体育祭、キャンパス対抗リレー!
さて、体育祭のメインとも言えるリレーである。
正確にはこの後、最後の競技として騎馬戦があるのだが、あれもまたデモンストレーションのような競技だ。
何せ騎手が必ず女性でないといけない騎馬戦なのだ。
リレーは男子対抗リレーと、女子対抗リレーがある。
それぞれ、勝利した組には大きなポイントが入るのだ。
気合十分、男子チームの勝負が始まる。
男子のメンバーは、三年、二年、一年から選りすぐりのメンバーである。何故か、身体能力そこそこの和泉が堂々と参加している。圧倒的女子人気からの推薦枠らしい。
聞いた話では、和泉は生徒会に所属することになったということなのだが、次期生徒会主要メンバーとしてこのリレーで亜香里野にも顔を売っておこうということだろうか。
亜香里野側には、生徒会役員男子が二人共参加している。
太田数馬と、茶髪メガネは廣川彰である。
向かい合うチーム同士が火花を散らし合う。
「リレーって興奮するよねっ」
勇太は大玉に続いてリレーにも参加。
全校生徒数が少ない本校側は、希望すれば幾らでも重複して競技に参加できるのだ。
なお、全員が何らかの競技に強制参加である。
勇太がいるのは女子リレーの選手控え席。
隣り合うのは入学以来の相棒である夏芽だ。一年女子最強の身体能力を持つ二人である。
「そうねー。亜香里野もリレーにはかなり力を入れているって聞くわ。うちはそこまで体育祭に注力してなかったから、ちょっと心配かもしれないわね」
「うちは何かと女子が強いよねー」
「男子は能力的に尖った人が多いから、表に出せないのよ」
「確かに変わった人多いもんなあ」
あんたも変わってるよ! とは流石に友人に言い出せない夏芽である。
言葉を交しているうちに、男子リレーのスタートとなった。
リレーでは学園ごとに二つのチームを作り、合計四チームが一斉に走って順位を決める。
第一走者、第二走者と、学園で早いものを集めているだけあり、良い勝負をする。
だが、僅かながら亜香里野がリード。競技に合わせた練習量が多い分だけ、いざというときの粘りや地力が違うのだ。
本校側としては、一般的にバランスの良い生徒を集めただけあって、そつなく走るが爆発力が低い。
アンカー手前で和泉の出番である。
「あ、和泉くんだ! がんばれー!! 負けるなー!」
「和泉じゃ、ちょっときついかもしれないわね……」
夏芽の言葉通り、和泉に変わった途端、少しずつついていた差が大きく開く。
本校、亜香里野側から女子たちの黄色い声が響く。
「別の意味で注目を浴びてるわねー。遅れてるのに両方の控え席に手を振ってる……」
結局大きく差をつけられたものの、何故か亜香里野側の男子の顔に疲労感が濃い。
アンカーになってもこの差は覆せず、男子リレーは亜香里野の勝利となった。
亜香里野本命チームが一位を取り、本校本命チームは惜しくも二位となった形である。
女子リレーの番がやってくる。
「さて、行きますか」
「そうね、目にものを見せてあげましょう」
規格外の一年生女子二人が、不敵に笑いながらコースに登場する。
彼女たちが所属するのは、本命ではないチーム。
色々あって練習量が少ない本校側では、個々の選手の実力を正確には分かっていない。
セミアンカーが夏芽、アンカーが勇太である。他の女子は、人数合わせに集められた感じの子が二人。
三年のおっとりした先輩と、二年の卓球部の先輩である。
「二人共よろしくね。完走目指して走りましょう」
「無理しちゃダメだよ。本命チームが頑張ってくれるから」
二人の先輩が優しい声をかけてくれる。
だが、素直に「はい」なんて返事をしてる一年生女子二人は、負ける気なんてちっとも無いのだ。
スタートである。
まさに、本校側第二チームは初っ端から出遅れた。
第一走者であった三年の先輩は、クラス女子ではそれなりに速い方らしいが亜香里野のニチームにも、本校の本命チームにもあっさり抜かれていく。
それでも焦った様子もなく、自分のペースで走る。
バトンは卓球部の先輩だ。
彼女はそれなりに頑張り、あまり差をつけられないように走る。
だが、今年の亜香里野は速い。
