体育祭、最終競技は騎馬戦
最終競技がやって来た。
騎馬戦なのだが、ちょっと違うのは男女混合なのである。
騎手は必ず女性。
下は自由。
主に女性ばかりの騎馬となることが多いのは、下で支えるのが男子だと色々と倫理的に問題があるからかもしれない。
男子が騎馬を担当する場合、騎手への過度な接触はペナルティとなる。
具体的には翌々日の出校日に半日正座である。
これは足がひどいことになるので大変恐れられている。
……というわけで、一年一組の騎馬は二つ。勇太、郁己、伊調、境山の騎馬。晴乃、夏芽、和泉、御堂の騎馬。
これが出陣する。
夏芽はそのパワーと体格から、女子にして騎馬先頭を担当。
その破壊力と踏破力に期待されている。
対する亜香里野からは、大本命とみられる生徒会騎馬が登場。
村越由香会長が白い鉢巻を締め、腕組みをしながら馬上にある姿など、とても絵になる。
実際に手合わせした勇太は、彼女が外見だけの人ではないことをよく分かっている。
何故リレーに出なかったのか不思議なくらいだ。
「よし、勇太、疲れたら俺の頭にもたれていいからな!」
「えー、郁己、それって俺の胸が頭に乗るじゃん」
「俺は一向に構わんぜ!」
「俺が構うなあ」
軽口を叩きながら、亜香里野大本命であろう生徒会騎馬を注視する。
各クラス騎馬が二つでるから、本校側からは22の騎馬が。
亜香里野も数を合わせてくるが、あちらは人数が多いから選りすぐりの騎馬を集めてくる。
条件的にはいつも亜香里野有利なのだが、毎年本校は突出した連中が入学するので、いつもいい勝負になっているらしい。
さあ、勝負の時だ。
開始の合図が、男性教諭の法螺貝の音なので、実に臨場感がある。
「突っ込めぇー!!」
晴乃がいつもとは打って変わって、実に凛々しい雄叫びを上げる。
彼女はメイド長の時もそうだったが、頭を取ると人格が変わる。リーダー人格的なものにスイッチするのだ。
「金城さん、一年生騎馬は舐められているわ。だからそれを利用して囮をお願い。私は遊撃に回るわ」
「ほいほい、了解!」
騎馬が機動を開始する。
郁己としては、数々の競技であれだけのスペックを魅せつけた一年一組を舐める奴なんていないと思うのだが、まあ副委員長の中ではそうなんだろう。
あ、夏芽が肩からの当たりだけで一騎崩した。
彼女はまるで戦車である。
それを支えるのも、サッカー部で足腰を鍛えた御堂と、そつなく何でもこなす和泉。そして冷静な采配を行う晴乃が騎手である。
本人が手を汚すこと無く、夏芽の火力と御堂の機動力で縦横無尽に戦陣を駆けている。
一方勇太はというと、
「本校一年の騎馬だ!」
「あの娘がいるぞ! 気をつけろ!」
亜香里野三年と二年の騎馬に挟まれていた。
「郁己、動きは任せたよ!」
「おう! 境山、伊調、やるぞ!」
「……」
「グフフッ」
じりじりと二騎が迫る中、唐突に勇太の騎馬がぬるりと真横にスライド移動した。
伊調が誇る変則機動である。境山がそれに追随し、郁己をサポート。三位一体のぬらぬらしたキモい機動を可能とする。
言うなれば、最小半径で有機的に蠢きながらドリフト機動したのである。
突然真横につけられた二年騎馬は反応しきれない。
勇太が手を伸ばし、騎上から二年生騎手を跳ね上げた。
何か技を使ったようだ。
向こうの騎手は鉢巻をとられながら、お尻から男子達の腕の上に落下し、
「ひぇっ」
「あっ! あちらからお尻が降ってきた!」
「こっ、これは不可抗力だからな!」
とか声が聞こえる。
続いて正面の騎馬。
真っ向からぶつかり合うように突撃、そして寸前で、
「インメルマンターンだ!」
郁己の指示でUの字を描くような見事なドリフト機動。
真正面から即座に背後に回られた三年生騎馬が対応できない。
名状しがたい動きに翻弄される亜香里野側は、何も出来ずに鉢巻を奪われる。
パワーには劣るが、技とそれ以外のサムシングに優れるのが勇太の騎馬であった。
対する村越由香会長。
彼女は悠然と王者の如く戦場を進む。
戦闘騎馬である太田数馬のパワーもあることながら、廣川の細やかな動きが村越騎馬に繊細な位置調整能力を与えている。
もう片側にいるのは、生徒会の書記らしい。影が薄い。
「亜香里野生徒会長、覚悟ぉ!」
