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チョコを作るにも、個性ってあるんです

「ごめんなさい、ちょっと、等々力先輩、に、引き止め、られちゃって」


 楓がぱたぱたとやって来た。

 駅から走ってきたらしい。この寒空の下だというのに、額には大粒の汗。

 帰ってきていた心葉がタオルを用意してくれる。


「楓さん、お疲れ様。ちょっと座って水分補給していきなさいな」

「うん、ありがとう、心葉、ちゃん」

「楓も来たし、こっちでもちょこちょこ準備始めちゃいましょっか」


 てきぱきと、小鞠が持参した型抜きなんかを取り出してくる。

 どうやら、彼女の家の女性たちが使っていた由緒正しい型抜きらしく、板澤家母は、この自作チョコで父のハートを射止めたという伝説があるのだという。


「小鞠んオーソドックスすぎるわよぉ。やっぱ、男心を射止めるなら……凝ったやつっ……!」


 そう言いながら利理が取り出したのは、卵と薄力粉。たっぷりグラニュー糖も用意して、こやつ、チョコレートケーキを作る気である。


「そ、そんな凝ったものを……!!」

「利理ちゃん、完成したら食べさせてね!」


 たじたじとなる晴乃の横で、勇太は今からよだれでも垂らさんばかり。利理が完成させるであろうケーキのご相伴にあずかる気満々である。


「楓さんはどうするの?」

「私、はね、チョコは使わない、よ。ココアパウダー持ってきたから、これで、クッキー作るの」


 おおーっと女子達からどよめきが上がる。

 手作りチョコといえば湯煎、と思っていた時期が私たちにもありました……。まだまだ女子力への道は遠い。


「み、みんな、勉強させてもらうねっ」


 ぐっと拳を握りしめる晴乃であった。



「こういうのはね、失敗しない、枯れた技術で作るようなものが一番なのよ」


 凝ったチョコに挑戦しようと言う友人たちを尻目に、小鞠が作業にとりかかる。

 恐らく一番作業進捗が早くなるであろう彼女。買ってきた手作り用チョコを湯煎し、とろけたところを手早く材料を混ぜて、型に流し込んでいく。

 多種多様なフレーバーチョコである。嫌味にならない程度のトッピングもする。


「この数は……小鞠んも絨毯爆撃作戦ねぇ」

「やらいでか。あたしだって今はフリーなんだからね」

「チョコケーキも切り分けるだけだから、行けるよぉ」

「手分けすんのも手ね」


 持参したハンドミキサーでメレンゲを作っている利理が、親友へ共闘体勢を持ちかける。

 ニヤリと笑った小鞠がそれに乗った。


 金城家の調理設備は何気に色々揃っている。

 律子さんが、割りとなんでも自作するタイプなのだ。道場の運営以外は基本主婦なので、暇を使ってお菓子や料理の研究に余念が無いらしい。

 時折、道場にエクササイズに通う奥様友達と、和気藹々とお料理会なんか開いているのを目撃する。

 多分、趣味が料理なのだ、あの人は。

 おかげでこうやって助かっている。


「よく考えたら……うちのもココアパウダーの方がいいよねぇ」

「うん、利理ちゃん、ココア分けて、あげるよ。たくさん、もってきたから」

「あんがと、楓ちん!」


 バターと牛乳を暖めていた利理は、この段階でちょっとレシピを変更。

 隣り合う楓は手際よく、ココアを振った生地をかき混ぜていく。


「もう、絞って、焼くだけ、だから」

「うそっ、水森さん早い……!」

「楓手際いいわね……」

「楓ちんやるわねえ」

「後で食べさせてね!」

「後で食べさせてください」


 金城姉妹は同じことを言う。


「心葉は作んないの?」

「私は市販品を父さんにあげます。学校にもまだ目ぼしい男性はいないですしね。それより、皆さんのチョコは当然試食をするんですよね? 私紅茶を淹れる用意をしましょうか? フォションのいいのがあるんです」

「紅茶いいねぇ」

「いいわね、ちょっとこの後に楽しみが増えたわ」


 お菓子作りの女子会が盛り上がっていく。

 晴乃は四苦八苦しながら、小鞠のやり方を横目に湯煎。上手く溶けなくて型に流し込めず、


「ああー」


 なんて溜め息をつく。


「見てらんないわね。晴乃、こうやんのよ。あんたは辛抱がちょっと足りないの」


 小鞠先生直々の指導が入った。

 一方勇太はと言うと……。

 明らかにチョコが入っていない、普通のクッキーやらケーキやらを、利理と楓のレシピにアレンジを加えて作っている。

 自分で食う気満々である。主催者がこの会の意図から一番外れている。


「このね、クッキーは簡単おいしい手抜きクッキー、ケーキはちゃんとチョコ入ってるよ。見て見て」

「チョコチップ、だね」


 申し訳程度にチョコチップを入れて、あとはたっぷりと作り上げられたシフォンケーキの生地である。

 切り分けてもボリュームがあり、学校に持ち込むのは少々骨だろう。


「ここで食べきっちゃおう」

「え、あんたいいの? 坂下にあげる分は?」

「隣なんだし、呼びつけて目の前で作るよ」

「すげえ」


 小鞠と利理と晴乃の目に尊敬の色が混じる。

 勇太は今日一日で、小鞠、利理、楓の技を盗んで自分のものにしたらしい。

 以後は分量など機械を使わなくても、正確に量って作れるようだ。こうなれば、お菓子作りと言えども早い。

 仲間たちがわいわいと、チョコレート関連のお菓子を作る中、一人もくもくとガッツリ食べられるお腹に溜まる系お菓子を大量生産する。

 買ってきた薄力粉やベーキングパウダーを使い切る勢いだ。


「むっ、そろそろですね」


 心葉が動いた。

 自分の部屋から、仰々しいケトルを持ってきて、お湯を沸かし始める。

 元になる水だって、水道水ではない。買い置きしていた、どうやらそういう事専用の水である。

 軟水を使って、特殊な形状のボトルから注ぐ時、勝手に空気を含むらしい。

 しっかりと沸騰させていく。


「完成! さあ並べるよ!!」


 非常に高いテンションで、勇太が食器を用意していく。

 楓はケーキを切り分け、大皿にはチョコを並べる。

 小鞠と利理と晴乃はお客さん状態で、席についている。


 目の前で、心葉が美しい陶磁器のティーポットを持ってきた。

 注ぐ先は、口の広い、真っ白なティーカップ。

 さっき、結構な勢いでケトルからお湯をポットに注いでいたから、どうやら本格的な紅茶らしい。

 ストップウォッチまで使って、蒸らし時間を計っていた。


 心葉以外の全員が席についたところで、心葉が紅茶を回し注いでいく。

 最後の一滴はベストドロップと言うらしい。お茶っ葉の渋みを充分に含んだ雫が、紅茶に深みを与えてくれるのだ。


 さて、全員席につき、明らかに今日作った全てのお菓子が並んだテーブルで、女子会が始まる。

 今日の目的はなんだったのだろう。


「いただきまーす!」


 本番であげるチョコはまた今度。

 色気より食い気の少女たちのお腹に、今日一日の成果は消えていくのであった。

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