるんじゃん。おまえ、持ってない?」
「教室の裁縫箱になら、糸があるかも」
「誰かとって来いよ」
「めんどくせえ、葉っぱに直接ひっかけちゃえば?」
男子ってバカだよね。そう思いながら振り返ると、矢竹の葉っぱを毟ってひっかけようとしてるバカが見えた。ちょっと待ってよ。それでなくとも短冊で重いはずの枝を、これ以上いじめることないでしょ。
「何してんのよ! 竹が可哀想じゃない!」
菅井君以外の男子なら、別に怖くない。私が短冊を括りつけたことが広がったのは申し訳ないけど、私は竹を傷めたかったんじゃない。
でもそこに、菅井君も加わってるんだ。絶対うるさい女だって思ってるよね。でももう、口から出ちゃったんだから仕方ない。
「なんだよ、じゃあおまえが吊るしとけよ」
多分女子に言い返すのが億劫な男子たちが、私の掌の中に短冊を置いていく。
「なんで私がそんなことするのよっ!」
「おまえがうるせえからだろ。ちゃんと吊るしとけよ」
一瞬、握りつぶして捨ててやろうかと思った。けれど、この中には菅井君の短冊も入ってるんだ。願い事は何だろう……あ、県大会一勝ってヤツね。応援には行けないけど、頑張って。
スクールバッグからティッシュを出して紙縒を作った。五本も作ると、右手の指紋がすり減った気がする。短冊の薄そうな枝を探して、結んだ。
ごめんね、矢竹。でも菅井君がこれで、私の顔を覚えてくれたらいいなあ。
部活が終わって校門を出ようとすると、菅井君と目が合った。普段ならドキドキして、すぐに逸らしちゃうんだけど。顔を覚えてもらうチャンスを、逃してなるものか。
「短冊、ちゃんと吊るしたって他の人にも言っといて。野球部、県大ファイト!」
「おう、サンキュー守屋! ソフト部もファイト!」
あれ。私の名前、知ってた? 部活も知ってた?
嬉しくて、ぴょこぴょこ跳ねながら歩く学校帰り。織姫と彦星、ちゃんとデートしてる? 私も頑張って、菅井君に告白してみる。できれば、夏休み前に。
fin.