フードコートで昼食を。勇太、殿中でござる
ほのぼのバイオレンス。
ハングリーを訴える幼なじみ。
まだまだ育ち盛りということで、カップル用大サイズのキャラメルポップコーンを食べ尽くした程度では、金城勇太さんの食欲は収まらないのだ。
郁己は次なるステップへ移ることにする。
つまり、二人きりで昼食だ。
ファストフードがいいということだったけど……。
「郁己、フードコートいこう!」
なんですって!
もう予定表から外れた!と郁己が衝撃を受ける。だが、勇太が手をぎゅっと握ってきて、それを引っ張って走りだすから、慌ただしいやらふっくら暖かくてドキドキするやらで、男、和泉恭一郎のデートプランなど完全に頭から消え去ってしまった。
「ハハハ、勇太はしかたないなあ」
フードコートはショッピングモールの二階にあるから、映画館の向かって左側にある階段を上って行くことになる。
そして、道路をまたいでまっすぐ。
今日はいい陽気だった。
気持ちい風が吹く中、明らかに長めのスカートを穿いた歩き方を知らない勇太は、一段飛び越しで階段を駆け上がる。
デニムスカートのスリットから、むっちりした脚が丸見えになって、郁己はドキドキするよりハラハラした。
「これこれ、勇太さん」
「なんだい、郁己」
「……おみ足が剥き出しですぞ」
「……!」
歩幅が狭くなった。
もったいないことをしたなーとは思うが、勇太の脚を他の男どもに見せるよりはいい。
彼女が立派なレディになるまで、他の男にはやれん、なんて保護者のような感覚を抱く郁己であった。
さてさて、向かったフードコートだが、流石にショッピングモールともなると、コート内のお店は多い。
うどん、まぐろ丼専門店、バーガーショップ、アイスクリーム、たこ焼き、ラーメン、ちゃんぽん、サンドイッチ、牛丼……。
「ひええ、俺、目移りしちゃうよぉ。どうしよう郁己~」
ものすごく幸せそうな勇太だ。
君はまだ、花より団子なのだな、と生暖かい目で親友を見る郁己。
こういう時、付き合いが長いのと、同じ元男同士ということで郁己は勇太の気持ちがよく分かる。
こいつは悩んだら、とりあえず一番ガッツリ食えるものを選ぶのだ。
郁己が健康的に、野菜増しのサンドイッチで乙女ちっくな昼食を注文する間に、勇太は恐ろしいものを注文し終えていた。
郁己が席に戻っても、勇太がなかなか戻ってこない。
さっきまでちゃんぽんの店にいたはずだが……。
「おまたせえ」
実に嬉しそうな弾んだ声。
顔を上げて驚愕する。
彼女が持っているのは大盛りちゃんぽんが乗った盆。そしてその脇にはたこ焼き。うどん屋の天ぷらで作るミニ天丼まである。ドリンクはバーガーショップのシェイクで、別腹でアイスクリームショップのアイス。そして生ジュース。
きさまの胃袋は宇宙か何かか。
「一緒に食べよう!」
いや、勇太なら一人で食べつくす。誓ってもいいね。
だが、一応お言葉に甘えつつ、郁己はたこ焼きなどつまむ。そうして対面にいる少女の、見事な健啖ぶりを見物していた。
ふと、自然の呼び声が郁己を襲った。
「すまん、勇太、ちょっと便所」
「いってらっしゃーい」
トイレで出すものを出し、ジッパーを閉めると人心地ついた。
しかし、勇太はあんな量を食べ続けていたら、おでぶになってしまうのではないか。
冷静になった郁己の頭を危惧がよぎる。
立派なレディになるよう、俺が食育せねば。
とか思いつつ外に出てきたらば、何やら自分たちの席にごちゃごちゃ人がいる。
「ねえ彼女、今一人なん?」
「うわっ、すごい量だね! これ友達と食べてたの!?」
「一緒に遊ぼうぜ! 友達も一緒にさ」
ひい、テンプレ通りの人たちだ。
この辺は治安がいいが、やっぱり変な人達はいるのだ。一人で美味しそうに大量の食事を消化する勇太に注目したのではないだろうか。
だがその選択はよろしくない。
その娘は俺のもの……いや、親友なのだ、と郁己は勇気を出して踏み出した。
「ごめん、待ったー?」
努めて明るく声を出したら、
「はぁ!?」
みたいな感じで男たちに睨まれた。
ちょっと乱暴にフードコートの外まで押し出される。
「君、あとは彼女は俺達がエスコートするからさ、ガリ勉君は家でテスト勉強をしてたほうがいいよ」
「そうそう、こんな所で遊んでるより、将来のための勉強が大事だよねー、ぎゃはは」
「彼女もそう思うでしょ? 俺らと遊ぶほうが絶対楽しいって」
きい、非力な我が身が悔しい!
