発現せず
4/13 (木) 放課後 相談室
「困ったわねー、普通は発現するんだけどねー……」
霧真者先生が黒縁のメガネ越しに僕を見つめている。
普段は生徒たちの前で優しい笑顔を絶やさない先生が、少し困ったような顔でため息をつく。
しかし、こうして間近で見ると改めてその美しさに緊張してしまう。
整った顔立ちに三つ編みで束ねたツヤのある長い黒髪。清潔感とともに大人の色気もほのかに感じられる。
しわ一つない紺のスーツの上からでも、その胸の大きさがはっきりと見てとれる。
ついつい胸元に吸い寄せられてしまう目線を逸らすも、その泳いだ視線はどう見ても挙動不審だ。
「ちょっと小林君、まじめに聞いてる?」
「あっ、はい、すみません」
小林 普人。これが僕の名前。
お察しの通りなんともパッとしない名前だ。
どこにでもいる「小林」という苗字に普通の人とかいてシント。
見た目は名前どおりにいたって普通の高校1年生。
だが、中身は普通以下……いや、最底辺と言ったほうが正しいのか。
この学園の新入生19人のうち、発現していないのは僕ただ一人なのだから。
「小林君、本当に何も出てこない? 生き物とか、体になにか異常があるとか」
今日も居残りで霧真者先生と発現の儀式をしていたが、魔物は現れなかった。
発現した人間には魔物が現れる。ファンタジーやゲームの世界に出てくるモンスターのような生物だ。
実際、僕以外のクラスメイトには全員動物やら人型やら化け物やらに似た生き物が現れ、発現者としての第一歩を歩み出している。
僕だけが未だに『普通の人』なのだ。
「すみません。なんにもないみたいです」
普段はノロマでなまけものの性格だが、この状況はさすがに焦っていた。
発現者じゃない人間がこの学園にいられるはずがないのは至極当然のこと。
緊張で汗ばむ両手をズボンで拭きながら、先生の言葉を待つ。
「……わかりました。では小林普人君、あなたには明日、不適合者判定試験を受けてもらいます」
「はい……」
消え入りそうな声でそう答えるしかなかった。
「今日はゆっくり休んで明日の試験に備えてね。これが最後のチャンスと思って精いっぱいがんばって。普人君ならできる」
霧真者先生の真摯な励ましを受け、僕は真剣に尋ねた。
「先生、僕はどうがんばったらいいんでしょうか?」