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ダチが女になりまして。  作者: あけちともあき
一年目、十一月
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意識するお隣と、父帰る

 否応なく、意識させられる事件であった。


 月曜の夕方、郁己が一日中悩みを抱いた顔をしていたので、勇太はとりあえずつついてみた。


「どうしたのさ、郁己。なんか調子悪そうじゃん」

「ああ……。何ていうか、自分の馬鹿さとか身勝手さを思い知った」

「どゆこと?」


 電車の中である。

 二人は並んで腰掛けている。帰りの電車は、会社帰りの人々とは逆方向になるため、それなりに空いていた。

 勇太としては、なんか中二なことを郁己がいってるなあ、みたいな気分。

 それに言ってる言葉の意味もあまりわからないから、


「分からないよ。もっと分かりやすく言ってよ」


 そういう風にお願いした。

 郁己が苦しそうな顔になる。

 それを見て、勇太も胸がギュッと締め付けられる気持ちになった。


「なんでそんな顔してるんだよ」

「いやな…………昨日、俺、板澤に告白されたんだ」


 みだりに話すべきことでは無い。郁己はそれは分かっていたが、言うなれば勇太は当事者である。

 だから、何も隠さずに、言葉を飾らずに言った。

 勇太が驚きに目を見開く。


「え? 小鞠ちゃん? ……でも、それって。え?」


 小鞠はいつも通りだったではないか。冗談を口にして、憎まれ口を叩いて、勇太とも郁己とも普通に接していた。

 昨日そんなことがあったなんて、全く感じさせない。

 ……ということは。


「郁己、小鞠ちゃんを振ったの?」

「……ああ」

「なんで」

「分かんねえ。だけど……俺が板澤と付き合ったら、お前どうするんだよ」

「…………!」


 勇太は息が止まるかと思った。

 考えたことが無かった。

 というか、多分、考えないようにしていた。

 勇太にとっては、郁己はずっと自分から離れずにいてくれた大事な人間だ。

 好きとか嫌いとかそういう次元ではなく、いて当たり前の相手だったのだ。

 誰もが離れていった時に最後まで残ってくれて、自分が今までの自分を何もかも失っていく時に、ずっとそばにいてくれて、知らない体のまま新しい世界に飛び込んでいく時、ずっと隣にいてくれて、何かがあるたびに、ずっと一緒にいてくれて。