妄想の中なら幾らでも戦えるのに!
だが郁己は思う。この男たち、終わったな、と。
男たちの輪の中で、勇太がレンゲを下に置き、たこ焼きとちゃんぽんをシェイクで流し込む。
帽子の鍔で隠れて目は見えない。
だが、あのオーラには見覚えがある。
座ったままの勇太の肩に手をかけた男が、突然その場で側転した。
いや、横方向に半回転したのだ。
一見すると、自分から跳んだように見える。
そうそう、あの技にやられると、自分から跳ばないと腕が折れる。
床に叩きつけられるが、そこは道場の畳じゃなくて硬いフードコートの床だ。頭と肩から落ちて無事とは思えない。
「!?」
男たちの頭に浮かんだのは疑問符だっただろう。
彼らは結局、その疑問符を解消できないままだった。
勇太が腕を掴む。男が一回転して頭から落ちる。
勇太が袖を掴まれる。男が一回転して頭から落ちる。
勇太が胸ぐらをつかまれる。男が一回転して頭から落ちる。
勇太が這いずってきた男に足を掴まれる。男がそこから一回転して頭から落ちる。
多分とどめを刺してないから手加減してるなーと思いつつ、フードコートが騒然としてきたので、郁己は慌てて駆け寄った。
「勇太! 殿中でござる、殿中でござる!」
どうどう、と彼女の背中を抱くようにして撫でる。
一瞬、戦闘モードの勇太が郁己の手をとりかけたが、郁己の声とよく知る手のひらの感触に我に返ったらしい。
「あ、やべ、やっちゃった」
冷や汗垂らしながら半笑いになる。
中学で師範代クラスの腕前だった勇太が、途中から更生して練習して励んだのだから、彼女の腕前は師範クラスなわけで、ついでに彼女の実家は古流実践派合気柔術で、本来は戦場での組み打ちを主眼においているそうな。
郁己は食器を片付けて、そそくさと勇太とともにフードコートを退出した。
「ごめん、郁己が言われてるの見て、頭に血が上っちゃって……」
「や、俺のことはいいんだけど」
「よくねえよ!! 郁己は俺の先生だぞ! 郁己が勉強教えてくれなかったら、俺、今頃どん底だったもん! すげえ感謝してるから!」
勇太は郁己の両の二の腕をぎゅっと掴んで、力強く言う。
距離がものすごく近い。ていうか、傍から見ると抱き合ってるように見えかねない。
確かに、勇太と郁己の家から離れた城聖学園へ通うための学力は勇太には無かった。それをスパルタで伸ばしたのは郁己である。
かつての自分を知らない人ばかりの土地なら、女の子になってしまった勇太も胸を張って生きていけるのだ。
真剣な眼差しの勇太に、ちょっと郁己は嬉しくなった。
「おお、ありがとな、親友。それじゃあ感謝ついでに」
「うん?」
「連休後半は中間テスト対策で、ガッツリ追い込みと行くか」
「ひぃ!?」
勇太がすごい速度で距離を取った。
「そ、それはちょっとー、早過ぎるんじゃないかなー、なんてー」
「勇太、あと二週間しか無いんだぞ! さぼってたら留年するぞ! 知り合いみんな進級してぼっちだぞ!」
「そそ、それは絶対いやぁ!!」
「よーしいい子だ」
郁己はアルカイックスマイルを浮かべた。
「俺が勝てるように仕込んでやる」
「お、お願いします先生」
かくして波瀾のデートは終わり……とはならず、まだ郁己はデートプランを捨て切ってはいない。
次は……お買い物だ……!!