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ちびの告白。

 白のワンピースにハイソックス、スカイブルーのカーディガン。

 ニーソックスを穿いて、防寒はバッチリ。靴だってお気に入り。

 前髪がちょっと跳ねているのはどうしようもなかった。

 これは失敗。

 板澤小鞠は化粧室で前髪を引っ張りながら、自分とにらめっこする。

 いつも眉間にしわを寄せて人を睨んでる顔。

 笑顔はちゃんとできるだろうか。


 あいつを意識しだしたのは最近だ。

 最初の印象は、金城勇の付属品。

 男子っていうのは背丈のことでやたら絡んできて、鬱陶しい生き物だった。

 なので、金城さんといつも一緒にいるあいつも、同じ生き物だと思っていた。

 あいつはクラスの変わり者や、色々な意味での鼻つまみ者を集めて、仲良くするようになった。

 なんであいつらが仲良くなったのかは分からない。

 でも、その頃からクラスには、他人を排除するような空気が無くなった。


 あいつと本格的に喋ったのは、学園祭の前のこと。

 着物を借りに行った時だから、まだ一ヶ月ちょっと前。

 金城さんにつられて、自分が着物を着た姿を可愛い、と言われた時はちょっとドキッとした。

 でもこんなのは気の迷いだ。

 それで、あいつが甚兵衛を着て出てきたのを見て、かなりドキッと来た。

 今まで知らなかった自分を思い知らされた気分。


 自分は、ああいう清潔感のある男が好きだったらしい。

 遊んでいる風じゃなくて、それでいて気を遣ってくれる男が。

 学園祭では、いわくつきの仲間たちを引き連れて、率先して屋外での宣伝に出て行った。

 小鞠はお年寄りや年配の方々に人気だったが、忙しい反面、あいつと遠く離れることがちょっと残念だった。

 勿論、おくびにも出したつもりはない。

 第一、あいつは金城さんと付き合ってるんだから。


 衣替えの時、金城さんに話しかけながらあいつを見た。

 あいつはこっちを見て、微笑ましげに笑った。

 多分、服に着られてるなんて思われたんだろう。

 後日、女の子たちを集めてどか食いをしたらちょっと気が晴れた。

 で、問題は体育祭だった。


 パン食い競走は全力。

 ベストを尽くして、利理は一躍ヒーローなった。

 だけど、ヒーローになったのは彼女だけじゃない。

 あいつはなんと、亜香里野キャンパスのあの化物みたいな生徒会長に勝ってしまった。

 叫んだ内容は最低だったけど、小鞠は嫌いじゃなかった。

 もう、あいつから目が離せなくなった。


 作ってきたお弁当は、あいつを意識してなかったと言ったら嘘になる。

 この一ヶ月半、自分の世界の中心はあいつだった。

 小鞠は小さいから、恋愛事にも疎いように見られることがあるけれど、中身はしっかりと高校一年生だ。

 人並み以上に恋愛にも興味がある。

 だが、人並み以上にプライドが高いから、外には出さない。出せない。


 でも、玉子焼きと唐揚げをあいつが食べてくれた時は嬉しかった。

 ちょっとにやけてたら、利理に突っ込まれた。

 利理は異常に鋭い時がある。

 もっと前から小鞠の気持ちに気づいていたのかもしれない。

 騎馬戦で、金城さんを上に乗せて、あいつは出て行った。


 城聖学園の騎馬戦は、思っていたよりもずっと激しくて驚いた。

 誰かが怪我をしてもおかしくない。

 でも、騎手が女の子で、騎馬が男子だから、そこまで大きな怪我にならないのかもしれない。

 騎馬は大抵、騎手を気遣うから。

 そんな中、あいつは仲間たちと一緒に活躍した。

 動きはキモかったけど凄い。そう思った。

 目が離せない。


 最後は反則負けをしたけれど、勝負が終わっても動悸は収まらなかった。

 今にも気持ちが口から溢れてきそうで苦労した。


 一緒に勉強会をできることになった。

 あいつは金城さんと仲良さそうだった。

 自分の入る隙間はあるんだろうか。

 あいつは、金城さんと付き合ってないって言ってる。


「小鞠ん、多分いうこと聞かないと思うけどさ」


 次の週、利理と話した。


「今のままで良くない? あれはダメだよ」


 利理は真剣だった。

 こんな真面目な顔をした彼女を見たことはない。

 でも、小鞠は嫌だった。白黒をはっきりつけないと、気が済まない。こんなもやもやした気持ちをずっと抱えていられない。


「私だってぇ、恋愛経験なんて殆ど無いけどさ、だいたいみんな、十五年そこらしか生きてないんだし、子供なんだよ、まだ。だから私が言うのもなんだけどぉ……小鞠んが泣く所、見たくないんだよね。坂下とも、今まで通りではいられなくなるよ?」

