映画館、暗闇の鼓動。美味しかったポップコーン。
映画を見に行く二人。世の中の仕組みを知る。
さて、来てしまった。
郁己はシネコン前の広場で腰掛けていた。背後には植樹されており、右側にショッピングモールへ続く階段、左側にはシネコン広場へやってくる道があり、そちらにはゲームセンターがある。
……耐え切れずに初日の朝に来てしまった……。
我慢が効かない自分に、ちょっと自己嫌悪。
だが、恐ろしくドキドキする自分もいる。
遊び慣れた幼なじみとの映画鑑賞なのに、何故にこれほど胸が高鳴るのか。
あと30分……。
かなり早く来てしまった。
勇太は中学の頃からギリギリに来る事が多かったから、きっとまだまだ来ないだろう。
よし、ジュースでも買って落ち着こう、と郁己が立ち上がった時だ。
「あれぇ? 郁己、随分早いなあ」
ドキッとした。
こいつはいつも心臓に悪い登場の仕方をする。
いつの間にか、勇太が郁己の左手側に立っていた。
合気柔術宗家の子供だから、知らず、気配を殺して行動するスキルが備わっているのかもしれない。
「い、いや、いま来たところ」
「それにしたって早いよ、まだ30分以上あるだろ?」
クラスメイトがいないから、女の子らしくする必要がないせいで、勇太の口調も昔のように戻っている。
「まあ、とりあえず中に入ろうか、勇……た……」
振り返った郁己は硬直した。
淡いグリーンのシャツはアクセント程度に花の柄、光の加減で白くも見える。
デニムスカートは活動的で、スリットも入ってちらりと見える脚にまたドキッとする。
腰には赤い上着を巻いていて、天気が変わって寒くなっても大丈夫。
頭には、まだ伸びきっていない髪をカバーするみたいに、ちょっとボーイッシュな鍔付き帽子。
現れた勇太は、とてもとても女の子だったのだ。
いや、こんなバッチリ可愛く決めてくる女の子がそうそういるのか。
「よ……よくにあってるよ……!」
心からの声だった。
勇太は顔を真赤にして、
「違うって! 母さんが無理やり俺をデパート連れてって、買ってきたんだから! 俺の趣味じゃねえよ!」
「お、おう!」
そんなのはどうでもいいくらい可愛い。
そう思った。
さて、シネコンである。
幾つもの映画を同時に公開していて、ゴールデンウィークに合わせて毛色が違う映画が並んでいる。
和泉のお勧めでは、この春最高の恋愛映画、「恋するフロリダ戦線」がいいとのことだった。
だが、勇太は迷うこと無く、アメリカから来た聖なる林の超大作、「リベンジャーズ」をチョイス。
さもありなん、と郁己は納得した。
窓口のお姉さんは、かわいいカップルにほっこりした様子。
「ええと、高校生二枚」
「カップル割も重複で使えますよ」
「か、カップル……!」
「勇太、落ち着け、カップルの方が安くなるんだから……!」
「じゃ、じゃ、じゃあ、カップル、割で、おねがいします……」
消え入りそうな声で女の子の方が伝えてくる。
後ろに並んでいる男衆が、人を殺せるような目線で男の子の方を見ているから、やーね、モテない男子は、とお姉さんは二人に好意的なのだった。
言うまでもない、勇太と郁己。
二人は無事にチケットを買い終わると、カップル割で浮いた200円でちょっと奮発することにした。
「ジュースだけのはずだったが、一品頼んでシェアしよう」
「いいね! 俺、ポップコーンがいいな。量あるじゃん」
勇太が指さしたのはキャラメルポップコーン。
なんと、カップルが食べる用の大きくてドリンク2個セットがあるではないか。
「なあ、勇太」
「うん?」
「なんか世の中、カップルっぽく動くと得になるようにできてるのな……」
「あ、う、うん、まあねえ」
郁己はメロンソーダ、勇太はコーラを選択。
さあ、映画だ。
当然席は隣り合っていて、郁己は否応なく、ポップコーンを挟んで間近にいる勇太を意識してしまう。
当の勇太はテンション高め。
映画放映前に映る宣伝を楽しげに見ている。
これは、ロマンチックな雰囲気とか、手を握るとかそういう世界ではないな。
和泉のプランが瓦解したと思う郁己である。
そもそもヤツのプランは机上の空論だったのだと拳を握りしめる。
いや、アクション映画大好きな女子をターゲットにしていなかった時点で、あのプランは穴だらけだったのかもしれない。
勇太のフェイバリット映画は、古きよき香港アクション映画なのだ。
そんなこんなで雑念まみれだったが、映画本編が始まってしまえば熱中してしまう。
男の子だもの。
映画中何度か、ポップコーンを取ろうとして勇太と手がくっついたり。
映画に夢中な勇太は気にしてないようだったが、郁己としてはポップコーンどころではない。
結局七割型、ポップコーンは勇太の胃袋に収まった。
郁己的には、勇太の手に触りまくる形になってしまい、別の意味でお腹いっぱいだ。
映画が終わると、ふわふわした足取りで二人がシネコンから出てくる。
「やっぱいいよね! キャプテン! 男は黙ってシールド投げて勝負!」
勇太が感情移入するのがキャプテンっていう辺りがアレだ。
郁己としては弓男。明らかに只の人間なのに超人に混じって戦うのが気の毒すぎて感情移入する。
ひとしきり二人で、外でリベンジャーズごっこをしたら、ふと勇太が真顔になる。
「ねえ、お腹空かない? なんか食おう」
まだ食うのか。
次は食事やお買い物なんである。