今年のイブの過ごし方。
奇妙なことになってしまったと、郁己は一人思った。
彼の周囲を女子達が囲んでいる。
これはハーレムか。
いや、そうではあるまい。だって一人は自分の姉だ。
今年もイブに予定が無かったのか。
もう一人は恋人の妹だ。
中学の頭からの付き合いだから、それなりに長い関係なのだが、未だにキャラが掴めないでいる。
最後の一人は、去年まで男で親友で幼馴染で、今は恋人になった女の子だ。
時はクリスマスイブである。
毎年、家族内でごくごく小規模なクリスマスパーティをやるのだが、今年はいささか勝手が違った。
坂下家の両親が、町内会の年末福引で、クリスマス開催のオペラのペアチケットを、あろうことが二枚当てたのである。
坂下家の子供達は、オペラなんて言う高尚な物は良く分からんというので、両親は金城家の律子さんと尊さんを誘い、親四人で出かけて行ったのである。
残されたのは子どもたち四人。
と言っても、大学生一人、高校生三人である。
もう子どもという年齢でもないし、クリスマスパーティだってどうにかなる。
「勇太さん、これは一体なんだね」
「芋煮だよ?」
「クリスマスに?」
「うん」
「そして綾音さん、これはなんだい」
「見て分かるでしょ。カリフォルニアロールよ。これを太巻きにアレンジしたの。凄いでしょ?」
「んー、どこから突っ込めばいいのかなぁ」
「郁己さんは苦労性ですね」
とりあえず、この女子達は料理が出来る。
料理が出来るし、作るものはきちんと美味しい。
真心だって篭っていて、普段ならありがたく感じることだろう。
だけど、彼女たちは季節感というものを考えない。
クリスマスだろうがなんだろうが、ゴーイングマイウェイである。
勇太なんか、クリスマスなんだから、この間の体育祭で作ったようなチキンレッグを焼けばいいのに、この、圧倒的ボリュームの、しっかりと煮込まれて、お出汁まできちんと取られた完成度の高い芋煮である。
とろける里芋が大変美味しい。
美味しいんだけどなんか違う。
「えへへ、郁己、美味しい?」
「悔しいけど美味しい」
勇太の愛を感じる。
だがクリスマスイブに芋煮だ。
「では郁己さん、私の料理もどうぞ。あーん」
「心葉ー! 俺だってあーんしてないのにこいつー!」
姉妹の戦いが勃発しそうになっている。
心葉が作ったのはきんぴらごぼう。
イブだよ!? イブ!!
非常に手がかかっており、昨日からきちんと仕込んでいたらしいことは分かるのだが、どうして今それを作らねばならないのか……!!
「カリフォルニアロールー」
「姉貴は和田部先生でも呼べよ!!」
思わず激情に任せて突っ込んだら、
「あ、でもその、和田部先生も、忙しいと思うし、彼女いるかもだし」
とかもじもじし始めた。
「大丈夫だよあの人、どフリーだから! 和田部先生の妹に聞いたから!」
「でも、いきなり電話とか、したら、その、迷惑かもだし」
「あんた普段あれだけ俺を恋愛沙汰で野次る癖に、いざ自分になるとそれですか!!」
「そうだよ! 綾音姉ちゃんはあんな教師に電話すること無い!」
「勇太は私情を挟むのをやめなさい」
何故だか、勇太は綾音と和田部教諭のことになると、むきになって邪魔をしようとする。
「勇太には郁己さんがいるのだから、綾音さんに関わるのは野暮というものです。男らしく諦めなさい」
「残念でした-! 俺もう女だもーん」
「お子様です」
「なんだと!」
姉妹が子供の喧嘩を始めた。
その横で、姉がスマホに登録した電話番号に掛けようとして、かけられなくて、もじもじしている。
「とりあえずさ、明日終業式で、少し事務作業したら先生も帰るんだよ。ご飯にでも誘えばいいじゃん?」
「そ、そっか。そのほうが自然だよね?」
「多分自然」
「そうだよね……。そう、そうよね、決して他意はないもの、お疲れ様っていう気持ちで会えばいいんだわ」
これは本気だ、と郁己は思う。
とりあえず、姉も和田部先生も、近況の恋愛事情は非常に似通っているのだ。それに、酔っ払った女子大生の戯言をきちんと聞いてくれて、手も出さずに家まで送ってくれるわけで、内心では乙女チックな綾音が参ってしまっても仕方ないな、なんて郁己は考えている。
