木枯しが吹く夜
今年の木枯し一号は、例年より遅かったらしい。
昨夜物凄い風が吹いて、街は一気に寒くなった。
まだ完全武装して外出するほどでは無いが、コートが欲しくなる季節だ。
もう少し行けばマフラーもつけたほうがいいかもしれない。
「ううう~、なんか寒いな……!」
コートを着て一回り膨らんだ郁己が、うめき声をあげながら歩いて行く。
対する勇太は、薄手のコートを身につけてはいるものの、そうでもない様子だ。
「なんだよ郁己、だらしないなあ。俺なんて鍛えた成果か、去年よりも寒さに強くなってるぞ」
得意げな彼女を、郁己はじっと見る。頭の上のツンツンした髪から、つま先まで。
「そりゃ、去年よりも丸くなってるもんなあ」
「なにい! 女っていうのは脂肪がつくものなの!」
それは否定しない。
勇太の場合、生来筋肉質だったが、それが女性化することで脂肪が加わったということだろう。
背丈だって去年よりもそれなりに伸びている。
「じゃあどれくらい身長が伸びて、体重が増えたのよ」
「おっ、よくぞ聞いてくれました。俺、去年より6㎝も伸びたんだよ。もう150センチ台に突入した。おちびとは呼ばせないよ! 体重は5kg増えたかなー。今44kgあるし」
さらっと体重まで赤裸々に語る。
まだまだ女子の道は遠いと言えよう。
しかし、存外に背丈が伸びている。
確かに、春先は目線よりも下に頭があったのに、今は彼女の頭が目線の位置に来ている。
主に足が伸びたみたいで、制服のサイズなんかはそのまんまらしい。
「では勇太くん、どれほど体重が増えて、ふっくらしたのか揉ませてくれたまえ」
「ひえっ、郁己カップルになったらそういうの控え始めたと思ったら、いきなりダイレクトに来たね!!」
いやらしい手つきの郁己に、勇太が身構えて笑う。
まあ実際、郁己は勇太がどれくらい女らしい体になってきたのかをよく知っている。
そりゃもう、幼馴染ですから、些細なボディタッチなどよくあることなのだ。
付き合いだしてからはお互いを男女と認識するようになって、露骨な接触こそ躊躇いが生じるようになった。
だが、郁己だって男の子。
勇太だって女の子で、しかも女子歴一年、男子歴14年である。郁己の気持ちだって非常によく分かるし、自分に生まれたこの女子としての感情には戸惑いすら覚える。
触らせてやりたいが、ためらってしまうこの気持。
それでも気を抜くと、恋人同士になる以前のような気安い接触をしていたりする。
「俺的には、勇太は去年よりも4割増しで柔らかくなったと思ふ」
「うっわ、具体的」
今日も今日とて、学校での一日を終える。
十一月も終わりが見えてきた。
もうすぐ十二月がやってくる。
なんと波乱の十一月だったことであろう。明らかに、先月末から今月にかけて起こったことは、二人の人生に大きな影響を及ぼしている。
「だけどさ、俺、思うんだよね」
勇太が切り出した。
「俺たち付き合っちゃったけど……こいび……って、その、どうすればいいんだ?」
まだ、恋人と口にだすのは照れくさい。
付き合うと決めてから半月以上が経っていたけれど、おいそれと二人の付き合いかたが変わるわけではないのだ。
男同士という感覚だった期間の方が長い。
「そりゃ、カップルって言えば……か、肩を抱いたり、こう、抱き合ったりだな」
「うへ、郁己一人ハグ気持ち悪いよ!」
「おのれ!」
「きゃあ、ごめんごめん! ばかにしないから!」
駅から出た後の家路につく途中、いつものようにちょっとふざけあった後、
「あと、キス、とか……その先とか……」
「き、きき、キス」
キスという段階で、勇太がのぼせたような顔をする。
夏にどさくさ紛れで、郁己の頬にチュッとやったのだが、あれはノーカンだと彼女は思っている。
「だだだ、だってよ、世間一般のカップルはそれこそ日がな一日中やってるだろ……!」
日がな一日やってはいない。
「で、そ、その後はもう、ほら、アレしか無いわけじゃん」
「わわわ……、わーっ! わあああっ! それ、そんなんかーっ! うわうわうわ、どうしよう、俺、どうしよう」
郁己の語りに順を追って想像してみたらしく、勇太は大声を上げてその辺りをわたわたしながら歩きまわる。
「俺、先のことなんて何も考えてなかったよ」
「俺もだ……」
恋人同士が果たすべきノルマを思うと、二人は一緒に、遠い目になる。
日が落ちるのも早くなっているから、夕方とはいえ辺りは真っ暗だ。
街灯がそこここを照らし、犬の散歩をする人か、早めの帰りのサラリーマンくらいしか通る人はいない。
なんとなく無言になって、郁己も勇太も並んで歩く。
考えるのはこれからの事だ。
将来とかそういう事ではないが、ある意味では将来のことよりも身近な、必ずやってきてしまうであろう未来のこと。
「こ、子供の数、とか」
勇太が呟くと、郁己の膝が脱力して、地面に倒れかけた。
「はは、はやい、早過ぎるってそれは……!!」
「いや、だってさ、先の話って言うと、もう……」
二人の脳内が、恋人とはかくあるべきから、明るい家族計画まで飛躍していく。
年頃の男子だから仕方ないね。
問題は二人共、思考の方向性が一緒なことだ。
二人で立ち止まって、「ああああー」とか「ううううー」とかひとしきり呻いて。
とりあえず、この辺は置いておこう、という結論になった。
寒空の下30分も妄想しながら語り合ってしまった。
「そういえばさ」
勇太が話題を切り替える。
「郁己、この学校入ってから、自分のこと僕って言わなくなったよね」
「……確かに」
四月の後半には、もう俺って言っていた気がする。
以前以上に勇太とべったりになっていたから、勇太の一人称に釣られたのかもしれない。
「そーゆーところでも、小さく俺たちって変化してたのな」
「まあねえ。ちりも積もれば……だよね。おかげで今、こういうでっかい変化にぶち当たってるわけだし」
勇太がまた、話題をぶり返すようなことを言う。
とにもかくにも距離感。これが重要だ。
既に十年を軽く超える付き合い。この先倦怠期みたいなものがあるなんて気はしない。
お互い空気みたいなものなのだ。
一緒にいても違和感は無いし、お互いがいないと物足りない。
とりあえず話題を変えよう、と、二人は他愛もない話を始めた。
今日、学校であったこと。
女子の方ではこんなことがあった。
男子はこんな馬鹿なことをして遊んだ。
相手の立場では経験できない出来事を共有したり。
と、一陣の強い風が吹きつけた。
木枯しだ。
「うひい」
流石の勇太もたまらず、コートの襟元を合わせて縮こまる。
風に吹かれてよろけたところを、郁己がすかさずキャッチした。
二人の距離が密着する。
「…………」
「…………」
ほんのり温かい。
まあ、こういう距離感でいいんじゃないかな、と、どちらともなく思うのだった。
次回から十二月。長いですぞ!