本校側は本命チームすら抜かれて差が付き、亜香里野のワンツーフィニッシュ確実かというほどの力量差を露わにする。
本校側応援席からは「ああー」なんていう声が漏れ、一方で亜香里野側は大盛り上がり。
「圧倒的ですねー、我が校は」
宮沢花凛が由香会長の隣に腰掛け、にやけながらそう口にした。
由香会長眉をひそめる。
「それ、負けフラグよ」
図らずも、会長の言葉が的中する。
バトンを受けた夏芽。
走者の中でも一際背の高い少女だが、バレーの選手が俊足である、という例はそうあるわけではない。
身体能力こそ優れてはいるが、本来ならばコート上でフルスペックを発揮するように作られた体であり、単純に走る、という行為においては最適化されていない。
そのため、走ることを重視した肉体の選手には勝てないのだ。
ただし、何事にも例外はある。
岩田夏芽という娘は、有り余る己のスペックでバレーをしており、その肉体機能をバレーという枠になんとか押し込めて試合をしているのだ。
バレーでは使用されないスペックが、今解放される。
一歩、踏み出した。歩幅が広い。圧倒的に、広い。
そして、その上で足の回転が速い。
初速からトップスピードに近い。
一人だけ、女子という次元ではない世界で走っている。
絶望的と思われた差がついていた本校本命チームに、ぐんぐん追いつき、そして追い抜く。
亜香里野側は目を剥いた。
あれはチアで、相方の小さいのを空に放り投げた女だ。
あんな化物を本校は飼っていたのか!
だが、リレーで担当できる距離には限界がある。これが400m走であればごぼう抜きであっただろう。
夏芽はギリギリ二位と体一つの差まで追い上げ、バトンを渡した。
考えうる限りの最高の形、タイミングのバトンパス。タイムロスは限りなく無い。
「勇、リミッター外して行っちゃいな!」
「おっけ!」
勇太が走りだす。
一見して陸上向けの体型ではない。小さくて、手足もそこまで長くなくて、ふっくら必要なだけのお肉がついた女の子らしい体型の娘である。
だから、亜香里野もここで一息を入れた気分だった。
由香会長以外は。
「勇太ーっ!! いけええええええええっ!!」
「勇、ちゃん……!」
「金城さん、やっちゃいなさい!」
「勇ちゃぁん、ファイトぉー!」
「金城さん、玉転がしでみせたガッツをもう一度……!」
「金城さん、頼むぜ……! 水森さんの仇を討ってくれ!」
「金城さんがんばれー!! 着物でも陸上でも君がチャンピオンだー!!」
「…………がんばれっ」
「グフッ、金城さん、頼むよおっ!」
「はぁ、はぁ、男子の雪辱を、晴らしてくれ、金城さんっ……!」
「来るわね」
忌まわしげに由香会長が呟いた。
「は?」
花凛が首を傾げた瞬間だ。
一呼吸で、亜香里野の第二チームが抜き去られた。
第二チームアンカーは、目線の下をすさまじい速度で何かが通り過ぎていったようにしか感じなかったのである。
勇太は前傾姿勢気味に、まるで逃げる獲物を追う肉食獣のように走る。
一歩一歩、地を抉る踏み込みの速度が違う。
地を蹴りだす勢いが違う。
「ひっ」
亜香里野本命チームのアンカーは、背後から迫るプレッシャーに、一瞬だけ振り向いた。
すぐそこに、ついさっきまで存在しなかったはずの小柄な少女がいる。
今にも獲物を食い殺しそうな目をして、ひと呼吸ごとに距離を詰めてくる。
「私は、陸上部のエースよ……!? 何で追いつけるの……!?」
答えは簡単だ。
努力や練習で埋めようがない、圧倒的個人性能の差。
熟練した兵士の乗ったザ○は、アム○が乗ったガ○ダムには勝てないのだ。
超一流になる者は、努力は当然。
そこに絶対的な才能が必要とされる。
少なくとも、夏芽と勇太の二人には、その絶対的な才能がある。
だから、何事も無かったかのように、次の呼吸が終わった時には、
勇太が遥かな先にいた。
もう追いつけない。
これは絶望的な差だ。
小柄な少女が両手を突き上げてゴールを破る。
ウイニングランだ。
亜香里野のアンカーはなんとかゴールをくぐると膝をついた。
「化物……!」
かくして女子チームが雪辱を晴らす。
いよいよ最終競技、男女混合騎馬戦である。




