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終わりゆく冬休み、降ってくる雪

 夏休みに比べれば、冬休みというやつはいささか短い。

 十二月の末から一月の三分の二はあるのだから、時間はたっぷりあるように思える。

 だが、合間に正月やら何やら、国民のイベントを挟むもので、そういったものをこなしている内に光陰矢のごとし、あっという間に終わりがやってくるのである。


「幸い、今回の宿題は全部終わってるもんね」


 得意気に勇太が言った。

 彼女の人生初という快挙である。

 目の前には、既に終了した宿題の山が積み上がっていた。

 もう、始業式までやることはないのである。

 外を見ると、雪がちらついている。

 よし、郁己を誘って遊ぼう。彼女は決心した。



「いつも通り、宿題は終わってるが……。思ったよりも冬休みはのんびりできたな」


 夏休みはなんだかんだで忙しかったし、秋から冬にかけては怒涛のように日々が過ぎていった。

 正月明けのスキー以後、これといったイベントもなく、だらだらと過ごしていた郁己である。

 いや、正確にはだらだらではない。

 尊さんがゼミで使っている資料なんかをもらって、今後のバイトの勉強をしていたのだ。

 高校では習うことが無い学問を中心としたバイトなので、予習が必須なのである。

 勉強することがそれほど苦ではない郁己。この予習にも自分なりのリズムを見つけ、楽しみ始めていた。

 お気に入りの音楽をかけながら、資料に目を通し、気になる所に赤ペンを引いていく。


 そんな平和な坂下邸の扉を遠慮無く開け、勇太が飛び込んできた。


「遊びに行くよ、郁己!」


 平穏が破られた。


「一体どこに行くと言うのだ。いつも遊んでばかりだから、この間は心葉ちゃんに負けただろ」

「ううっ、それを言われると辛い……だけど、冬休みは有限なんだ……!」


 とりあえず、押せ押せな勇太には弱い郁己である。

 仕方ないなあ、なんて言いながら、ちょっと嬉しそうに外に出てくる。

 一月ともなれば寒空の下、二人共もこもこに着込んで歩くことになる。

 特に予定なんて何も決めていないから、これからどうしよう、なんて喋りながら過ごす、ちょっと無駄な時間だ。

 これが何故だか、どうしようもなく楽しい。


 ふと、視界の端にひらひらしたものが映る。

 勇太がすぐ横で空を見上げた。

 雪だ。

 大気中の水分をたっぷり含んだ、ふんわり大きな雪が降ってくる。


「街にも雪が降るんだねえ……」

「だなあ。スキー場とは違って、あんまり積もらないだろうけどな」


 都会の雪は結構怖い存在だ。

 交通機関は麻痺するし、ちょっと降っただけで、外を歩くだけでも苦労するようになる。

 だけど、こういうものは子どもたちのほうが適応は早い。

 若さ溢れる二人は少しテンションを上げて、ひらひらと降ってくる雪の中を歩いた。


 少し先ゆく勇太の後ろ姿は、一年前の面影などほとんどない。

 シルエットは女の子らしく丸みを帯びて、髪の長さはすっかりセミロング。これを、郁己にもらったお気に入りのバレッタで留めている。

 今すれ違ったのは、恐らく中学の同級生。

 だけど、勇太には気づかない。

 勇太は夏とは違って、胸を張って歩く。


「ねえ郁己、いつかさ」

「うん?」

「いつか、みんなには本当のことを話さなくちゃいけないと思ってる」

「ああ、そうだな……」


 墓の下まで持って行っても、別に構わない秘密だ。

 18歳になれば地裁で性別を変えられるのだから、そういうことに真面目に向き合わなくたっていい。

 だが、彼らは勇太にとって、本当の友達だからこそ、偽っていない自分を知ってほしいという気持ちなのかもしれない。


「水森さんは特殊なパターンだからな。ちゃんと、慎重に行かないとな」

「うん、わかってるよ」


 自己満足かもしれないけれど、その辺はきっちりとしておきたいのだろう。

 勇太は感情で突っ走ることがある。だから、手綱は握っておきたい。


 駅に到着する頃には、うっすらと雪が積もり、建物の屋根は輪郭を白く染めている。

 なんかシチュエーションにデ・ジャヴ。


 とりあえず、駅前商店街で比較的安いフードコートに入る。ドーナツショップでドリンク付き250円セットを頼み、席を決めて腰掛けた。


「とりあえずさー……。何しようか」

「いやー、ノープランだなあ」

「俺もノープランだねえ」


 ぼーっとする。

 時間がゆっくり流れていくのが分かり、時間がお昼すぎから夕方を意識させるところまで動いていく。

 だが、なんだかこの、会話もない、ぼんやりと相手を見てるだけの時間が楽しい。

 勇太は読書する本まで持って来なかったらしく、ただただ、郁己の顔を見ながらドリンクをちょびちょび飲んでいる。

 どれくらい経っただろう?


「あのさ」


 勇太が声を発した。


「こないだ、うちの父さん母さんと、何か話しした?」

「お? なんで?」

「だってさ、あれからなんか、俺と郁己のこと話す度にすっごく楽しそうなんだもん」

「あー」

「……まあ、内容は想像できてるけど。それにしたって、先のことなんかまだ分かんないじゃん?」


 希望的観測で生きるのも良くないが、あまりに希望がなくてもよくないし、ということらしい。


「つまりさ、郁己は別に、期待に応えようとしなくてもいいと思うんだよね。やりたいこととかあるだろうし」

「んー、今までの俺は、特にやりたいことは無かったんだよな。去年から一心不乱に勇太に関わってきたから、あえて言えばそれかなあ」

「……まあ、それは中二病の至りから、本当に申し訳なかったと思ってるけどさ……」


 バツが悪そうな顔をして、勇太がほっぺたを掻いた。

 反抗期真っ盛りで荒れていた頃から、性別が変わってしまってパニックだった頃まで。中学時代は怒涛のように過ぎ去っていった。

 思えば郁己が常にサポートしてくれていた記憶がある。

 申し訳無さからか、ちょっと静かになった勇太に郁己が畳み掛けた。


「なんで、こいつは収穫期。大切に育てた勇太を美味しくいただいちゃおう、的な」


 郁己はちょっと冒険してみる。

 ご両親公認なんだし、少しだけ二人の仲もステップアップしてもいいのではないか。

 つまりご褒美ください。


「んもう……バカ郁己」


 少し頬を赤くして、むくれた勇太が腰を浮かせた。

 郁己が息を吐ききった時に、まるで武道の技を決めるように、回避不能の一撃が彼の唇を襲った。

 ほんの一瞬だが、柔らかな感触と、幼馴染の体温を感じる。


「次のご褒美はかなり先でーす」

「ええーー」


 だが、これでまたちょっと頑張れます。

 郁己は決意を新たにするのであった。

 第一、郁己が今やりたいことの、最大のモチベーションは目の前にいるのだ。

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