学園祭初日、営業チームとライバルキャンパス
城聖学園の学園祭は二日間に渡って行われる。
両日とも、外部者の参加は自由なのだが、初日には城聖学園の別キャンパスから視察がやってくるのである。
二年、三年生には緊張が走っている。
一年生たちにとっては何故それほどまでに意識するのかが疑問だが、10月にやってくる体育祭が、彼らとの対抗戦であることを考えれば理解もできよう。
午前中、郁己は御堂、境山、上田、伊調を率いて外で宣伝活動である。
ちんどんちんどん音を鳴らして、着物喫茶のアピールを行う。
みんなそれぞれ、レンタル店で特徴的な着物を借りてきているのだから、実はかかっている一人あたりの予算はウエイター、ウエイトレス諸氏よりも高いのだ。
「一年一組、着物喫茶やってまーす」
「よろしくお願いしまーす」
境山が狂ったようにラッパを吹く。
上田が激しく太鼓を鳴らす。
伊調が覆面をしたまま、広告にサンドイッチされた姿で闊歩する。
実に目立つ。
校舎入り口からスタートし、バスのロータリーまで行き、そして戻ってくる。
ぐるぐると何度か回ると、昼ごろになった。
バスや車がちょこちょことやってきて、現地の人たちや招待された学生の家族を運んでくる。
今度もバスが到着し、搭載した人々を吐き出した。
ちょっと毛色の違う一団が降りてくる。
「亜香里野キャンパスの連中だぜ」
御堂が囁いた。
背の高い、長髪の女を先頭に、体が大きく、髪を逆立てた男、茶髪の軽い印象のメガネ、むき出しの手腕にアクセをつけたウェーブヘアの女が続く。
亜香里野キャンパスは、夏服こそ同じだが冬服のデザインがブレザータイプなのだという。
ちなみに、亜香里野から編入される女子生徒はボレロタイプ制服が無償で支給される。成績優秀者だからである。
男子は制服が同じだから別にそういうことはない。
亜香里野にとって、本校は成績優秀者が目指す場所であり、同時に宿敵でもあった。
コンプレックスのようなものがあるのかもしれない。
先頭の女が郁己たちを一瞥し、フン、と鼻を鳴らして通り過ぎた。
茶髪メガネが、
「着物!? それってもちろん女子だよね? マジで着物なの? うっわ、俺行きてえ。本校の子ってレベル高いんだよねえ」
とか言ってて、アクセ女に睨まれている。
「それじゃあ、あなた、案内してくれない?」
先頭の女子が郁己に声をかけた。
「亜香里野キャンパス生徒会長の村越由香です。後で学園に取り次ぐけれど、まずは校内を視察したいの」
「はあ、正式な要請なら」
仲間たちに見送られ、郁己は一人、この四人を連れて行く事になった。
校舎に向かう途中も、後続の彼らはキョロキョロと、学園内を見回している。
居心地の悪い気分で、郁己は校舎に到着した。
「職員室はそこです」
「そう、ありがとう」
そっけなく挨拶され、うーむ、と首を傾げながら戻る。
一般生徒には優しいのかもしれない。
生徒会同士が反目しあっているということだろうか。
せっかく校内まで来たので、郁己は自クラスの出し物を手伝いに向かった。
途中、文芸部の店番から戻ってきた勇太と合流する。
「勇太、亜香里野キャンパスの人がいたぞ!」
「へえ、見に来てるんだ。初日は視察に来るって言ってたもんねえ」
「なんか生徒会のメンバーみたいだな。生徒会長は美人だったぞ。背が高くて髪が長かった」
「ふーん、うちも見に来るのかな」
「多分?」
教室に到着である。
「金城さん、衣装はこれ。更衣室で着替えてきて! 坂下くんも!」
「はーい」
「へーい」
男女十人ずつ、合計に十人で店を回すシフトである。
