新米カップルの奮闘
金城尊は、沖縄出身の考古学者として知られている。
日本人離れした容貌と、学者ながらフィールドワークで鍛えた肉体。
浅黒い肌に堀の深い顔立ち。ちょっと癖は強いが充分イケメンの部類に入る。
年に一冊は専門の日本文化に関する本を上梓し、衛星放送のドキュメンタリー番組にもよく出たりする。
だから、郁己は彼の顔をたまに見るたび、テレビの中の人がいる、と意識したものだ。
成長した勇太を見ているとわかるが、彼の遺伝子は娘達の中にしっかり受け継がれている。
体格と肌色だけは律子さんの遺伝子が圧倒的に勝ったようなのだが。
大きな決意の後で遭遇したものだからびっくりしたのだが、
「まあ、せっかく学校から帰ってきたのに立ち話もなんだろう。一週間ほどいるから、そのうちまた話でもしよう」
金城氏は親しげに郁己の方を叩き、二人が繋いだ手を好意的に一瞥し、笑顔を浮かべたまま金城邸へ入っていった。
すっかり毒気を抜かれてしまった郁己と勇太は、
「そ、それじゃあ、また明日」
「おう、また明日な」
と別れの挨拶を交わし、互いの家へと帰ったのである。
身内に相談する事でも無いのだが、一応は非常に勇太とも付き合いが古いのが、姉の綾音である。
勇太と付き合うことにした旨を口にすると、彼女は大げさに天を仰いだ。
「まだ付き合って無かったのかい……!」
突っ込んでくる。
まあそうだよなあ、そういう反応だよなあ、と思う。
勇太はまだ戸籍上は男でも、18歳になった時点で女性に変わることが確定しているらしい。
色々手回しは行われているそうだし、特殊なパターンなので、もしかすると早回しで事が起こるかもしれないとのこと。
選挙の投票権は18歳で得られるから、名前や戸籍の変更も、成人とみなされる18歳で可能となる。
そうなってしまえば、郁己だって色々責任を取ることが出来る年齢になるから、その先のことだって考えてしまうわけだが。
ともかく、四六時中一緒にいるのにまだ付き合ってなかった、というのは、綾音にとって大いに突っ込みどころなのだろう。
郁己たちの周囲も、こんな感じなのかもしれない。
「まあ、その娘には悪いことしたけど、結局はあんた達にとって良かったんじゃない? あと爆発しろ」
ついでのように言われては堪ったものではない。
だが、それなりに親身になってくれる。
坂下家の両親は、それなりに放任主義で、自由になんでもやらせてくれる。
やり過ぎな事にのみチェックを入れてくるが、共稼ぎなので二人共基本忙しいようだ。
だが、今日の食卓は珍しく、坂下父、坂下母、綾音と郁己の四人が揃っていた。
「金城さんのご主人が帰ってきてるのよね」
「おお、尊さんか。いつもテレビや本で忙しそうだものなあ。有名になるっていうのあれはあれで大変そうだ」
「郁己は勇太ちゃんとはどうなってるの? いつもお世話になっているじゃない。元気にしてる?」
「は、実は付き合うことに」
「ふーん……!?」
母はギョッとして、父は味噌汁を吹き出した。
そして二人共一瞬考え込んで、よく考えたら今は女の子か、と思いだしたらしい。
大人にとって子供の成長なんてあっという間なのだ。
「そ、そうか。郁己もそんな歳かあ」
「勇太ちゃんには、こちらからも何かお返ししなきゃいけないわよね」
「動揺してる動揺してる」
綾音が半笑いだ。
坂下家の両親にとって、勇太というのはいつも郁己と一緒になって遊んでいたやんちゃ坊主のイメージだ。
少なくとも十五年間そうだったのだし、一年近く前に突然女の子になったからと言って、固定観念を簡単に変えられるものではない。
彼女に対する悪感情は無い。
勇太が荒れてたのも反抗期の一端だと考えるくらいには、二人共理性的である。
郁己が志望校のランクを落としてまで彼女と一緒の高校に行ったのは、最初は反対だった。
だが、郁己は成績を落とすこと無く、常に学年トップで居続け、勇太にも積極的に勉強を教えて彼女の成績も底上げしている。
ちょくちょく顔を合わせる律子さんからは、お礼を言われる毎日だ。
別に二人の仲にいまさら反対というわけではない。
だが、何度も言うように、大人というやつは固定観念から抜けるのが中々難しい。
「でさ、郁己、もうエッチはしたの?」
父が激しくむせる。母が手にしていたビールをこぼす。
「姉貴さ、面白がって言ってるだろ?」
「面白がってるに決まってるじゃない。こんなの深刻に捉えるよりは、そのほうがよっぽどいいでしょ?」
恋愛対象になるような男に対してはてんで盲目になるくせに、基本的には気遣いも出来て、頭だって悪くないのだ。
気持ちは大変ありがたいが、混ぜっ返されるのは胃に悪い。
