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ダチが女になりまして。  作者: あけちともあき
一年目、十二月
82/107

今年のイブの過ごし方。

 奇妙なことになってしまったと、郁己は一人思った。

 彼の周囲を女子達が囲んでいる。

 これはハーレムか。

 いや、そうではあるまい。だって一人は自分の姉だ。

 今年もイブに予定が無かったのか。

 もう一人は恋人の妹だ。

 中学の頭からの付き合いだから、それなりに長い関係なのだが、未だにキャラが掴めないでいる。

 最後の一人は、去年まで男で親友で幼馴染で、今は恋人になった女の子だ。


 時はクリスマスイブである。

 毎年、家族内でごくごく小規模なクリスマスパーティをやるのだが、今年はいささか勝手が違った。


 坂下家の両親が、町内会の年末福引で、クリスマス開催のオペラのペアチケットを、あろうことが二枚当てたのである。

 坂下家の子供達は、オペラなんて言う高尚な物は良く分からんというので、両親は金城家の律子さんと尊さんを誘い、親四人で出かけて行ったのである。

 残されたのは子どもたち四人。

 と言っても、大学生一人、高校生三人である。

 もう子どもという年齢でもないし、クリスマスパーティだってどうにかなる。


「勇太さん、これは一体なんだね」

「芋煮だよ?」

「クリスマスに?」

「うん」

「そして綾音さん、これはなんだい」

「見て分かるでしょ。カリフォルニアロールよ。これを太巻きにアレンジしたの。凄いでしょ?」

「んー、どこから突っ込めばいいのかなぁ」

「郁己さんは苦労性ですね」


 とりあえず、この女子達は料理が出来る。

 料理が出来るし、作るものはきちんと美味しい。

 真心だって篭っていて、普段ならありがたく感じることだろう。

 だけど、彼女たちは季節感というものを考えない。

 クリスマスだろうがなんだろうが、ゴーイングマイウェイである。

 勇太なんか、クリスマスなんだから、この間の体育祭で作ったようなチキンレッグを焼けばいいのに、この、圧倒的ボリュームの、しっかりと煮込まれて、お出汁まできちんと取られた完成度の高い芋煮である。

 とろける里芋が大変美味しい。

 美味しいんだけどなんか違う。


「えへへ、郁己、美味しい?」

「悔しいけど美味しい」


 勇太の愛を感じる。

 だがクリスマスイブに芋煮だ。


「では郁己さん、私の料理もどうぞ。あーん」

「心葉ー! 俺だってあーんしてないのにこいつー!」


 姉妹の戦いが勃発しそうになっている。

 心葉が作ったのはきんぴらごぼう。

 イブだよ!? イブ!!

 非常に手がかかっており、昨日からきちんと仕込んでいたらしいことは分かるのだが、どうして今それを作らねばならないのか……!!


「カリフォルニアロールー」

「姉貴は和田部先生でも呼べよ!!」


 思わず激情に任せて突っ込んだら、


「あ、でもその、和田部先生も、忙しいと思うし、彼女いるかもだし」


 とかもじもじし始めた。


「大丈夫だよあの人、どフリーだから! 和田部先生の妹に聞いたから!」

「でも、いきなり電話とか、したら、その、迷惑かもだし」

「あんた普段あれだけ俺を恋愛沙汰で野次る癖に、いざ自分になるとそれですか!!」

「そうだよ! 綾音姉ちゃんはあんな教師に電話すること無い!」

「勇太は私情を挟むのをやめなさい」


 何故だか、勇太は綾音と和田部教諭のことになると、むきになって邪魔をしようとする。


「勇太には郁己さんがいるのだから、綾音さんに関わるのは野暮というものです。男らしく諦めなさい」

「残念でした-! 俺もう女だもーん」

「お子様です」

「なんだと!」


 姉妹が子供の喧嘩を始めた。

 その横で、姉がスマホに登録した電話番号に掛けようとして、かけられなくて、もじもじしている。


「とりあえずさ、明日終業式で、少し事務作業したら先生も帰るんだよ。ご飯にでも誘えばいいじゃん?」

「そ、そっか。そのほうが自然だよね?」

「多分自然」

「そうだよね……。そう、そうよね、決して他意はないもの、お疲れ様っていう気持ちで会えばいいんだわ」


 これは本気だ、と郁己は思う。

 とりあえず、姉も和田部先生も、近況の恋愛事情は非常に似通っているのだ。それに、酔っ払った女子大生の戯言をきちんと聞いてくれて、手も出さずに家まで送ってくれるわけで、内心では乙女チックな綾音が参ってしまっても仕方ないな、なんて郁己は考えている。

