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ダチが女になりまして。  作者: あけちともあき
一年目、十二月
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初詣前の一コマ。楓、頑張る

 坂下家の居間である。

 両親は年末最後の仕事を片付けるために出社中であり、綾音は和田部教諭と時間を見つけて会っているようで、なかなかいい進捗具合の模様。


 この場にいるのは五人。

 郁己と、勇太と、心葉と、そして、楓と上田。

 らしくもなく、楓は腕組みをして難しい顔をして、どーんと立っている。


「そ、それで楓ちゃん、どういうことなの……」


 恐る恐るといった感じで、勇太が親友を見上げた。

 郁己と勇太は席に腰掛けて、まるでお見合いでもするかのように向かい合っている。

 先日から、こうやって顔を合わせているだけでもなんとなく居心地が悪くて、この三日間ろくに会話なんてしていない。

 そんな気持ちは郁己も一緒だったようで、なんだかムズムズするのか肩を揺らしている。


「仲直り、してもらいます」

「仲ッ」

「直りっ」


 分かっていることだったけれど、二人の口からオウム返しに言葉が飛び出してくる。

 そりゃあ、このままではいけないなんてのは重々承知だけれど、かと言ってどうやってこの空気を変えればいいのだ。


「楓ちゃん、助けてくれるって言ってくれたのは凄く嬉しいけど、やっぱりこういうのは時間が解決」

「だめっ」


 鋭い声はまるで楓ではないようだった。

 彼女は真剣な眼差しで二人を見ると、


「放っておいて、治る、傷と、悪くなるの、あるから。二人の、は、悪いけど、私、良くなるって、思えな、い」


 ひどく興奮しているのだろう。

 つっかえつっかえながら、強い語気で言い切った。

 横で分かったように、心葉が目を閉じて強く何度も頷いている。


「だか、ら、私、お節介、焼くの」


 楓はそこまで言うと、一瞬、背後に控える上田に視線をやった。

 上田は楓に向かって、いつもの笑顔でうなずいてみせる。楓を全肯定する顔である。こうして自分を認めてくれる人がいるだけで、勇気が湧いてくる。これはとっても大事なこと。


「ねえ、二人、は、どうして、そんなに話せなく、なってるの? カラオケの、キスが原因?」

「……うーむ」


 改めて尋ねられると、それが直接の一因ではあろうが、唯一絶対の原因ではない、と思えてしまう郁己である。

 なんだろう、この据わりの悪さは。


「キスがやり過ぎだったっていうのは、俺たちでも分かってるんだ、楓ちゃん。だからそれは封印するって郁己にも話したんだけど……」

「ああ、それは俺も同感。あれは危険だし俺たちには早過ぎる……。だけど、つっかえてるのはそこじゃなくて……なんつうのかな」


 上手く言葉にできない。

 自分たちが悩んでるのは、扱いかねているのは……そういう近いことだけじゃなく。


「俺たちさ、このまま付き合ってくんだって思って、そしたら、またこういう凄いキスしたりして、その先は、エッチだってしたりするでしょ? そこが分かんなくなっちゃって……」


 多分、二人が普通のカップルだったら理解できなかったであろう感情。

 この場にいる人間だと、二人以外では心葉しか事情を知らない。

 金城勇太は元々男で、郁己とは付き合いの長い幼馴染で親友。


「怖く、なっちゃった……?」

「それもあると思う。だけど……ううううう、これ、多分、すっ飛ばすと話がまとまらなくなるよね」


 勇太が救いを求めるように郁己を見る。

 郁己も難しい顔をする。この問題には、郁己が今まで全てを賭けて守り通してきた、勇太の秘密が深く関わっているのだ。

 だから、その秘密を誤魔化してしまっていては、真実に辿りつけない。

 今まで秘めていたことを、この少女に打ち明けてしまっていいものなのだろうか。

 勇太は拒絶される事が怖かった。

 同時に、別の予感も強くある。

 心葉が理解したようで、姿を消した。坂下家の扉が閉まる音がする。


「実はね、楓ちゃん。俺たち、こういう風になっちゃってるの、理由があるんだ。その……引いちゃうかもしれないけど、すっごく大事な理由」

「……うん。 ……あ、上田、くん、別に、トイレ行ってもいい、よ」

「あっ、すまない。限界だったんだ!」


 雰囲気ぶち壊しだが、上田が慌ててトイレに走っていった。

 あれは友人の家だろうが構わず大きい方をするつもりの男の顔だ。

 毒気を抜かれて、勇太は彼が去っていった方を見送る。郁己は苦笑ながらも、内心、この空気を読まない友人に頭を下げていた。

 あいつは得難い存在である。


「それで、そのー。楓ちゃんは、俺が例えば男だったりしたら、今みたいに友達になれたかな」


 郁己は驚愕に目を見開いた。

 牽制球のつもりかもしれないけど、勇太、ド直球だよそれ!!