 それが、ある日突然、誰かのものになるということを想像する。


「あ、それ、だめだ……」


 ちょっと声が掠れた。

 想像するのも辛い。


「やべ、ちょっと、俺、なんで、そんなの」


 言葉が続かなくなって、慌ててポケットからハンカチを出して鼻をかんだ。

 いつの間にかぼろぼろ溢れてきた涙を拭う。


「よ、よく分かった」

「分かってくれたか」


 郁己が目に見えてホッとする。

 彼の目も赤くなっていた。潤んでいるから、こらえている。男の子である。

 とりあえず話が早い。

 この辺り、阿吽の呼吸の幼馴染同志。かつて同じ性別だったのだから、なんか分かり合える。


「つまり、俺って郁己がいないとダメで、郁己が誰かに取られちゃうのはホントにダメなんだ」


 言葉に出して、勇太は確認する。

 ヘタをすると、昨日の時点で郁己は自分から離れていっていたと言う事を思い、戦慄した。

 終わるところだった。

 ほんの少し想像力を働かせただけで、ゾッとする。

 郁己とバラバラになった自分。

 まだ、クラスの誰にも本当のことなんか話していない。

 今は仲良くしていても、この後、一体誰が理解者になってくれるのだろうか。

 本当のことを話して、郁己と同じくらいの理解者になってもらって……それはとんでもなくハードルが高い。

 というか、出来る気がしない。

 勇太はぎゅっと郁己の袖を握りしめた。


「なんで話してくれなかったんだよ」

「言えるか……。板澤の気持ち考えたら」

「あ、そっか……。小鞠ちゃんも、そうだったんだよな」


 ダメかもしれないという気持ちを抱きながら、勇気を振り絞って突撃して、そして玉砕した。

 パン食い競走の時と同じように、彼女は正面から挑んできた。


「つまりさ、俺達がいつまでも中途半端な状態でいて、それだから板澤は傷つくことになったんじゃないかって俺は思ってさ」

「一人で悩んでたのか、ばか郁己」


 二人の会話を、向かい合ってるカップルがほっこりしながら聞いている。

 若いなあ、みたいな感じだ。


「だったら話は、は、は、はやいだろ」


 勇太は切り出した。

 大事な話だ。

 ずっとずっと、本当ならもっと早くして置かなければいけなかった話だ。

 それが何の話なのか、郁己には簡単に察することが出来る。

 だから郁己もドキッとした。


「俺達が正式に、つ、つ、付き合っちゃえば、いいっ」


 提案は規定の内容で、だからこそ強烈無比だった。

 分かっていたのに、郁己は思わず。


「ま、マジか」

「マジだよ。っていうか、おれ、お、お、俺は郁己が誰かにとられるのは嫌だ。絶対だめだ」


 勇太は気持ちを強く口にした。

 郁己が小鞠の気持ちに答えられなかったのも、勇太と同じような思いがあったからだ。

 勇太を放っておくことは出来ない。

 彼女が学校という社会でやっていくために、逃げ場になるのは自分だけなのだ。

 そんな自分が、他に大切な相手を作ったら、勇太を守ることと両立なんて出来る気がしない。

 そんなことを一晩考えて、だから小鞠と会った時、答えは彼女の気持ちを拒絶すること一択だった。

 この回答が、郁己と勇太の甘さにあったのだと今なら分かる。

 いつまでもぬるま湯のような生活が続く気がしていたが、綻びはあっという間にやってきていた。

 関係をここでキッチリと固めなければいけない。

 勇太は郁己を失えない。

 郁己も勇太を手放せない。

 ならば、答えは一つだ。


「よ、よし。付き合おう……!」

「うん」


 互いに意思を表明するように、ぎゅっと手を握り合った。

 まるで電車の中で即決したように見えるが、それは違う。

 二人はこの答えを出すことを、四月からずっと保留してきたのだ。

 半年保留して、女の子を一人傷つけて、ようやく気付いて腹を決めた。

 互いに自己嫌悪でいっぱいになっていた。


「とりあえず、明日になったら、みんなにこの事は表明しようと思う」

「えっ……、いや、うん。それがいいよ」


 恥ずかしいのはどちらも同じだ。

 だが、これはけじめ。

 誤解の無いように、はっきりしておかなければいけない。

 今日は気恥ずかしさよりも緊張感が勝る。

 家族への報告、みんなへの報告。

 やらなければいけないことがたくさんある。


 だけれど、帰り道、何も言葉を交わさずに二人は帰った。

 手だけはぎゅっと繋いだままだ。


 家が見えてきた。

 辺りは薄暗くなり始めていて、街灯が灯っている。

 二人の家は隣り合っているから、後は入り口で分かれるだけ。


「それじゃあ、勇太」


 そこまで口にして、郁己は勇太の目線が別の方向に行っているのに気付いた。

 視線を追う。

 金城邸の入り口に、男性が立っている。

 彼はスーツ姿で、どうやら少しだけ、二人よりも早く帰って来たようだ。

 大きな旅行かばんを傍らに、誰かと話していたのか携帯電話を懐にしまう。

 そして、振り返った。

 見覚えのある顔だ。


「父さん……!」


 勇太の声。

 そこにいたのは、金城尊。勇太の父親だった。

 たまには帰ってくるが、一年の大半は家にいない。仕事が忙しいのだという。


「よう、久しぶりだな勇太。見ない間に、すっかり女の子になってしまったな。それと、郁己くん。男の顔になったな」


 中背の、やや彫りが深い顔立ち。

 浅黒い肌の中で、浮かべた笑顔。白い歯がやけに目立った。


 また一波乱の予感がする。

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