 あの教師は根はセクハラだが、善良なのだ。

 つまりあれは良いセクハラ。


 姉が電話し始めたところで、姉妹喧嘩に振り返る。

 すると、それは既に沈静化している。


「楓ちゃんから心葉にトークアプリでメッセージが来たみたい。おしゃべりしてるよ」

「ほうほう」


 楓にとっても、心葉というのは同い年で趣味も同じ友達である。

 なかなかそういう相手はいないだろうし、親友たる勇太の妹でもあるから、ただの友達以上に感じる部分も多かろう。

 二人で今は、クリスマスのおしゃべりと言うわけだ。


「それじゃ、俺たちはどうする?」

「郁己の部屋でテレビ見よう!」


 居間は姉と心葉に占領されている。

 まったりしようということで、彼らは郁己の部屋へ移動する。

 部屋の半ばはパイプベッドが占領していて、ベッドの下や足元に、本棚が収納されている。

 ベッド側面には、据え置き型ゲーム機用のディスプレイがある。

 PCと併用するタイプなのである。

 TVチューナーを外付けしてあるので、これで有線放送なんかが見られる。


 二人横並びで、間には飲み物とお菓子なんか持ってきて、ベッドに腰掛ける。

 無論、何かとこれからのことを意識しないわけではない。

 そもそも、二人共タイミングを伺っている所すらある。

 自他ともに認める、状況に流されやすい二人である。

 今日こそは、あわよくば……なんて考えながらテレビをつけた。


 クリスマス特番が流れている。

 よりによって、クリスマスにシングルで過ごす男性たちが、自虐の凄さを競い合う電話参加型番組である。

 パーソナリティーのベテラン芸人の司会進行が流石である。

 負けじと、電話から聞こえる男たちの自虐もヒートアップしていく。


 勇太は爆笑した。

 余りに笑いすぎて、床に転げ落ちて、腹を抱えて笑う。

 途中で笑いすぎのあまり呼吸困難になり、郁己に背中を擦られながら激しく咳込んだりする。

 郁己もところどころで吹き出す。

 なんだかもう、いいムードどころではない。

 番組が終わった頃には、笑いすぎで勇太が疲労困憊になっていたので、とりあえず彼女を連れて下に降りようと扉を開けると……。

 半分開いていて、心葉が覗いていた。


「ちっ、一線を越えませんでしたか。郁己さん、あなたがついていながらなんというテレビ番組を見るのですか。そんなことではこの先思いやられます」


 何故か出歯亀に説教されてしまった。

 黙らせる意味もあるけれど、とりあえず部屋に用意してあったプレゼントを手渡すと黙った。

 各種サイズのブックカバーである。


「おお……これは……。ありがとうございます」


 勇太に似た顔で、頬を赤らめて優しく微笑まないでほしい。

 好きになりそうだ。


 下の階で、ずっと和田部先生と喋っているらしい姉には、お取り寄せした地方の名産おつまみ。

 笑い過ぎでぐったりしている勇太をソファに座らせると、ポケットに仕舞っておいたものを取り出した。


「? 郁己、それは?」

「まあ、メリークリスマスってことで」


 照れ隠しにちょっと早口で言いながら、紙袋を差し出した。


「クリスマスプレゼント? あ、やばい、俺何も用意してないや」

「芋煮作ってくれたんだから、あれでよしとしよう!」

「開けてもいい?」


 もちろんだ。

 勇太がごそごそと紙袋を開けると、中からは鮮やかな七宝焼きのバレッタが出てくる。

 最近、髪もすっかり伸びて女の子らしくなった勇太である。

 革のバレッタでラフに髪をまとめることも多いようだから、これはどうかと考えた。


「うひゃあ……これ、可愛いなあ……! つけてみるね?」


 勇太は後ろ髪をほどき、ややアップにしながらもらったバレッタでまとめる。

 立ち上がり、郁己の前でくるっと回ってみせた。


「どう? 似合ってるかな」

「……いい。実にいい……!」

「ふふ、ありがとう、郁己。じゃあ、これは俺からのお返し」


 勇太はトトッと間合いを詰めると、背伸びをして、郁己の頬に電撃のようにキスをした。


「前のはどさくさだったけれど……これは正式なのだよ」


 なんて言う。


「うおおおお、勇太ー!」


 思わず力いっぱい抱きしめようとしたら、照れ隠しに放り投げられた。

 ソファに上下逆さで埋まりながら、今年のクリスマスは結構良かった、なんて思う郁己なのである。

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