学園祭二日目、模擬店で昼食を
文芸部の展示の店番もしなくていいとなると、いよいよ二人はフリーである。
郁己と勇太は、校内の各模擬店を冷やかしながら、徐々に終わりの時間へと向かっていく学園祭を楽しんでいた。
三年生教室は、メイド喫茶に演劇、自主映画上映と、特進クラスはやる気が無くて展示。
二年生教室は、お化け屋敷に性転換喫茶、観客参加型ゲームに、特進クラスは簡単IQテスト。
一年教室は、着物喫茶にホットプレートのケーキ屋、お化け屋敷(二つめ)。
「性転換喫茶……!!」
「他人事じゃないよ、俺」
フクザツそうな面持ちの勇太。
「行ってみる?」
「……怖いもの見たさだけど、覗いてみよっか」
さて、二人が向かった先で出迎えたのは、2mはある巨体をむっちむちのボディコン衣装に包んだ等々力先輩であった。
「いらっしゃい~ん」
「ぎええ」
「うひゃあ」
むくつけき男たちが飲み屋のママの如き姿になり、女子たちが男装してボーイをしている。
指名をすれば、望みの女装男子を横に侍らせられるというわけだ。
勇太達はとりあえず等々力先輩を指名した。
「ご指名ありがとうございます♪ 亜門です♪」
「ひぃ」
凄い迫力である。
「似合うだろう?」
「ある意味似合ってますね……」
「私はこの店のママをやっている以上、身動きができなくてな……」
「ママー! ご指名でーす!」
「はぁい♪」
ステップ踏みながら行ってしまった。
「凄いもの見たねえ」
「恐ろしい物を見てしまった。絶対夢に見る」
烏龍茶とピーナッツを片付けた二人は、ふらふらしながら店を出た。
「性転換喫茶があれか……!!」
「分かってない、分かってないよあの人達……や、なんか変な方向で分かっちゃってる」
口々にそんなことを言いながら校舎を出る。
外に出店されているのは、運動部の出店が三つ。それなりの大きさの食事スペースもある。
サッカー部は諸々鉄板焼き屋。
焼きそばからBBQ、お好み焼きまで幅広く焼き上げる。
卓球部はたこ焼きとプチシューなど、卓球ボールサイズのスナックを販売する店。
女子バレー部はガッツリ、揚げ物専門店だ。
三店舗が覇を競い合っている。
「どうする? とりあえず、全部買っとく?」
「だね!」
そういうことになった。
そして、各模擬店を回るたびに勧誘される勇太であった。
「なんかさ、まだ諦めてないんだよねあの人達……」
唐揚げを口に放り込みながら勇太。
それぞれの模擬店から熱視線を感じる。
郁己と一緒にまったりしに来たというのに、ちっとも落ち着きやしない。
「だって、俺たちまだ一年じゃん? 二学期からだって色々できることはあるでしょう。勇太だってそう言うのは分かるだろ?」
「う、それは、まあ」
熱々の唐揚げにかぶりつきかけていた勇太が俯く。
文学系の道に進みだした彼女には心当たりがありすぎる。
そして、思い直したのかまだ湯気を立てる唐揚げを一口かじりとった。
ものを食べる彼女の唇っていうのは、なんでか艶めかしく見えるものだ。
仕事の時に使っていた紅の跡がまだ残っているから、余計にそう感じるのかもしれない。
焼きそばを口に運びながら、勇太の紅と油を受けてふっくら輝く唇を見ていると、どうにもロータリーからの登り口が騒がしい。
「まあ、ここがマモルさまが通っておられるという学び舎なのですね」
「ほう、若々しいエナジーで満ち満ちておるではないか。コレはご馳走よな」
「自重されるべきですな。我々はこちらでは客分に過ぎませぬ」
「グフフッ、終わりの時間は近いけど、まあ楽しんでいってよ」
異形の男が、人の目を惹きつけるとびきりというか、次元の違う美女を三人も引き連れて歩いている。
伊調守である。
