追い出しの後。
文芸部の追い出し会は、その週の土曜日、比較的安価な洋食チェーン店で行われた。
あまり騒ぐのはNGなお店なのだが、もとより文芸部、そこまで賑やかな人もいない。
いるだけで非常に目立つ御仁はいるのだが。
「注文を頼みたいのだが」
「は、はいぃっ」
ウェイトレスさんが、プロレスラーのような体格の男に声をかけられて怯えている。
その男こそが文芸部の部長、等々力亜門である。
郁己と勇太は、この巨漢が学園祭で演じたオネエキャラをまだ忘れていはない。
この漢の中にはオネエが住んでいる……!
まあ、だが、はっちゃけなければ比較的常識人の亜門先輩である。
会は粛々と進み、亜門が卒業生たちに言葉を贈り、無事閉会の運びとなった。
文芸部の三年生諸氏は実に地味な方々である。
何でこの人達が、亜門を入部させようと思ったのかよくわからない。
彼らいわく、ああ見えて亜門は文芸を愛する心優しい男なのだそうだ。
だが、新聞部副部長という肩書を使い、敵は徹底的に追い込むスタイルだ。
優しいってなんだろう。
「私は、そんな、等々力先輩、きらいじゃない、けどな」
楓は心が広い。
というか、郁己と勇太が入部するまでは、一年生は楓一人だったのだ。
案外彼女は、この文芸部の空気にあっているのかもしれない。
「べっ、別に上田君、が、嫌いとか、そういうの、じゃ、ないよ」
「それはわかってる」
「楓ちゃんは優しいよね」
勇太の言葉に、楓ははにかんで笑う。
「私が貰った分の、優しい気持ち、を、広げ、たい、っていうのは、あるかも」
いい子だ。
郁己も勇太もほっこりする。
対面の席でなかったら、きっと勇太は彼女をハグしていただろう。
勇太は何気にハグ魔である。
友達の女の子にむぎゅっと抱きつくところをちょくちょく見る。
我が恋人ながら、羨まけしからん。そのくせ郁己がハグするぞーって気配を見せると、赤くなって逃げる。
こいつを今月中に、なんとか捕まえてハグしてやらねばならぬ、と郁己は心に誓うのであった。
追い出し会も終わると、解散は早い。
上級生たちは立ち話をしていたが、下級生たちは帰ってもいいということで、三人は挨拶をしてその場を辞した。
十二月でも日が高い時間である。
ぺちゃくちゃと会話しながら駅へと向かう。
「来週には終業式じゃん? なんか、あっという間だよねー」
「う、ん。勇ちゃんたちと知り合って、から、時間、たつの、凄く早い、よ。毎日が、楽しいかも」
いざ一人きりで過ごすとなると、毎日をやり過ごすのは実に億劫なものである。
特に、若いころなんて一日の感覚が長いから、休み時間の10分間さえ無限に感じられてしまったりする。
「和泉くん、が、やるっていう、カラオケ、楽しみなの。私、一度も、行ったことない、から」
「そっかー。それじゃあ、一緒に何歌うか考えておこうよ!」
「うん、いいね、それ」
今の楓にとって、この時間はあっという間に流れていってしまうものなのだろう。
郁己にとっては、女の子同士できゃあきゃあ盛り上がられて、微妙に入りづらい男一人の現状は、何気に時間が長く感じるのであった。
「楓ちゃんはさ、何の歌をうたうの?」
「うーん」
楓はちょっと考えこんだ。
カラオケ初めてというから、歌のレパートリーなんか勿論無いんだろう。
「例えば、好きな番組の主題歌とか」
「私、テレビ、みない、から……。あ、でも、おばあちゃん、が聞いてる、CDがある、かも。私もよく、いっしょにきいて、る、から」
聞いてみると、なるほど昭和の歌である。
グループサウンズとか、フォークの時代の歌。
「私はアイドルソングかなあ」
勇太はこう見えて、かつてテレビっ子だったので、その頃テレビに出ていたアイドルソングなんかはそらで歌える。
完全に女の子化してからは、声帯も女の子そのものになったようで、普段の声色はちょっと高めのハスキーだからかなりの高音まで綺麗に出せるのだ。
この辺に関しては、勇太自身嬉しい誤算であったと発言している。
原キーで女性ボーカルの歌を歌えるのである。
「俺はまあ、古めのアニソンかなー」
「あー、郁己そういうの得意だもんねー」
「そう、なんだ。上田、くんはどう、なのかな」
「あいつはCMソングだろうなあ。コミックソングとか凄く上手いんだあいつ」
キャラが想像できる。
「和泉くんとかうまそうだよね」
「いや、それがさ」
笑いながら郁己が言う。
「あいつの唯一の欠点が、音痴ってことなんだよ」
「ええー! 意外ー!!」
「勇、ちゃん、笑ったら、失礼、だよ、ふふ」
「楓ちゃんだって笑ってるじゃない」
勇太と楓に笑われるなら、和泉も本望であろう。
彼の歌声は、ボエーっていう感じで非常にひどい。
何故彼がカラオケ大会を企画したのか、もうよくわからないくらいに音痴であった。
声質はいいのだが……。
「あ、駅、だね。じゃあ、二人共……また、ね」
話をしていたら、あっという間に駅に到着だ。
月曜まで、しばしのお別れ。
24日が木曜日だから、25日金曜日が最終日になるわけで、その足でカラオケ大会というわけだ。
だから、大きなイベントの前にクリスマスイブを越すことになる。
「じゃあね、楓ちゃん! 月曜日に会おうね!」
しばし親友に別れを告げる。
着々とイベントをこなして、今年の終わりは段々と迫ってくるのだ。
今日は楽しい一日だったけれど、とても振り返っている余裕なんて無い。
「クリスマス、か……」
郁己は、新しい関係で迎える聖夜をどう過ごそうか、思いを巡らせ始めた。