あの教師は根はセクハラだが、善良なのだ。
つまりあれは良いセクハラ。
姉が電話し始めたところで、姉妹喧嘩に振り返る。
すると、それは既に沈静化している。
「楓ちゃんから心葉にトークアプリでメッセージが来たみたい。おしゃべりしてるよ」
「ほうほう」
楓にとっても、心葉というのは同い年で趣味も同じ友達である。
なかなかそういう相手はいないだろうし、親友たる勇太の妹でもあるから、ただの友達以上に感じる部分も多かろう。
二人で今は、クリスマスのおしゃべりと言うわけだ。
「それじゃ、俺たちはどうする?」
「郁己の部屋でテレビ見よう!」
居間は姉と心葉に占領されている。
まったりしようということで、彼らは郁己の部屋へ移動する。
部屋の半ばはパイプベッドが占領していて、ベッドの下や足元に、本棚が収納されている。
ベッド側面には、据え置き型ゲーム機用のディスプレイがある。
PCと併用するタイプなのである。
TVチューナーを外付けしてあるので、これで有線放送なんかが見られる。
二人横並びで、間には飲み物とお菓子なんか持ってきて、ベッドに腰掛ける。
無論、何かとこれからのことを意識しないわけではない。
そもそも、二人共タイミングを伺っている所すらある。
自他ともに認める、状況に流されやすい二人である。
今日こそは、あわよくば……なんて考えながらテレビをつけた。
クリスマス特番が流れている。
よりによって、クリスマスにシングルで過ごす男性たちが、自虐の凄さを競い合う電話参加型番組である。
パーソナリティーのベテラン芸人の司会進行が流石である。
負けじと、電話から聞こえる男たちの自虐もヒートアップしていく。
勇太は爆笑した。
余りに笑いすぎて、床に転げ落ちて、腹を抱えて笑う。
途中で笑いすぎのあまり呼吸困難になり、郁己に背中を擦られながら激しく咳込んだりする。
郁己もところどころで吹き出す。
なんだかもう、いいムードどころではない。
番組が終わった頃には、笑いすぎで勇太が疲労困憊になっていたので、とりあえず彼女を連れて下に降りようと扉を開けると……。
半分開いていて、心葉が覗いていた。
「ちっ、一線を越えませんでしたか。郁己さん、あなたがついていながらなんというテレビ番組を見るのですか。そんなことではこの先思いやられます」
何故か出歯亀に説教されてしまった。
黙らせる意味もあるけれど、とりあえず部屋に用意してあったプレゼントを手渡すと黙った。
各種サイズのブックカバーである。
「おお……これは……。ありがとうございます」
勇太に似た顔で、頬を赤らめて優しく微笑まないでほしい。
好きになりそうだ。
下の階で、ずっと和田部先生と喋っているらしい姉には、お取り寄せした地方の名産おつまみ。
笑い過ぎでぐったりしている勇太をソファに座らせると、ポケットに仕舞っておいたものを取り出した。
「? 郁己、それは?」
「まあ、メリークリスマスってことで」
照れ隠しにちょっと早口で言いながら、紙袋を差し出した。
「クリスマスプレゼント? あ、やばい、俺何も用意してないや」
「芋煮作ってくれたんだから、あれでよしとしよう!」
「開けてもいい?」
もちろんだ。
勇太がごそごそと紙袋を開けると、中からは鮮やかな七宝焼きのバレッタが出てくる。
最近、髪もすっかり伸びて女の子らしくなった勇太である。
革のバレッタでラフに髪をまとめることも多いようだから、これはどうかと考えた。
「うひゃあ……これ、可愛いなあ……! つけてみるね?」
勇太は後ろ髪をほどき、ややアップにしながらもらったバレッタでまとめる。
立ち上がり、郁己の前でくるっと回ってみせた。
「どう? 似合ってるかな」
「……いい。実にいい……!」
「ふふ、ありがとう、郁己。じゃあ、これは俺からのお返し」
勇太はトトッと間合いを詰めると、背伸びをして、郁己の頬に電撃のようにキスをした。
「前のはどさくさだったけれど……これは正式なのだよ」
なんて言う。
「うおおおお、勇太ー!」
思わず力いっぱい抱きしめようとしたら、照れ隠しに放り投げられた。
ソファに上下逆さで埋まりながら、今年のクリスマスは結構良かった、なんて思う郁己なのである。