他のメンバーは部活の模擬店を担当している。
郁己が更衣室に向かおうとする所で御堂もやってきた。
「よっしゃ、やりますか!」
彼はこの派手なちんどん屋衣装で参加である。
支配人なので。
イベント開催中の体育館をこっそり通り、更衣室へ。
それなりにイベントは盛り上がっている様子。学内のバンドとか、プロのエンターティナーみたいなのを呼んで、少し緩めに組まれたプログラムで進行されていく。
賑やかな声を聞きながら着替えて外に出て、勇太を待つ。
やや遅れて勇太も出てきた。
髪の毛がきゅっと後ろで縛られて、飴色の櫛が差されている。
唇にほんのり紅を入れたらしくて、非常に艶めかしい。
剥き出しの首筋とか完全に反則である。
「お待たせ」
「お、おう」
「どうしたの?」
「なんか……凄く綺麗になったなと思って……」
「ふふふ、母さんに教わったんだよね。猛練習したよ!」
案の定、体育館を通り抜ける時も注目を浴びてしまう。
明度が抑えられていたのだが、勇太の格好とばっちり決まった薄化粧は目立つようだ。
何度か声をかけられて、笑顔でそれをいなして、勇太は人混みを抜けていった。後には視線を遮るように郁己。
「おお、すごい反応だな」
「ちょっとびっくりしたよー……! ナンパされかけちゃった。あれってちょっと怖いねえ」
「ナンパ……だと……!?」
怒りに郁己の拳がわなわなと震えた。
「今度ナンパしようとする奴がいたら俺が殴るよ!」
「うおおお本当に着物じゃん! しかも超可愛いー!! ねえねえ君、一年一組の子? トークアプリで友達登録しようよ」
「死ねえ!!」
「ほぎゃああ」
郁己は勇太を守るように歩く。
「ねえ、今の茶髪でメガネの、郁己に天地返し喰らった人、話に聞いてた亜香里野の生徒会の人だよね?」
「そんな奴はいなかったよ!」
二人でクラス入り。
フロアに現れた勇太に、クラスの女子たちが歓声を上げる。
「きゃあ、金城さん可愛い!」
「すごい、超似合ってる!」
「お化粧合わせてきたの!? 後で教えて!」
男性たちにも好評の様子で、皆一様に手を上げて和装ウエイトレスを呼ぶ。
「新しく来た子! 俺コーヒー!」
「そこの可愛い子! 俺みつ豆!」
「金城さん! ここ終わったら一緒に回ろう!」
最後のやつは女子たちにボコられて追い出された。
御堂が満足気に頷く。
「和泉による女子人気、そして金城さんによる男子人気が揃ったな。これはもう完璧かも分からんね」
確かに人の入りが凄い。
人員の関係上、席数をさほど多く作っていないのもあるが、常に満席状態だ。
外には入店待ちの列が出来ている。
勇太ばかりでなく、他の女子たちも着物を着たら三割増しで可愛く見えるとは御堂の意見だ。
小鞠はおじいちゃんおばあちゃんに評判が良く、利理は大学部から来たお兄さん達や、一般の男性たちに受けが良い。
晴乃はメイド長なので、接客しながらフロアを取り仕切っている。
何故か夏芽が女子の指名ばかりを受け続けているのはそういう事なんだろう。
あれはバレンタインにチョコを貰う系女子だ。
勇太が名指しで指名をもらうたびに、裏方でこつこつとコーヒーを淹れたりお茶を淹れたりしている郁己がビクッとなる。
世界を殺しそうな敵意のオーラが見えるようだ。
さて、昼どきを過ぎて、模擬店での食料調達を終えた人たちも校内にちらほらと入ってくる。
常にざわざわと心地良い喧騒が学園を包んでいた。
それが、一瞬だけ止まる。
足音が聞こえる。
「村越会長、表で宣伝していたのはここですね」
「ふぅん……」
扉が開く音がする。
亜香里野キャンパス生徒会の面々が入店してきたのだ。




