期末テストに挑め! これが終わったら俺スケートに行くんだ……
「えへへ、このテストが終わったら、俺、スケートに行くんだ……」
早速タイトル回収かよ!?
と郁己は突っ込んだ。
テスト勉強中、虚ろな目をして勇太が呟いたセリフである。
相変わらずこの子は、勉強というものに弱い。
「気をしっかり持て。な? 苦しいのはほんの一時だから。だから言ってたろ? 習慣づければ楽になるって。今からでも習慣つけて行こうなー」
「ううう。つらい、つらいですコーチ」
ふるふると震えながらすがりついてくる勇太。
確かに今日は、土曜日だというのに朝から夕方まで勉強漬けである。
だが、郁己がこの日のために用意した、テスト勉強カリキュラムを披露しているのである。
それくらいの勉強時間が取れれば、この優れた勉強方法を理解してもらえるだろうと思っていたのだ。
結果、勇太が壊れかけたので、今回はここまで。あとは夕食後ということになった。
「やった……!」
そう呻き、勇太はへなへなと崩れ落ちた。
「ううーーー。恋人になっても、なんで手加減してくれないんだよ郁己……」
「勇太は、俺がそういうところで手を抜くタイプだと思ってた?」
「……思ってない」
本日は泊まりがけでの勉強会である。
明日には楓と上田も合流し、翌々月曜日からのテストへ向けてのラストスパートとなる。
「郁己さん、お風呂入っちゃったら?」
エプロン姿の心葉が出てきてそう告げた。
郁己がトイレに行った帰りである。既にお湯は沸いているらしい。
「それじゃあお言葉に甘えて……」
着替えを取りに行き、夕飯前に一風呂……ということになった。
一番風呂である。
客分としては大事にされていることが分かって、申し訳ない反面、ちょっと嬉しい。
「まあ、勇太の旦那さんになる人ですからもう身内ですよ」
「うっ」
さらっと言われて、彼女に二の句を告げなかった。
脱衣所にエアコンが入っている。
小さなものだが、冷えがちなこの小スペースがほんのり暖かく、寒い冬にはありがたい。
郁己は衣類をカゴに収めると、マイ手ぬぐいを頭に載せて堂々と風呂場に突入した。
流し湯をして、やや深めの風呂桶に浸かる。
「ふぃー……」
一日の勉強で、凝り固まった筋肉がほぐされていくようだ。
16歳にして、脳の芯から蕩けそうな声を出してしまった。
暖かさに頭がぼーっとなっていく。
ガラッと脱衣所の扉が開く音。
衣擦れの音がして、
「ううう、頭痛いー。体痛いー。つらいー」
泣き言が聞こえた。
風呂場の扉が開く。
ふらふらと何者かが入ってきて、流し湯もそこそこに浴槽に飛び込んできた。
「うおー! お風呂場では静かにー!」
「あ、ごめんね………って」
それなりに大きな浴槽とは言え、二人入ると距離もかなり詰まる。
一糸まとわぬ勇太が、肩を密着させる距離にいた。
あまりにさらっと自然に風呂に入ってくるので気づかなかった。
どうやら郁己も相当疲れているらしい。
「な、なんで郁己入ってんの」
「……心葉に一番風呂をすすめられまして」
「俺も心葉に一番風呂を……あいつめ謀ったなあああああ!?」
仕組まれた相風呂……!
妹ちゃん恐るべしである。
湯船に浮かぶ、白くて丸いお肉が二つ。湯船に手ぬぐいをつけるなんてことはしないのがマナー。
勇太は間違いなく、生まれたままの姿である。それは郁己だってそう。
つい一昨年までは、遊びに来たついでに一緒に風呂にはいるぐらいはしていたのだが、二年経つと別の意味で全く別人の身体である。
「…………」
ゴクリとつばを飲む。
のぼせそうだ。
お風呂にのぼせるわけではなく。
「い、郁己……」
彼女も熱に浮かされたみたいな声で告げる。
「げ、元気になりすぎ」
いかん。
何やら、二人共場の空気に流されかけている。
どうやらお互いに、空気や雰囲気に相当弱いらしい。
相手の身体を意図して見ないようにすれば、顔を見るしかなくなる。
見つめ合っていると、なんだか湯加減もあってぽーっとなり、徐々に互いの顔の距離が近く……。
「はっ! 貴様、見ているな!」
勇太が素早く振り返った。
洗濯物を回収に来た心葉が扉の隙間からガン見している。
「チッ、一線を越えませんでしたか」
……恐ろしい子!!
彼女が覗いてなかったら、間違いなく一線を越えてしまっていた自信がある。
自制心が弱い我が身である。
勇太も自制心弱いね。
「もう、俺は身体洗ってさっさと出るよ!」
勇太は宣言、湯船から立ち上がる。
しなやかな身体が視界いっぱいに映る。
「うわー」
均整の取れた女らしい身体をもろに見て、一部分だけ主張の強いところとか視界に焼き付いて、郁己の思考がショートした。
「勇太は大胆です」
「いつまで覗いてんの!?」
いつもの風呂場の気分で立ち上がり、郁己に全部見せてしまったことに気付いた勇太。
照れ隠しに心葉に退去を命じると、粛々と洗い場で石鹸を泡立て始めた。
「郁己」
「へい」
「……せ……、責任はとってもらう」
「はっ、かしこまり」
結局、洗い場の温度差にたまらず湯船へ避難してきた勇太。
郁己はこのあと三回ほども、大変眼福なものを拝むことになってしまった。
「まさか二人きりで最後まで一緒に入っているとは……驚きました」
心葉が無表情にそういうことを言うが、この子は絶対楽しんでいる。
「そういう時は場の空気に流されてはダメよ。きちんと、用意すべきものを用意しなくちゃ」
律子さんが厳しい顔をして言って、背後に用意してあった、手のひらに収まるような薄い小箱を指し示した
そ、それは明るい家族計画の……!!
真面目そうでとんだトンチキなお母様である。
「というのは冗談で、流石にまだ早いわ。郁己くんは自制してくれてありがとう。勇太ったらそういうの苦手そうだから」
「息子の自制心を憶測で語るのやめてくれないかな!?」
食卓だというのに下世話な話で盛り上がる。
ちなみにお父上の尊さんは、また長期の出張である。出張してる期間のほうが圧倒的に長い。
男は郁己一人、あとは女性二人、勇太一人である。
会話は終始女性サイドがリードして行われる。
何故か勇太が男性サイドにいるので、郁己とともに、律子さん・心葉ペアの攻撃を受け続けている。
やれ、キスはもうしたの、だの、一度二人きりで遠くに行くべき、だの、あまり四六時中一緒にいるよりは、たまに距離をあけると燃え上がる、だの。
最後のは律子さんの経験談ですよね?
尊さんは家を空けていることが多いから、たまに帰ってくると二人のラブラブっぷりは凄いらしい。
心葉談。
ともかく、そんな食事を終えて勉強に戻るが、お互い風呂場での裸身の映像が脳裏にちらつき、勉強どころではない。
思わずチラチラと勇太を見ていると、あちらも同じようにこっちをチラチラみているようで、しょっちゅう目が合う。
気まずいのだが止められない。
これはいけない。
落ち着け、落ち着くのだ我が分身よ。
そう思えども、思うようには落ち着けない本能の悲しさ。
二人は悶々としながら一夜を過ごし、翌日の勉強会へと突入するのである。
本編は風呂であった。