「それで郁己。勇太ちゃんとはどこまで行ったのよ? ま、夏の状況から想像はつくんだけど」
「ご想像の通りだよ……」
「ヘタレねえ」
「父さんはそれで一向に構わんと思うぞ!」
「そ、そうね。勇太ちゃんにも心の準備っていうものがあるし」
「父さん母さんは動揺し過ぎだろ!?」
こういう姿を見るたびに、間違いなく自分と姉はこの人達の子供だなあ、なんて実感するのだ。
同様のツッコミは、勇太も心葉から受けたらしい。
ただ違うのは、律子さんは規定事実だっていう風な顔をしてニコニコしてて、尊さんはどこ吹く風で律子さんの料理を褒めていたらしい。
そして、
「今度、郁己くんにも話があるから、連れて来なさい」
なんて言ったそうだ。
あれか。
お前に娘はやらん! っていうあれか。
郁己は行きの電車の中、震え上がった。勇太が慌てて郁己の手をにぎる。
「だ、大丈夫だよ郁己! 父さん話せば分かる人だからさ! そ、そりゃああの人、母さんよりも強くて、現役四聖だと青帝流初代と互角とか言われてる化物みたいな人だけどさ」
「後半部分いらないディテールだよね!? 俺の不安を煽ろうとしてるよね!?」
勇太の父親は、炎帝流の現当主でもあるそうだ。
炎帝流の里は沖縄の方にあって、幼いころに心葉が勇太と別々に育っていたのは、炎帝流の里をベースにして尊さんのフィールドワークについていっていたとのこと。
事情があって炎帝流の里が壊滅……いや解散したので、二人共晴れてこちらにやってきて同居しているらしい。
絶対勇太が言い直す前のほうが正しいだろう。
何をやったのだ尊さん。
そう考えると、玄帝流の里で宗主が尊さんについてぐちぐち言っていたのも分かる。
宗主の一人娘が、よりによって対抗派閥の炎帝流宗主の嫁だものなあ。
まあ、とりあえずなんだろう。
胃が痛い。
電車が目的の駅に到着し、いつもどおり歩いての登校。
二人で坂道を登るが、なんとなく会話が無い。
バカ話でもすればいいんだろうか? いやいや、カップルってもっとこう、キラキラしてる話とかしてるんじゃないか。
二人でそんなことを考えているものだから、チラチラお互い見つめ合うものの、言葉が出てこない。
無言の気まずい登校は初めてだから、学校についた時、安堵の溜息を吐いてしまった。
「よう、坂下! 今日も金城さんと一緒だな」
教室に入ると、和泉がいつものように声をかけてくる。
「お、おう」
「お、おはよう、和泉くん」
「?」
ぎこちない二人の態度に、和泉は訝しげな顔をする。
「どうした? 二人共ちょっとおかしいぞ。いやに余所余所しいな。喧嘩でもしたのか?」
和泉の言葉に、教室の奥にいたちっちゃいのがボインを引き連れて走ってきた。
「なに!? どうしたってのよ? 何あんた達ぎこちなくなってんの!? あんた達は仲良くする義務があるのよ! いい!?」
「どうどう。落ち着けぇ小鞠ん。勇ちゃん、坂下くん、喧嘩したぁ? カップル解消ぉ?」
夏芽もやってきた。
「ははーん」
「夏芽! あんた何わかったような顔してんのよ! 事情通か! 物知り博士か!」
「小鞠ん、どうどう。落ち着けぇ」
図らずも、小鞠が騒いだのでクラス中の注目をあつめることになってしまった。
非常に居づらい。
「ほら、勇、坂下くん。事情をちゃんと話さないと、みんな納得しない雰囲気よ?」
ニヤニヤしながら夏芽。
恐らく一人だけ性格に状況を分かっている。この二人との付き合いだって、まだ半年だとは言え、一番長いのだ。
「なんだ坂下、何があったんだ。水臭いぞ!」
「お、おう。実は……」
郁己が切り出したのを、勇太が繋げて、
「私達、付き合うことになりまして……」
二人共、なんでこんな注目されている中で報告しなきゃいけないんだ、と真っ赤になっている。
次のみんなの反応がちょっと怖い……なんて思っていたのだが。
「は?」
「ふ?」
「へ?」
和泉と小鞠と利理がぽかんと口を開けた。
直後で、和泉が真顔になって言った。
「お前ら、何を言っているんだ。そんなことは今更言われなくてもわかってる」
クラスのみんなが頷いた。
「はい?」
「ほへ?」
今度は、郁己と勇太がぽかんとする側だった。
一大決心をしてやってきたというのに、何なのだこの扱いは。
彼らは本気で、郁己と勇太が付き合っていると思っていたのか。
いや、ずっと思っていたのだろう。だからこんなビミョーな空気になっている。
「解散」
小鞠が言うと、集まっていたクラスの連中がバラバラと戻っていった。
だが、彼女は振り返り、
「ま、収まる所に収まったのね。……良かったじゃない」
とだけ言った。
この日、勇太は終日夏芽にいじられることになったらしい。