アレは目立つよなーなんて思っていると、伊調は彼女たちを引き連れて校舎の中に消えていくところだった。
何なんだろう一体。
おかげで、勇太の姿が注目されなくなってちょっとスッキリ。
「どう? この後、遊歩道でも行かないか」
「いいね」
注目されなくなってしまえば、そういう選択だってあり。
外部の人達がたくさんやってきている今日は、遊歩道も観光用みたいに整備されて、立派なデートコースにだってなりうる。
女子バレー部でよく冷えたペットボトルのジュースを購入した二人は、卓球部のたこ焼き片手にそちらへ繰り出した。
学祭終わりの時間が近づいているせいか、遊歩道を歩く人影もまばらで、秋に向かう山間の景色を二人きりのものにすることが出来た。
ジュースの蓋を開けて、二人でこっそり乾杯する。
ベンチに腰掛けて膝上にたこ焼き。
「それじゃ、学祭お疲れ様でした」
「お疲れ! なんだか準備から、あっという間だったねえ」
「二日目は初日ほど疲れなかったもんな」
「うん、個人的には着物が楽しかったな。みんなも喜んでくれたし、俺、結構ああいう服好きなんだと思う」
それはいいことだ。勇太は和服似合うしな、と郁己は思う。
今でも夏休み中に見た、彼女の巫女姿は脳裏に鮮烈に焼き付いている。
「この後、打ち上げとかやるのかな?」
「まずは明日の予備日で片付けだろうなあ。その後の事だろうけど……ま、誰かが企画をぶち上げればやるんじゃないか?」
「そっかあ」
明日は学園祭の予備日。
装飾や模擬店などの撤収作業が行われる日なのだ。
半日程度で終わらせるから、実質半休。
もう少し、学祭の余韻は続くことになる。
「これが終わって、少しすると今度は10月かあ……なんだかあっという間に毎日が過ぎていく気がするよね……」
「それだけ俺たち、楽しんでるっていうこともかもな。ま、楽しいばっかじゃなかったけど……」
「ん? 郁己、何か悩みとかあったわけ? 俺全然気づかなかったけど」
「……お前、あれナチュラルかよ……。俺は勇太が気を利かせてくれたんだと思ってたのに……」
現に文芸部にいるのは、勇太の誘いがあったからだ。
まあ、勇太が自分のことでいっぱいいっぱいなのは今に始まったことじゃない。
少しでも相手のことが見えるようになってきている分、入学したてのころよりも良くなってはいるのだ。
「あはははは、俺、鈍いからねえ。今も、学園祭終わった後のことばっかり考えてる。なんか、一度に一つのことしか考えられないのかも?」
「だなあ。で、終わった後っていうと」
「体育祭」
10月度最大のイベントのことを勇太は告げた。
他校の体育祭と違い、城聖学園の体育祭はキャンパス間の対抗戦である。
城聖学園の赤組と、亜香里野キャンパスの白組が競い合う。
亜香里野から城聖への転向組もいるから、あちら側の対抗意識は並々ならぬものがあるのだという。
昨日の亜香里野生徒会の面々……特に、生徒会長を思い出す。
あれとはやりあいたくないなあ。
「あっ、郁己、あっちの生徒会長のこと考えてるだろ。確かにすごい美人だもんねえ」
「なんで俺の思考が分かるんだよ!? っていうかそっち方面に考えてないぞ!?」
「いいっていいって。男の子だもんなー」
けたけた笑って、勇太が郁己の肩をぺちぺち叩いた。
こっちも反撃とばかりに、彼女の肩をぺちぺちやる。
するとぺちぺちが返って来て、しばらく二人で食事そっちのけでぺちぺちやりあった。
なんとなく、日が陰ってきた気がする。
遠くで、チャイムが鳴り響き、放送が聞こえてきた。
学園祭の終わりだ。
「さて、そんじゃあ行きますか」
「ですな」
二人は荷物をまとめると、教室に向かって戻って行った。