襲い掛かってくるのは、側面突破で敵陣を抜けた晴乃の騎馬である。
流石に男子との戦いはきついようで、やや夏芽も疲弊している。
だがここは正念場、狙うは大将首。
既に村越騎馬は幾つかの本校側騎馬を血祭りにあげている。
これが亜香里野側最強の騎馬であることなど、重々承知なのだ。
だが、晴乃はこちらの騎馬のスペックを信じ、正面から戦うことしか出来ない。
「岩田さん、回り込みながらぶつかって!」
「ほいさ! 毎度きついオーダーね……!」
「岩田さん、サポートするぞ。側面は俺に当ててくれていい」
「横の動きなら任せろ!」
心を一つにし、進み来る村越騎馬を寸前でかわしながら横からの一撃を狙う。
手を伸ばす晴乃……だが、その手が何かに巻き込まれる。
村越生徒会長の手……!? と意識した時には、晴乃は夏芽ごと由香会長が放った捻れた腕の動きに巻き込まれ、体勢を崩している。
そのまま騎馬から引っこ抜かれて、晴乃は宙を舞い、
「……!?」
由香会長にお姫様抱っこされるように、懐に収まってしまった。
「はい、もらうわね」
鉢巻を呆気無く奪われる。
横川では、完全に体勢を崩した夏芽が膝をついており、和泉が呆然とした顔でこちらを見ている。
御堂はお姫様抱っこ、ええのうって顔をしている。後で殴る。
「こんな……この人、とんでもない……!」
やけに丁寧にグラウンドへ下ろされながら、晴乃は勝者を見上げて慄いた。
これだけゆったりした動作をすれば、隙だって出来る。
なのに、晴乃を下ろす間も、騎馬が巧みに位置を取り、本校側に攻め入る隙を与えない。
難攻不落の城である。
「さあ、そろそろやって来なさい、玄帝流の金城……!」
太田は敬愛する生徒会長の顔に、久しく見ぬ愉悦の笑みが浮かぶのを見て驚愕した。
支配者である彼女は、自らの欲望を隠して亜香里野キャンパスを統治している。文武両道にして品行方正。そして、青帝流の免許皆伝にして太田に技の手ほどきをした人物でもある。
同い年だとは言っても、ただ年齢が等しいだけで同格に見ることが出来る相手ではない。
だが、今の彼女の目は宿敵を待つ戦士のものだ。
彼女をもってして、同格の敵であると感じさせるのか、本校のあの娘は。
やがて、生徒会騎馬を覗く亜香里野最後の騎馬が鉢巻を奪われて退散し、その影からヌルリと姿を現す一騎。
「なんちゅう動きをするんだ」
廣川が嫌そうな顔で呟いた。
生徒会騎馬は太田が青帝流の足運びを行うことで、安定しつつも、相手を自らのペースに巻き込む機動を行う。
対して、本校側最後の騎馬の動きは……なんというか名状しがたい。
間違っても玄帝流の足運びじゃない。
「大将首じゃあ」
郁己がにやりと笑う。
「んー、やっぱり最後に残ったにはあんただったか!」
勇太が、たくさんの鉢巻を腕に巻いて、ビシっと由香会長を指差す。人を指差してはいけない。
「ほれ、馬、いくぞー!」
勇太が伊調のほっぺをピシピシする。
境山の頭をペンペン叩く。
「グヒィッ! ありがとうございます!!」
「…………!!」
二人のテンションが上がる。
行かねばなるまい。
この騎馬に、間合いも何もない。空気だって読まない。
突然、伊調が動いた。追随して境山が、彼の動きを完璧にトレースする。
つまり、突然反転して、生徒会騎馬に横っ腹を向けたのだ。
「!?」
太田は目を剥く。
なんだ、これは。一見して隙だらけだが、こんな攻めてくださいと言っているような構え、罠でなければなんなのだ。
「面白い……。行きなさい」
由香会長の指令が出た。となれば、罠であろうと踏み越えるのみ。
太田が走る。その背後に続く二人の騎馬。
それは、強く鍛えぬかれた体幹が生み出す、揺れない騎馬である。一切の隙が無く、触れたもののバランスを破壊する、青帝流の歩法に基づく突進。
いかな謎の戦法であろうと、真っ当な騎馬がこの歩法に勝てるはずはない。
だが、敵は真っ当ではなかった。
「伊調!」
「グフッ」
伊調が郁己の掛け声に合わせて、激しくスピンした。
彼の動作を、やはり境山がトレース。後方が大きく回転したことで、郁己はわざと脱力して回転に身を任せた。
突っ込む生徒会騎馬に向いた側面が急反転し、蛇行しながら斜めにずれる。
これは……桂馬の動き……! でも反転は必要ないよね?
