笑顔の行方
しばらくすると、シャーロットが書類の束を抱えて戻ってきた。すると、ソファーでは樹里が寝息をたてている。それを見てクスッと笑うと、デスクで書類の確認に専念した。
再び電話が鳴り、樹里は目を覚ました。シャーロットの姿が目に入ると、
「あ、すみません。眠っちゃって…」
慌てて姿勢を正した樹里に、「いいのよ。昨夜、あんまり眠れなかったんじゃないの?」と、シャーロットは優しく微笑んだ。
「そうだ! 週末はどうしてる?」
シャーロットは、デスクから身を乗り出し、言葉を続ける。
「ライアンとキャンプに行くんだけど、一緒に行かない?」
突然の誘いに、樹里は返答に困っていると、
「遠慮は無用よ。私の息子も来るし、人数が多い方が楽しいわ」
「お子さん、いるんですか!?」
思わず大きな声をあげてしまった。樹里の驚いた様子に、シャーロットは三歳になる息子・アレックのことを話してくれた。アレックの父親はシャーロットの学生時代の同級生。しかし、結婚はしないで、ひとりでアレックを育てている…と。
シャーロット・ミラーは綺麗なブロンドが魅力的な36歳。自信に満ち溢れた、聡明な女性のようだ。しかし、アレックの父親・オスカーの話をしているときは、遠くを見つめ、少し悲しげな表情をしていた―。
「あ、それなら…」
「決まり!」
そのとき、ライアンがやってきた。
「ライアン、週末のキャンプにはジュリも誘ったから」
「あぁ、いいね。僕も声をかけようと思ってたんだ。それと、まだ帰れそうになくて…。シャーロット、悪いんだけど、ジュリをアパートまで送ってもらえないかな?」
そのとき、ひとりの女生徒が駆け込んで来た。
「シャーロット、もう出られる?」
それは、シャーロットの妹・ジェシカだった。
「そうだった。すぐ行くから、クルマで待ってて!」
ジェシカは「早くしてね!」と言い残し、部屋から出て行ってしまった。樹里のまわりは、急に慌しくなった。
「今の、妹のジェシカ。ライアンの教室にいたでしょ? 今日は、あの子をスタジオに連れて行く約束してたのよ。モデルの仕事をしてて…。生意気でしょ?」
そんなことを言いつつ、手早く帰り支度を整えている。
「そうゆう君だって、学生時代は派手にやってたんだろ?」
ライアンの言葉にシャーロットは「知らない」と、とぼけてみせた。
「それなら…、マット!」
ライアンは下校途中の男子生徒をつかまえて、交渉を始めた。樹里も慌ててライアンの側に近づいたが、早口の会話に、樹里は目を丸くするだけだった。そして、
「彼はマット。アパートまで送ってもらうといい。それじゃ、キャンプの朝、迎えに行くから」
反論する余裕もなく、ライアンの言葉に従った。
「ジュリ、またね!」
樹里が手を振って応えると、ライアンとシャーロットは、足早に去って行った―。
残された樹里は、マットとふたりきりに。
「あなたも忙しいんじゃないの?」
樹里は、しどろもどろになりながらも、彼を追い払おうとしていた。
「予定ならあるよ」
そう言って、マットはニッコリと笑った。
「それなら、もう行って。私ならひとりで大丈夫だから―」
樹里は、その場から立ち去ろうと踵を返した。するとマットは、
「今、予定が埋まったんだ」
と、強引に樹里の手をつないで歩き出した―。




