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内気女子、小さい友達と学園祭の打ち合わせ→閑話休題

 水森楓は文芸部である。

 図書委員でもあり、お昼休みの度に読書に通っていた。

 最近、お付き合いする男子が出来て、その頻度は落ちたものの、休日には図書館に行くし、彼女の本好きは衰えることを知らなかった。

 そんな彼女の親友とも言える、小柄な女の子。

 金城勇が最近読書に目覚めたらしい。


「楓ちゃん! おれ、じゃなくて私、最近、本読んでるんだ!」


 この子は多分、うちだと一人称が俺なんだろうなーと思いながらも、楓は勇の言葉の内容に驚いた。


「ほんとう!? 読書感想文、憂鬱だーって、言ってたのに」

「うん、実はね、心葉から本を借りたらね」


 勇相手になら、あんまりどもらずに喋ることができる。

 彼女は裏表が無い人だし、上田くんと同じく、きちんと自分がしゃべり終わるまで待ってくれるのだ。その安心感が、楓に焦る気持ちを与えない。

 この愛すべき親友は、本当に面白い本と出会えたのだろう。その感激を聞きたい。共有したい。

 彼女の妹の心葉もまた、楓にとっては大切な友達となっている。

 彼女に出会ってから、楓の世界はどんどん広がっていっているのだ。


「聞いてよ楓ちゃん。私、すっごく腹が立ったの」

「えっ!」


 どういうことだろう。

 彼女の口から出てきたのはネガティブな言葉だった。

 物語に対して怒りを覚えているんだろうか。

 だとしたらどうして、本を読むなんて?


「だって、ごんは兵十に謝りたいって言う気持ちがあって色々な物を送ったでしょ? でも、気持ちがすれ違ってしまって悲劇になったんだよ! 確かに動物と人間じゃ言葉も通じないし分かり合えないよ。兵十だってお母さんがあんなことになったんだから、気持ちはわかるよ。でも、そういうのが全部悪い方向で噛み合ってああいうことになってしまうのは、俺は何者かの作為を感じたんだ! 最後に兵十が気づかなかったら、よかったのに、最後に察してしまうところとか、もう、もう!!」


 うっすら目に涙すら浮かべて熱弁する。

 間違いなくこの子は本にハマっている。

 そう楓は確信した。


「なので、この怒りを込めて読書感想文を1800文字書いたんだ!」

「そん、なに……!」


 そういえば、文芸部顧問の教師が一組の生徒の読書感想文を絶賛してたっけ。

 もしかして勇のものだったのかも、と今になって気付く。


「だから今、そういう気持ちを込めて書くのが楽しいの」

「なるほどー」


 先日楓が紹介した本を、勇は既に読破していて、今は気に入ったところを読み返しているという。

 ちょっと難解だったらしいが、分からない表現は辞書を引きながら調べているらしい。

 体育会系一色だった彼女が、一夏で大きな変わりようである。


「郁己も褒めてくれたからさ。お世辞だと思うけど、お前は文才があるー! って。大げさだよね」


 彼女の変化の影には、必ず坂下くんの存在がある。

 自分にとっての上田くんのように、勇にとって掛け替えのない存在が彼なんだろう。

 今の彼女は成長途上。

 物語に触れて、それの本質に初めて深く触れ合って、心のなかに強いエネルギーを生み出し始めてる。

 今はまだ心の動きに戸惑っていて、攻撃的な形でそれを原稿用紙に吐き出しているけれど、心の整理がついた後の彼女がまたごんぎつねを読んだら、また別の解釈が生まれてくるんだろうな、なんて思う。

 本読みの先輩として、この新しくもパワフルな後輩の誕生を祝福したい。


「なんか、喋ったら喉乾いちゃった。ジュース取ってくるね! あと、何か注文する?」


 二人は今、駅近くのイタリアンファミレスにいる。

 一品一品の商品が安いし、ドリンクバーもあるしで、割りと重宝している。

 友達は喫茶店チェーンを使っているようだけど、勉強禁止の張り紙が出るようになって、ちょっと使いづらくなった気がする。


「私、烏龍茶……。追加、アイスで、いい? 注文、しとく、よ」

「お願い!」


 ぱたぱたとドリンクバーコーナーへ走っていく勇。

 楓はコールボタンを押してウエイトレスさんを呼びながら、注文。

 思えば、自分も少しだけど物怖じをしなくなってきている。変わったな、と思う。

 ほんの三ヶ月前までの自分がウソのようだ。


 ドリンクを持ってきた勇と向い合って、お互いに本を紐解く。

 一緒に過ごす時間なのに、無言の時間。

 ファミレスの中はざわめきに満ちているけれども、何故かこの時は静謐な空間のように思えて不思議だ。

 まだ上田くんとは、こんな時間を過ごすことはできない。

 楓も、彼も、静寂が怖い。

 だけど、静寂が心地よい勇との新しい関係は、不思議と心が落ち着く。

 上田くんは大事だが、勇も大事。


 カリカリと物を書きつける音がするので目を上げると、勇が用意したノートに、読みながらなにか書いている。

 読み返している所だと言っていたから、初読みと違った印象を受けた部分をメモしているのかもしれない。


「勇ちゃん、は」


 楓が発した声に、勇が顔を上げた。


「発表、どういう、風にする、の?」


 思わず声を出してしまっていて、その先を考えていなかった。少し言葉がつっかえる。

 考えずに喋るなんて、珍しい。


「んー、なんかね、書きたいことは湧いてくるんだけど、うまく書けない感じ」

「言葉が出てこない?」

「そんなふう」

「見せてみて。言葉、はね、本を読むと、増えていくの。語彙っていうん、だけど、増えるほど、考えるのも、話す言葉、も、広がるよ」


 喋るのが苦手な私が言えたことじゃないかも、と心のなかで付け加える。


「そっかあ……それじゃ、私の中に、まだ言葉がないのかなあ」

「どんどん増えていくよ。だから、今、は、持ってる限りの言葉で、書けばいい、よ。伝わるから」

「ありがとう」


 勇太の笑顔が嬉しい。

 少しだけ、彼女からもらったものをお返しできたかな、と思う。


 楓が寄稿したのは一篇のエッセイだ。

 書いてあるのは他愛もないこと。変化する前と変化した後の世界の見え方の話。

 文章は自分でもまだ稚拙だと思うけれど、今のありったけを詰めて、自分が思うありったけの感謝を詰めて。

 目の前の勇を見つめて、この先も一緒に歩いていけたらな、なんて思うのだ。

 もっともっと、たくさんもらったものをどんどん、お返ししていきたい。

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