「紙一重!?」
「いただきぃ!」
太田の驚愕の声をよそに、勇太が素早く身を伸ばし、由香会長の鉢巻を掴もうとする。
「笑止!」
そこへ、由香会長の貫手が迎撃を行う。
螺旋を描くように捻る貫手である。触れれば、先ほどの晴乃の如く巻き込まれ、吊り上げられる。
「あぶねっ」
勇太が別方向に捻りながら裏拳をあてて、貫手を弾いた。
さらに、逆の腕でまた鉢巻を狙って手を伸ばす。
弾く由香の手は鉤爪のように曲げられながらひねりを加えてそれを巻き込もうとする。
それがまた、横から当てられた勇太の手によって弾かれる。
こんなやり合いがすれ違う2秒ばかりの間に四合。
「ははははは! 楽しい、楽しいよ玄帝流! 久しくこんな楽しいことは無かった!」
「こっちはおっかないよ!」
反転する勇太の騎馬と、大回りしながら悠然と振り返る由香の騎馬。
「勇太、なんかすげー気に入られてるのな」
「えー、ああいう人はちょっと俺苦手だなー」
「グヒッ、大好物です!」
「………(グッ)」
キャラの濃い本校側騎馬は、体格差や年齢差をその濃さでカバーする。
何度かの交錯が行われるが、これは千日手になるか、と思われた時だ。
「やむを得ん。勇、伊調、境山、奥の手で行くぞ!」
「オッケー!」
郁己の号令とともに、騎馬がかけ出した。
無謀とも言える突撃である。
「馬鹿め、勝負を捨てたか!」
太田が吠え、その巨体を加速させる……眼前。
本校側最後の騎馬が、バラバラになった。
「これぞ騎馬分身!」
「いや、お前騎手おぶってるじゃないか!!」
「どれが本体なのか分かるまい!」
「お前だろ!?」
郁己が勇太をおぶって太田の勢いに乗る。
跳ね上げられたと見せかけて、横にいた地味な生徒会の人を足場に、飛び上がったのだ。
玄帝流の歩法の応用である。この瞬間、郁己の頭は由香会長の胸のあたりにあって、
(うひょー)
背負われた勇太が身を乗り出すと、彼女よりも高い位置にある。
「なんという奇手……!」
由香は目を見開いて、防衛のための貫手を打ち出す。
それを、勇太は両手でキャッチ。回転に乗りながら、由香の腕に絡みつくようにだきついて、引っ張った。
無論、由香は反発しようと体を引く。
その反射に乗じて勇太は跳んだ。
「なっ……!?」
空中で由香の鉢巻に勇太の指先がかかる。
そのまま、するりと鉢巻を抜き取ると、
「大将首うちとったー!!」
「そんな……馬鹿なあああああ!!」
飛び出した勇太は逆方向に来て合体していた、伊調・境山騎馬へとドッキング。
生徒会騎馬背後で郁己を吸収し、再び騎馬となって駆け抜けたのである。
「はい失格」
男性教諭が無情にジャッジした。
「騎馬が崩れたらだめでしょ」
「ちぇー」
亜香里野の勝利である。




