体育祭、玉入れから大玉転がし
昼食後は、緩めの競技が二つ続く。
玉入れと大玉転がしである。
特に、玉入れは運動が苦手な生徒であっても一定の活躍ができるから、こればかりはみんな楽しげに、頭上にある大きなカゴ目掛けてボールを投げ込んでいく。
「ふっ……! ……っ! ……っ!」
一発一発をまるでスナイパーのように放り込んでいくのは和田部晴乃だ。手を抜く、楽をするという発想は彼女の中には無い。
その逆に、やる気無さそうにへろへろとボールを投げている利理。
「竹松さん、これは真剣勝負なのよ。気合を入れてやる!」
「えぇー、お腹いっぱいでねむいぃ」
気が抜けた利理の返答に、晴乃はむきぃーと怒るのだ。
教室内でも繰り広げられるいつもの光景である。こんなんでも、この二人はとても仲がいい。
「それに晴乃ちん他人行儀ぃー。利理って呼んでよぅ」
「お尻ぶつけてこないっ! んもう、たけまっ……利理ったら……!」
「何をやってるのかしら」
すぐ横では、親の仇を討つような勢いで、英美里が狙いもろくにさだめずに、鬼気迫る表情で玉を投げ上げ続けている。
何かとストレスが溜まっているのだ。
ケーキもそうだったが、こういう時に発散せずしてどうする。
これが終わればまた塾通いに通信教育、勉強三昧の毎日が戻ってくる。
「このっ、このっ! 入れっ、入れぇーっ!!」
「ほーい。ほい」
必死な英美里を尻目に、舐めプになっているのは夏芽である。
彼女は持てるだけのボールを胸元に抱え、立ち上がって一球一球投げつけている。
身長の高さが高さである。
玉は恐るべき命中率でカゴに入っていく。
素晴らしい戦果を上げているが、本人とても眠そうな顔をしている。
彼女はこの競技の後、キャンパス対抗リレーまで出番が無いのだ。
体力が有り余る彼女なので、力を温存するなんて考えは毛頭ないが、この競技の省エネっぷりが逆に辛い。
そして競技にもろくに参加してない二人がここに。
「いって!? 勇太お前、俺に玉投げるなよ! これはお返しだよ!!」
「あいたっ!? 顔はいいけど胸狙うなよ! 郁己のエッチ! スケベ! へ・ん・た・いっ!」
「うぎゃあっ! 顔はいいけどって女の子のセリフじゃないだろ!? それに胸に当たると揺れてえろ……ぎゃあ」
「胸はまだちょっと痛いんだよ!」
「マジか! まだ成長してんのか! 揉ませてくれ!」
「坂下! 金城さん! 公衆の面前でいちゃつくな!」
そりゃ和泉も怒る。
結局玉入れは、僅差で白組の勝ち。
赤組は結構遊んでいた気がしたが、まあ玉入れというものはそんなものである。
次なる競技は大玉転がし。小学生の競技と侮ること無かれ。
亜香里野側の教頭が情熱を燃やす、超大玉転がしである。
このために学校の予算を使い、特注の大玉を作り上げたのだ。その直径、なんと180㎝。内部は中空だからそこまで重くは無いが、この大きさが凶器とも言える。
「ありえねえ……毎年でかくなってるって噂だぜ」
御堂がコースに鎮座する二つの大玉を見つめて呟く。
参加するのは、我らが金城勇太と、ストレスたまり気味の丸山英美里コンビ。
「よーし、頑張ろうね、英美里ちゃん!」
「もちろんよ! 金城さん、ガーンと飛ばしましょう!」
玉関連競技全てに参加している英美里である。
走るとかそういうことじゃなく、何かストレスをぶつける物がほしいのだろうか。
対するのは亜香里野の一年生女子チームで、お互いそんなに確執がないから、
「がんばろうね」
なんて楽しくエールを掛け合う。
いざスタートしてしまえば楽しいものだ。
大玉があまりにも大きいので、はっきりいって玉の向こうなど見えない。
この競技は応援者たちの声を聞き、
「そこ、曲がって、曲がって!」
「まっすぐまっすぐまっすぐ!」
スイカ割りのような誘導に従って走るのがセオリーである。
「こんのおおおおおお!!」
英美里が目を血走らせて大玉を押す。
一心不乱に物に当っている時が幸せなのだそうだ。勇太はこの競技が終わったら、英美里に性能のいいサンドバッグが売ってる店を紹介しようと決心した。
やる気充分、気迫十分な英美里のパワーで、大玉は本校側が二馬身くらいリード。
だが、過ぎたるはなお及ばざるが如しとはよく言ったもので、大玉に強すぎる情熱をぶつけていた英美里、加減を見失い、気が付くと大玉に巻き上げられて上に運ばれていく。
「あーれー」
めしゃっと向こう側に落ちた音がして、大玉が何かに乗り上げて、そのまま英美里が下からせり上がってきた。
「英美里ちゃん!?」
「げ、現状復帰よ……!」
ガクガクする足で再び走りだす英美里。
このハプニングで、亜香里野側が鼻の先リード。
レースは先の分からない展開に突入する。
最後に待つのは、ゴール直前のコーナーである。実に270°というカーブを要求するここが、大玉転がしにとっての最難関。
別にコースを外れてしまってもペナルティは無いが、この大きさの玉が勢いつけて飛び出していけば、そりゃとんでもないことになる。
「英美里ちゃん、ハートは熱く、だけど、頭脳はクールに、だよ!」
「分かってる、分かってるわ金城さん……!」
序盤でエネルギーを使いきったらしく、ぜいぜい言い出している英美里。
勇太は彼女をカバーしつつ、客席の声援に耳を傾ける。
「カーブ! カーブ! どんどん回して!」
勇太は大玉の外縁側に位置し、そちら側の回転をやや早める。
大玉は見事なカーブを描き、コースの内側ラインギリギリを攻める。
見事な職人芸である。亜香里野はそれほどの緻密な大玉コントロールができず、コースやや外側に逸れながらゆっくりと内側へ方向を戻しているところだ。
ここで、本校チームが亜香里野チームを追い越した。
「英美里ちゃん、ラストスパート!!」
「分かってる、ここで出し尽くすわよぉっ!!」
最後のストレートゾーンに突入した瞬間、勇太の掛け声に合わせて大玉が加速した。
元から体力が無い英美里としては、競技終了後にぶっ倒れるくらいの気持ちで大玉を押す。
勇太はひ弱な相棒をカバースべく、パワーとスピードを彼女に合わせて微調整。
そのため、ゴールで出迎えるために飛び出してきていたクラスメイトたちに気づかない。
コース復帰した亜香里野チームも迫ってきているのだ。
あちらは体育会系女子を二人配置したようで、スタミナの切れが伺えない。序盤と変わらぬ速度で間合いを詰めてくるではないか。
「よっし、押すからね!」
勇太は英美里の背中に手を当てて、玉ごと思い切り押しながら走る。
英美里の体力限界を超える速度である。
大玉は急に止まれない。
見事一位で紅組がゴール! クラスメイトの歓声が上がる中、大玉はその勢いを維持したまま、彼らに牙を剥いた。
歓声が悲鳴に変わる。
「英美里ちゃん! もういいよ! もう押さなくていいんだよ! 勝負はおわったんだよー!」
トランス状態で大玉を押し、次々クラスメイトを巻き込んでいく英美里を止めるのに、それからしばらくかかったという。
いよいよリレー、体育祭セミファイナルであります




