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ダチが女になりまして。  作者: あけちともあき
一年目、十二月
87/107

無口系男子、今年を振り返る→閑話休題

 坂下郁己はそれなりに勇名な男である。

 成績が良く、比較的真面目な外見ながら、オタク受けするバカという性格。

 偶然バスケットボールの授業で組んだ彼ら五人は、奇妙な友情で結ばれることになり、この成績優秀な変わり者を中心として結びつくことになった。


 御堂在真みどうあるま。サッカー部に所属し、その腕は上級生をも凌ぐが、根本的にチームワークを理解できないため永遠のベンチウォーマーであろうと言われる男。

 やや癖のある髪質でトラブル体質、一点突破の優れた才能を持ちながら致命的な欠陥があったりと、ラノベ主人公のような男だが、女運だけは致命的に無い。


 上田悠介。言わずと知れたトイレの申し子。彼の遠大な知識は古今東西のトイレのみならず、シモから出るものが生み出す豊穣な恵みについての造詣にまで及ぶ。

 特にこれといって目立つ外見では無いが、どういうわけか六月に彼女が出来た。大人しそうなメガネ女子で正直羨ましい。爆発すればいいと思うのだが、非常に仲は良好らしい。


 伊調守。謎の怪人。夜道で出会ったら、大の男でも絹を裂くような悲鳴を上げて逃げ出すであろう、城聖学園に降り立ったオペラ座の怪人である。対面する相手の正気度を削るから、何か人外の怪物かもしれない。

 外見は猟奇的と言われていたが、今はいっそ清々しく邪神的でもある。坂下グループと若干一名は気にならないらしく、このグループの中で一番居心地良さそうにしている人物でもある。


 境山健太郎。自分である。クラスの中では誰よりも目立たず、没個性的に埋もれている。

 言葉を発する前に物事が動いてしまうから、いつだって出遅れる。美味しいものは真っ先に誰かに取られ、余り物を頂戴する人生を送っていた、恐らくこの中では一番普通の人間。


 坂下グループには、マドンナとも言える存在がいる。

 金城勇という名の少女で、リーダーである郁己の恋人である。

 恐らく、グループの男たちは誰もが、勇を好きになった。

 天真爛漫、快活な人柄で、あの伊調にすら親しげに接してくる。

 郁己という男が横にいなければ、男たちは誰もが、彼女に深い恋心を抱いただろう。

 境山は、伊調が彼女のことを好きだったのを知っている。

 だが、外見に似合わずこの邪神は純情なのと、友誼というやつをとても大事にする。きっとこの男の思いは一生告げられること無く、共に墓石の下へ消えていくのだろう。

 境山もまた、金城勇が好きだった。

 だが恋には至らなかった。

 なぜなら彼女の視力は1,5だったからである。

 眼鏡を掛けていなかったのである。


「クラス会議を開催する」


 聞く人を威圧するような学級委員長の声が響く。

 その横では、委員長とお似合いと揶揄される堅物女子、和田部晴乃が板書する。

 カリカリと音を建て、白墨を削っていく音が美しい。

 文字の形はピンと整い、彼女を表しているのだと境山は思った。

 書き終わった彼女が、キビキビした動きで振り返る。

 境山はその度、息を呑むのだ。


 バッサリ切り揃えられたショートボブに、フチありのちょっと野暮ったいメガネ。

 眼光はそれほど鋭くなく、彼女が気を抜いてる時、左目がちょっと脇にそれるのを境山は知っている。

 斜位というらしく、見え方の軸がちょっとずれているのだそうだ。結構、その症状を持っている人は多いらしい。

 晴乃は人前でメガネを外すのを嫌う。

 メガネを外すと、視線がすぐにずれてしまうのだそうだ。

 コンプレックスなのだ。可愛い。


「境山くんってさ」


 間近で声をかけられたのは九月であろう。

 勇はいつも距離が近くてドキッとする。


「晴乃ちゃんのこと好きでしょ」


 今までにないくらいドキッとした。


「みんなにはお世話になってるし、協力したげる」


 協力……!?

 この日から、境山と勇に共通の秘密が出来た。


 学園祭で、女中風の着物を身につけた晴乃。その姿を見て、境山は卒倒するかと思った。

 和風メイド頭……!!

 良すぎる……!!