 だが、脳みそまで筋肉で出来ている疑惑がある恋人のことである。そんな微妙なニュアンスなど分かりはしない。


 いきなりの勇太の発言に、楓は一瞬戸惑ったように見えたが、


「あ、やっぱ、り?」


 驚くべき反応であった。


「!? な、なんで!?」


 勇太はさっきの郁己以上に驚いて、椅子からずり落ちて床に尻餅をついた。


「私、本とか、よく読む、もの。不思議なこと、や、想像しちゃうこと、とかは結構、大丈夫な方、だよ。最初会った、時、勇ちゃん、男の子みたいな子だって、思ったもの。だから、私、だって、想像したんだよ? 勇ちゃんが男の子、だったら、お付き合いしてたのか、なって」


 これは上田くんには秘密、と、楓がウィンクしてみせる。


「まあ、それに、私と友達付き合いしていたら、勇太の事情なんて隠し通せるわけないですしね」


 呆れ顔で心葉がやってきた。

 持っていたのは勇太の卒業アルバム。

 そこには、学ラン詰め襟の勇太が載っている。

 写真にある彼女の姿は、最初は完全に男の子で、時をへるごとに、だんだん今の勇太になっていっている。


「それで、ね。小鞠ちゃん、の、こととか聞いてる、し、今までの、坂下くんの行動、考えて、全部、腑に落ちるの。勇ちゃんが、男の子だったと、したら。……秘密を、守ろうとして、いたんだとしたら」


 郁己と勇太は、息を呑む。

 一体どの辺りから気づかれていたんだろう。

 この、大人しいようで、実は勘が鋭くて、そのくせ、想像力豊かでどこまでも空想の翼をひろげてしまう、楓という少女には。


「お答え、するね。答えは、はい。私は勇ちゃんが男の子でも、友達になっていました。だから、これからも友達でいてください」


 淀みのない言葉が溢れてきた。

 これは考えるまでもない言葉。

 楓の中にあった、紛れも無い本当の気持だから、するりと彼女の唇から溢れだした。

 勇太はちょっとの間、呆然としていたけれど、徐々に両目に涙が溢れてきて、すぐにぼろぼろとこぼれおちてくる。


「ああ……あーー……」


 何だか言葉にできなくて、声ばかりを漏らした。

 なんだこれは。すごく気持ちがあったかいのに、涙が止まらない。


「だから、ね、坂下くん。勇ちゃん、を、今まで通り、愛して、あげて」

「はい」


 気がつけば、心のなかのわだかまりは嘘のように消えている。

 何故悩んでいたのだろう。相手は勇太なのだ。それは変わらない。告白してきた小鞠を断ってまで選んだ相手なのだ。ここで道を違えるなんて、あるわけがないじゃないか。


「それに十八歳になれば、裁判所で戸籍上の性別だって変えられますからね」

「そう、な、の!?」


 心葉と楓が何か言っていたが、もう耳に入らない。

 郁己は勇太との間にあったテーブルを、文字通り物理的に押しのけると、今も呆然と涙を流し続ける恋人を、ギュッと抱きしめた。


「勇太」

「う……ん……」

「堂々と胸を張って……子作りしよう」

「う……ん…んんんん!?」


 郁己の身体が宙を舞った。

 玄帝流の龍尾返しの型である。ここまで綺麗に決めるには、相当な修練が必要だ。

 郁己はひどい格好で居間に転がりながら、逆さになった股間から、戻ってくる上田を出迎えた。


「うひょお! どうしたんだ坂下!?」

「ああ、聞いてくれ上田」


 懲りない郁己は凛々しい声で告げた。


「俺、勇太とエッチするわ」


 真っ赤になった勇太が、郁己の股間を蹴った。

 切ない悲鳴が坂下邸に響き渡る。

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