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欲望=魔物  作者: クニクニ
1章
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落ちこぼれじゃあない

 肉の焼ける異臭が辺りに漂う。

 炭になった石場(いしば)を見ながら、僕は自分の置かれている立場の過酷さを再認識した。

 石場を(かば)うつもりは毛頭ないが、なんだかんだで最後は先生たちがブザーを鳴らすのではないかと甘く考えていた。

 

 この世に生まれてまだ15年しか経たないガキが、人生を悟ったように死ぬ覚悟なんてできるわけがない。自分も死ぬ寸前にはあんな無様な姿を晒すかもしれない。

 死ぬ気でやればなんでもできるとはよく言うが、目の前で実際に人が殺される恐怖を体験した今、そんなのは嘘っぱちと理解できた。


 本当に死ぬ気になったら、人は死んでしまうのだ。

 恐怖に支配され、自ら死を受け入れるしかなくなってしまう。


 先生たちが扉の鍵を開け、外から作業着姿の人物が数人入ってきて石場の遺体を運び出していく。


 キーンという耳鳴りがしはじめ、眺める景色がモノクロに変わっていた。

 緊張し、震えるからだを沈めようとしても全くいうことを聞かない。

 両目からは勝手に涙が溢れ返り、鼻水もだらだらと垂れ流れてくるが喉はカラカラに渇き、泣き声も出せずにヒューヒューと苦しそうに呼吸するのが精いっぱいだ。


 にげたい。

 今すぐあの扉から走り出して、自分の家に帰りたい。両親がいたあの家に帰ってベッドのなかに潜り込んですべてを忘れたい。

 なんで俺はこんなところにいるんだ。

 なんで普通に暮らせないんだ。

 なんで発現(はつげん)候補者なんかになったんだ。


 発現候補者と言われたとき、俺はうれしかった。

 退屈で、なにもせずに、なにもいいことがないまま過ぎていくつまらない毎日が劇的に変わるとよろこんだ。

 両親と別れるのは嫌だったが、なにかたのしい毎日が待っていると勝手に思い込んでいた。

 俺にはほかの人間にはない才能があるんだと優越感に浸り、ワクワクした。

 何の努力もせずにおもしろおかしく楽できるとバカな幻想を抱いていた。


 死ぬことなんて考えてもいなかった。



 ばかやろうが、おおばかやろうが!



 今更になって後悔の念しか浮かんでこない自分が情けなくて、それでも死ぬのが怖くてどうしようもない。



「小林君、だいじょうぶかい?」


 声も出さずに泣きながら立ち尽くす僕を心配そうに箱入(はこいり)先生が尋ねる。


「はい、すみません……」


「少し座って待っていなさい」


 箱入先生は作業員と話している霧真者(きりまじゃ)先生の方へと走ってゆく。

 僕は(うつむ)いて、地面に落ちてゆく自分の涙を見つめることしかできなかった。



「小林くん、ちょと座ろっか」


 駆け寄ってきた霧真者先生がいつものように優しく促す。


「いやーさっき怒鳴(どな)ったの聞かれちゃったかな。ごめんごめん。ちょっと態度の悪い生徒だったからついおっきい声だしちゃった。小林くんはまじめだからあんな怒り方しないよ」


 先生が気を使ってわざと話を逸らしてくれる。

 だけど、俺はほんとうの気持ちを先生に言いたかった。


「先生、すみません。俺……死ぬのこわいです」


奇遇(きぐう)だねー、先生も死ぬの怖いんだ。だから、死ぬことは考えないの。人間死ぬときは勝手に死んじゃうんだから、考えたってしょうがないよ。だから、死ぬときのことは死んでっから考えればいいのよ、でしょ?」


 なんとも無茶苦茶な理論だが、的を得ている。この人は偉大だと気づかされる。


「君はこの一週間、がんばって発現しようと努力してきた。あの自分の才能に頼ってただけの石場や、発現しただけで浮かれてる生徒とはわけが違う。先生は頑張る生徒は大好きです。

 だからもう失敗したときのことなんか考えないで、どうやったら勝てるかだけを考えなさい。だいじょうぶ、君はぜったいに死なない」


 昨日も養ちゃんにおんなじこと言われたっけ。

 失敗したらその時また考えればいい。今は生きる気でやるしかない。


「霧真者先生、ありがとうございます。俺、ぜったい勝ってみせます。ああ、すみません。僕、ぜったい勝ってみせます」


「ふふっ、『俺』でいいわよ。よーし、気合入ってるとこ見せてやってよ。2年生だからって遠慮しなくてもいいからね」


「はいっ!」




 節家(ふしいえ)先輩の待つ館内中央へと駆け寄る。

 試験の準備はすでに梅田先生が整えてくれていた。


「お待たせしてすみませんでした」


「構わんよ、落ちこぼれ君」


 先輩の何気ないことばにムカっと来た。

 石場のようなクズが言うのならどうってことないが、この人は強い。闘い方を見て、かなりの努力と研鑽(けんさん)を積み重ねていると感じた。

 そんな人が言ったと思うと無性に腹が立った。

 普段なら愛想笑いでも浮かべて我慢しただろうが、気合が入っていたせいか、気付いたら啖呵(たんか)を切っていた。


「節家先輩、失礼ながら言わせてもらいますが、俺は落ちこぼれじゃあない。

 『落ちこぼれ』なんて言葉は自分は絶対失敗しないと勘違いしているカス野郎がくだらない優越感に浸るための言葉です」


 いままでそっぽを向いていた先輩がこちらをまっすぐ見据える。

 威圧するでもなく、(さげす)むでもなく、ただまっすぐな瞳が僕を捉える。


「なるほどな。言われてみれば確かにその通りだ。だが上級生の俺が簡単に頭を下げるのはなんとも恰好がつかない」


 この人は素直なのかひねくれてるのかよくわからない。


「そこでこういうのはどうだ。お前が試験後、生き残ってたら今の言葉を取り消そう。お前が死んだら……お前はカス野郎に殺されたってことだ」


「okです、先輩」


 先輩は無表情だったが、僕はにやけてしまっていた。節家先輩とは気が合いそうだ。これでますます負けられなくなった。


「それでは、小林 晋人(しんと)くんの不適合者判定試験、はじめっ!」


 霧真者先生が合図した。

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