「……いい。あいつは、付き合ってないって言ってたんでしょ」


 小鞠の拠り所はそこだけだ。

 あいつの、四月から言い続けているそんな言葉だけ。

 そこに縋った。

 だって、もしかしたら。


「……私は小鞠んを応援するよ。なにがあっても、味方だ。……ちゃんと頼れよぉ?」

「分かってる」


 決行することにする。

 そして、手紙を渡し、あいつが読んでるって確認を利理から取って、それでこうして、ここで待ってる。

 9時40分。

 まだ20分ある。


「うおっ、早いな板澤!!」


 心臓が止まるかと思った。

 20分も早くあいつが来た。

 心の準備なんてする暇無かった。

 化粧室から出てきたらすぐあいつもいた。


「ん、ん」


 それだけ言う。

 あいつも頷く。

 もう誤解なんてしようはずもない。

 利理が私のは、言わばラブレターだ。

 シチュエーションはまるでデートだけど、本当は自分への死刑宣告かもしれない。


 二人で少し歩いた。

 自販機でジュースを買って、二人で公園のベンチに座る。

 遊具で子どもたちが遊んでいた。

 会話はなくて、少し距離を空けて座る。

 ……言い出せない。


 小鞠は直情径行なタイプだ。

 プライドが高くて気が強く、物怖じしない。ズケズケ物を言うし、自分より大きな男子にだって立ち向かっていく。

 だが、今は目の前にいる、このひょろっとしたメガネの男が怖い。

 自分が口を開いたあと、その言葉に返してくる内容が怖い。

 

「いい天気だなー。秋晴れってやつだな」

「……ん」


 頷いてジュースを飲んだ。味がしない。

 でも、少し心が落ち着いた気がして、


「あのさ、坂下」


 そこまで言って、舌がもつれた。

 心臓の鼓動が跳ね上がる。

 息が苦しい。

 視界がギュッと狭くなる。


「ああ」


 あいつは聞いてくれる姿勢だ。

 何を言い出すのかも分かってる。

 だから、小鞠がこの先を伝えるだけでいい。

 何を恐れる?

 だって、あいつはフリーのはず。

 受け入れられる可能性だって充分……。


「あ……っ……」


 胸を押さえて、下唇を噛む。ギュッと目を閉じる。汗が噴き出してくるのが分かる。とりわけ手汗がひどい。


「あた、あたし、あんたのこと、が……っ……!」


 そこまで言った。

 あとは一言だけ。でも、凄くこの一言が重い。遠い。

 言わなくちゃ。

 言わなくちゃ、言わなくちゃ、言わなくちゃ、言わなくちゃ、言わなくちゃ、言わなくちゃ、言わなくちゃ、言わなくちゃ、言わなくちゃ、言わなくちゃ、言わなくちゃ。


 ぼん、と足元にショックがあって、ゴムのボールが転がった。


「ごめんなさーい! ボール取ってもらえますー」


 向こうで遊んでいた親子連れ。

 小鞠の足にボールがぶつかったようだ。

 小鞠は呪縛から解き放たれたような気がした。

 ボールを手に取ると、彼らの方へ転がして返す。

 今度はちゃんと、郁己と目を合わせられた。


「坂下くん、あなたのことが好きです」


 坂下郁己も顔を赤くして、息を呑んだのが分かった。

 答えを待つ。


「おねえちゃーん、ありがとー!」


 遠くで手を振る女の子に、手を振り返す。

 顔を戻したら、郁己が泣きそうな顔をしてた。

 あ、だめだ、これ。


「……ごめん」

「……いいのよ気にしないで。こういうの言っておかないと気持ち悪いじゃない。あたしは気にしてないから」


 まくし立てるように言った。


「休日に呼び出してごめん」

「板澤……」

「じゃあ、また明日ね」


 逃げるように小鞠は公園を出た。

 やばい、やばい。

 鼻が痛い。目が痛い。

 息ができない。

 目も見えないような状態で走ってたから、クッションで受け止められるまで何が何だかわからなかった。

 その直後に、むぎゅっとされた。


「小鞠ん頑張った。私は小鞠んの味方だよう」

「うぎゅう……ばか利理……!」


 板澤小鞠は失恋して、そしてちょっとスッキリした。

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