学園祭初日、着物喫茶の決闘
ざわめきが広がった。
それだけ、闖入者達が持つ雰囲気は、この学園においては異質だったのだ。
亜香里野キャンパスからの生徒会一行は室内を一瞥すると、食事が終わっていた人々を追い払うように、客席の一角を占拠した。
「あのぉ、順番がぁ」
「視察のため、優先していただくよう、先生方には話を通してあります」
由香会長の眼光で、利理が「うっ」と言葉に詰まって引き下がる。
彼女を囲むように、大柄な男、茶髪のメガネ、アクセをつけた女子が座り、周囲の空気を一変させる。
「ちょっと、あそこ注文取りに行きづらいんだけど」
「板澤さん行くといいよ! お年寄りに好かれてたじゃない」
「なんであたしなのよ!?」
「和泉くんは……」
「あんな年増の所に行かせて、和泉くんに何かあったらいやでしょ! 男子いきなさいよ!」
「無理っす、怖いっす」
メイド長の晴乃は決断した。
「金城さん、お願いできる?」
「はーい」
物怖じする様子もなく、勇太は晴乃の命を受けて注文取りに向かう。
彼女の足取りを見て、大柄な男が目を細めた。
「その足運び……玄帝流か」
「いらっしゃいませー。あれ、お客さん青帝流かじってるね。はいメニューです」
「うひょー、やっぱ可愛いー! ね、ね、トークアプリのアドレス教えてっ」
「仕事中なんでー」
「その着物ちょっといいよね……」
勇太はニコニコ営業スマイルで、サクサク注文を取る。
「あなたがここの看板娘というわけね。いいじゃない、愛らしいわ」
由香会長は目を細め、勇太に手を伸ばす。
一瞬、何かぎゅるるるるっという擬音が起きそうな感じの目に見えない攻防があったが、誰も反応できない。
「初めまして、ウエイトレスの金城勇です。青帝流は次代の方を作らないと聞いてましたけど」
「目の前にいるのだから、現実を認めなさいな、玄帝流の次代の方。金城は炎帝流の名だったと思ったのだけれど……まあいいわ。今日は生徒会の用事でやって来ているの。美味しいお茶を期待しているわ」
「はい、喜んで」
勇太が注文をとって戻ってきた。
「コーヒーふたつと、緑茶ふたつ、抹茶ケーキひとつにあんみつひとつ、みつ豆二つでーす」
「はいよろこんでー!」
郁己が殺気立った声で答えた。
「ね、郁己、あの生徒会長青帝流の人だよ」
「なんですとお」
「今は別に何もする気はないみたい。おどろいたねー」
周囲は彼ら、亜香里野生徒会を遠巻きにするばかりである。
一般のお客はその空気にあまり気づいていないようだが、学園に通う人間なら分かる。
大柄な男は、じろじろと勇太に向けて無遠慮な視線を、茶髪メガネはじっと勇太に向けて熱視線を、アクセの女子は勇太の着物姿をパシャパシャ撮影している。
「店内での撮影はご遠慮くださーい」
「ちぇっ」
晴乃に言われて、アクセの彼女は渋々撮影を止めた。
「では、正式な撮影をさせてもらうわね」
由香会長の言葉と同時に、茶髪メガネがデジカメで店内の様子などを撮影する。
こちらは学園側の許可を得た撮影なので止めることは出来ない。
パシャパシャやられているところに、お茶とコーヒーを持った勇太が悠然とやってきた。
「はい、お待たせしました! まずはお飲み物でーす」
茶髪メガネが勇太ばかり撮影しているが気にしない。
由香会長、緑茶を一口すすり、
「まあ、値段なりね」
との感想。
特に嫌味をいうでもなく、巨漢に命じて今後の予定などをチェックさせている。
「別に意味があってここに来たわけじゃないのよ。職員室から一番近い、腰掛けられる場所でもあったからここにいるの」
だそうだ。
つまり、嫌がらせとか威圧とか、そういう意図は全く無いのだそうだ。
