再会
4/13 (木) 放課後 学生食堂
すっかり日も沈み、校内の人影もほぼ消えていた。
僕はまだ自分の家に帰らず、学生食堂で1人缶コーヒーをちびちび飲んでいた。
折谷学園は人里離れた山奥に造られ、、全校生徒および教師には小さいながらも1人に1件、貸家が与えられている。
もちろん1年生である僕らにもだ。
貸家は学園の校舎を囲むように建てられていて、侵入者があったときには生徒1人1人が迎撃にあたり、学園中央を守る仕組みになっている。
また、アパートのように大きな建物に大人数が集まると、万が一魔物が暴走する事故があったときに生徒全員に被害が及ぶ危険があるため、それを分散する目的もある。
敷地内には店の規模はそれぞれ小さいながらもファミレスや中華食堂、カラオケボックスにボーリング場、コンビニ、スーパー、洋品店、スポーツジムなどが軒を連ね、さながら小さな町の様相を呈している。
しかもこれらの利用料金は個人で使用する範囲なら無料。衣食住はもちろんのこと、電気・ガス・水道・通信料金も学園側が支払ってくれるまさに至れり尽くせりの対応だ。
それぞれのショップで働く業者、店員は学園に雇われた一般人で、閉鎖空間で発現者と共に生活する危険を伴うため給与も割高という話だ。
裏を返せば発現者の育成産業はそれほど莫大な利益を生み出すということになる。
しかし、この夢のような生活も明日で最期となることがほぼ確定している。
絶望に打ちひしがれながら最後の晩餐となるであろう缶コーヒーを流し込むが、その味もよくわからない。
不安と恐怖からくる吐き気に襲われ、食事どころではなかった。
「やあ、普ちゃん」
不意に明るい男の声が聞こえた。
いつの間にか僕の傍らには上級生とおぼしき男子生徒が立っていた。
その声には聞き覚えがあった。最後に聞いたのは2年前。多少声色は変わってはいたが、僕のことを普ちゃんと呼ぶことからも確信できる。
忘れもしない2歳年上の幼馴染。
「あっ、養ちゃん!」
この学園に来てから初めて大声をあげた。
そこにいたのはまぎれもなく養ちゃん、『火田 養助』だった。
昔から大柄だったその体躯はさらに大きくなり、190センチは有に越えていると思われる長身にがっしりした筋肉質のボディを擁していた。
勉強もスポーツも万能で、子供のころから他とはちがう存在感を放っていたが、そのオーラがますます強くなり後光が差しているかのように見える。
「久しぶり、元気だったかい普ちゃん」
中身も2年前と変わらず、堂々としていながらも相手を気遣う優しさも含んだ口調で話しかけてくれた。
養ちゃんとは小学校低学年からの付き合いで、学年が2つ離れてはいたが、家が近所ということもあってよく一緒に遊んでいた。
人見知りする僕とは正反対の社交的で面倒見のいい、頼りになる兄貴といった存在だった。
養ちゃんの誘いで小4から町の空手教室にも通うようになり、2人一緒に夢中で空手にのめり込んだ。
でも僕が中1の時、養ちゃんは卒業とともに急に引っ越していってしまい、一気に熱が冷めた僕は空手教室を止め、残りの中学生活を只なんとなく過ごすようになった。
つまり養ちゃんがあのとき引っ越したのは発現者の素質を認められてこの学園に入学したからだった。
「そうか、養ちゃんはあの時ここに入学したから急にいなくなったのか」
周りの人々に発現候補者と知られないようにするため、入学の手続きは秘密裡に行われるのがここの鉄則だ。
親友がいきなり姿を消したショックは当時の僕には大きかった。その理由だけでも知りたいと願っていたが、思わぬ形の再会となった。
「いやあ、あの時はごめんごめん。周りには口外できない決まりだからね。仕方なくて」
「いいや。引っ越した理由が分かっただけでもうれしいよ。ずっと心配だったから」
明日の試験のプレッシャーも忘れ、再会の喜びを缶コーヒーで乾杯したあと、しばしお互いの2年間のいきさつを語り合った。
「ところで普ちゃん、明日判定試験を受けるんだって?」
判定試験という言葉にしばし忘れていた緊張が蘇る。
「ああ、そうなんだ。せっかく養ちゃんにまた会えたんだけど、僕は明日殺されることになっちゃって……入学して1週間も経つのに未だに発現しないなんて笑っちゃうだろ、ははっ……」
我ながらなんてヘタクソな誤魔化しかただ。これじゃあ養ちゃんに心配してくださいと言っているようなもんだろう。
俺はアホか。
「普ちゃん。普ちゃんは明日死なないよ」
まっすぐに僕を見つめ、養ちゃんが真剣に語りかける。
「普ちゃんは昔から心配性なところがある。失敗したらどうしようって悩んだまんまやったんじゃ、ほんとの実力は出せないよ」
昔から親からも教師からもよく似たようなことを言われた記憶があるが、この人に言われると不思議と素直に聞き入れられる説得力がある。
「それと普ちゃん、子供のころ話した最強の怪獣のはなし覚えてる? 僕はデカくてサメみたいな歯がついたやつが最強だっていってたでしょ。僕の魔物、あれとそっくりだったよ」
そういえばそんな話したっけ。なんとなく覚えている気がするけど、なんとも唐突な話題に僕は面食らう。
「あと、最後に僕が魔物を召喚するときのとっておきの方法。おもいっきりカッコつけて呼ぶんだよ、『出てこい、オレの魔物!』とか叫んじゃって。もちろん、恥ずかしがったりしたらダメだからね」
これは養ちゃんなりのアドバイスなのだろうか。だが、この人の言うことなら絶対だ。言われたことを胸に深く刻み込む。
養ちゃんはゆっくり立ち上がり、飲みかけの缶コーヒーを取って食堂から出ていく。
「普ちゃんなら絶対合格できる。僕が言うんだから間違いないよ」