 勇の采配で、境山は黒子を仰せつかった。

 厨房とメイド頭を繋ぐ役割である。自在に存在感を消すことが出来る境山なら、頻繁に厨房をからフロアへ出入りしても、お客が気にすることがない。

 時折サンドイッチマンとして校門を練り歩くが、ちょくちょくそこから抜けて教室へ通った。

 何故か郁己たちも、境山が抜けたことには気づいていなかったようだ。


「ふう……凄い人の入りね。正直助かるわ、境山くん」

「……いや」


 晴乃に声をかけられて、境山はなんとかそれだけ、掠れた声で絞り出した。

 目の前の少女の、むき出しになった首筋が艶めかしい。

 生真面目な風貌で、それ以外強い特徴の無い晴乃だが、首筋や手足の筋が美しいことを境山は知っている。

 白い肌を伝う汗の玉が目を奪う。


「……綺麗だ」

「えっ」


 晴乃と目が合った。

 いつもはふっと漏らした言葉も、人には届かない事が多い。

 ややボソボソとした境山の喋りは、喧騒に消えてしまいやすいのだ。

 だが、この瞬間だけ、室内は静寂に包まれていた。

 扉から、亜香里野キャンパスの生徒会連中が入ってきたのだ。


 誰もがこの目立つ闖入者を見守る中、境山と晴乃だけが見つめ合っていた。


「な、なななな、何言ってるの」

「あ、いや……その」


 それでも、目線だけは外せなかった。

 結局、晴乃は真っ赤になって視線を切ると、ちょっと大股で勇の方に行ってしまった。

 そうだな、今は副委員長の采配が必要な時だろう。



 秋になって、冬服になった晴乃は美しかった。

 季節が変わった時に髪を切ると決めているらしく、しっかりとショートボブに切りそろえて、毛先もピシっと心機一転。

 彼女と視線が絡む時が増えた、と思う。

 多分、自分の思い込みではないと信じたい。


 体育祭ではイマイチ活躍できなかった。

 元々運動能力に優れているわけではない。

 お昼時は、女子たちのお弁当が凄くて大騒ぎだったが、晴乃はちょっと入り込めない様子で、出来合いのお惣菜が多いお弁当箱を隠して食べていた。

 境山はこっそり彼女の元に行って、勇が作ってきたチキンを山分けした。


 騎馬戦は見せ場である。

 晴乃の騎馬にはなれなかった。

 だから、勇のサポートに徹することで、晴乃が情熱を燃やす紅組の勝利に貢献しようと誓ったのだ。

 だが、晴乃が亜香里野の生徒会長にやられた時、いつもは穏やかな境山の心に荒波が立った。

 必ずや、あの横暴な生徒会長を下さねばならぬと心に誓った。

 トレースする。伊調の動きを完全にトレースし、坂下の意思を汲み、規格外の身体能力を誇る、我らがマドンナが十全に戦えるように補助するのだ。

 決して頭をペシペシされてご褒美です、なんて思ったからじゃない。

 激しく競り合う中、坂下の指示が来た。

 こちらのとっておきをぶつける時だ。

 騎馬がバラバラになり、亜香里野生徒会騎馬の周囲を駆け抜けることになる。

 境山の眼前には、太田という亜香里野副会長がいた。

 彼は怒り任せに、明らかに尋常ならざる技を絡めた動きで、境山にぶつかってくる。


「……ここであんたにやられる訳にはいかない」


 故に境山は、己が出来るすべての技を使った。

 完全に気配を消したのである。

 目の前にいる男が、姿形どころか、気配や存在まで消失させ、太田は戸惑った。

 これほどの隠形を使う人間がいるのか、と。

 その頃には、既に境山は駆け抜けている。

 飛び降りてきた勇と郁己をキャッチするのだ。

 試合には負けたが、勝負には勝った。

 それは、最後に振り返った時、呆れたように笑っている晴乃の顔で分かった。


 晴乃のグループである板澤小鞠が振られたらしい。

 相手は郁己らしい。

 そんな噂が女子の間で流れた。

 事実はすぐに、本人である郁己の口から流れた。

 勇と正式に付き合う、と。

 この頃には、伊調も恋心を断ち切って久しい。境山も、親友の決意と宣言を祝福する気持ちだった。

 例え周知の事実であろうと、公衆の面前で宣言をする勇気は尊敬したい。


 自分も、もう出遅れる生き方をやめよう。

 そう思った。


 スケートだけは、他に何も得意なことが無い自分にとっての生きる道だった。

 境山の母はフィギュアスケートの選手であった。

 幼いころ、境山は母に教えられ、フィギュアの型を習った。

 だが、すぐに母は彼に同じ道を歩かせることを断念する。

 余りにも、我が子には華が無かったのである。

 どれほど見事に技を決めても、それは大きな点数には結びつかない。

 故に、母は我が子の才能を見限った。


 しかし、華が無いことと、技の才能があることは両立する。

 境山は言うなれば、フィギュアの天才である。

 致命的に華が無いため、芸術点をもらえないという絶対的弱点があるが。

 だが、そんなものはどうでもいい。

 今、晴乃とともにスケートを滑ることが出来る。

 その大義名分があるのだ。

 彼女の手を何度も取ることが出来た。

 転びそうになる彼女を抱きとめることが出来た。

 それだけで充分だ。

 和泉が、郁己が、勇が作ってくれた機会。

 更に生かしていくのは自分だ。


 だからこそ、この歌詞カードを晴乃に手渡す。


「………和田部さん」


 声は思ったよりもはっきりと出た。


「どうしたの、境山くん」


 彼女の声は、他の男子達に向けられるものよりも、明らかに優しい。


「今度のカラオケ、デュエットしよう」


 つっかえること無く、彼は伝えたい言葉を口に出し……新しい一歩を踏み出した。

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