ということは、この女性は単純に、他者を威圧し、萎縮させるオーラをナチュラルに纏っているだけの人ということになる。
それはそれで生徒会長らしい器なのかもしれないが、迷惑な御仁である。
郁己渾身の甘味も完成し、彼らはそれを何やらぺちゃくちゃ感想を言いながら食べて、割りとあっさり出て行った。
何度か、甘味を出す時、お皿を下げる時、お会計をするときに、勇太と由香会長の間に目に見えない激闘があったようだが、誰にもそれははっきりと分からなかったようだ。
彼らが去った後、教室内はホッとしたような空気に包まれた。
あの、いるだけで周囲を重圧感溢れる空気に包む御仁はなんなのだろう。
「ふいー。強いねーあの人。俺より強いかもしれないよ、もしかすると」
バックヤードまでやって来た勇太が郁己に寄りかかって一息。
「そんなにホイホイ四聖の使い手がいるもんなのかね?」
「そういう時期なのかもね? でも青帝流だけは未だに初代の人だって噂なんだけどなあ」
「なんだそれ、何百年生きてるんだ」
そんな無駄話をしながら、本日、一年一組の着物喫茶は大盛況。
英美里が目を血走らせて、
「凄い売上よ……! 初日だけで二日ぶんの期待値を超えたわ……!! 御堂くんは天才かもしれない……!!」
とか言っている。
最後の方は、控えメンバーも全員集まって、てんやわんやである。
六人ほどが外で呼びこみをして、四人が営業チームと校舎外で宣伝。
途中、上田が楓と話し込んでいるところが発見されたがそれ以外は順調。
次々入ってくるお客を十人で接客。
フル回転が終わった頃、本日の学園祭の終了が告げられた。
戦い終わったクラスメイトたちが、がっくりと椅子に座り込み、肩で息をする。
「なによ、これ……。死ぬかと思った……」
小鞠が口にした感想は、クラスの仲間全員の感想であっただろう。
利理が大きく胸元を開いて、ぱたぱた扇いでいる。
「もぉ、マヂむり……。利理死んじゃぅ」
「竹松、さん……はしたな、いわよ……」
晴乃も息絶え絶え。
「いやあ、驚きだったわね。私がバレー部のとこから戻ってきても、まだ混んでるんだもん」
「だよね。私、文芸部の方行く暇が無かったよー」
「この調子なら、金城さん明日は半分文芸部でも大丈夫かもよ?」
「ほんと?」
夏芽、英美里、勇太といった、未だに元気そうな三人娘をクラスの仲間達が化物でも見るような目で見る。
そして、御堂は幸福そうな表情をして、窓際一番隅の席で真っ白に燃え尽きている。
彼の望みは叶ったのだ。
まだ一日残っているが。
調理器具一式を片付け、材料を調理実習室冷蔵庫へ収納し終えた郁己が、坂下軍団と戻ってくる。
そして物も言わずに、勇太に向かって走ってきてハグした。
「うきゃああああ」
「おおお、これだよこれ……一日我慢し続けてたんだよ……!! 亜香里野の野郎ども、勇太を舐め回すように見やがってよう! 俺だって、俺だってよう!」
「郁己ぃ!」
「おぎゃあ!」
勇太に技をかけられて、天地逆さにひっくり返る郁己。
「もう、汗臭くなってるんだからそういうのは困る!」
「おたくらバカップルは元気ねー」
そんなことを言う英美里も、今日の稼ぎの額に満足しているのか、ほくほく顔。
夏芽は二人のやり取りを、見知った故郷に帰って来たような顔をして見つめている。
境山、伊調はカメラを持って店内に飛び込み、女子たちが抵抗できない内に、その艶姿をファインダーに収めている。営業組に許された役得というやつである。彼らは今日一日、外で戦い抜いたのだ。
ちなみに亜香里野生徒会の面々は、格模擬店であの独特の空気を振りまき、学内中を練り歩いて無駄に反発心を植え付けていたようだ。
「キャンパス対抗体育祭が楽しみね」
それが彼女の残した言葉。
さて、二日目だ。




