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回想・荒事・猛勉強

過去の記憶の中。

郁巳が勇太と過ごした、過去のこと。じょじょに親友が変わっていく。

 共に高校入学は決まっていた。

 親友は家の事情から、離れた高校に通うことになっていて、郁己は滑り止めで受けた受験に受かっていた。

 本命校はもっと偏差値が高かったけれど、親の反対を押し切り、あえて郁己は勇太と同じ高校を選択した。


「なあ、信じてもらえないかもしれないけど」


 保育園から一緒だった無二の親友は、こう切り出したのだ。

 今も郁己はその時の衝撃を覚えている。


「俺、女になっちまうらしい」


 不安げに言ったそいつは、まるでいつもの勇太じゃないようだった。



 金城勇太。

 東中の不良の中でも、それなりに名前の通っていた悪ガキである。

 徒党を組まず、敵対する城東中学の不良グループ相手にたったひとりで立ち回る。

 人一倍小柄な体ながら、喧嘩とあれば負け知らず。

 郁己は、勇太が幼い頃から合気道らしきものを学んでいたことを知っていたから、別段その事に驚きはしなかった。


「クソチビがっ」


 掴みかかってくる、頭一つ分も大きな男子生徒。

 勇太は男子生徒の駆け寄りに合わせて大きく踏み込む。二人の間合いが一瞬で近くなった。

 面食らったのか男子生徒は掴もうとした腕をつきだしたまま。

 その腕を、勇太が内側から外へ向けて軽く押した、ように見えた。


「あだっ、だだだだだっ!?」


 叫びながら、大柄な男子生徒が自分から跳ね跳んだ。

 空中にいる彼を、勇太が軽く蹴る。それだけで、男子生徒は着地のリズムを失い、肩口から地べたに落ちる。

 それで終わりだ。おかしな方向に腕が曲がって、もう立ち上がれない。

 ひいひい言いながら転げまわる、そんな姿が既に幾つもある。



「おお、さすが……」


 いつもながら、郁己は感嘆する。

 この男は無敵なのではないか。本当に自分と同じ中学3年生なのか。

 そうも思う。

 いや、思っていた。

 どこか、勇太が自分とは違う、何か凄いものなのではないかと思っていたのだ。

 だから、こうして不安げな表情とともに打ち明けられると面食らうのだ。



「信じてもらえないかもしれないけど」


 見上げる瞳が潤んでいる。

 そう言えば、こいつは男だとは思えないくらい線が細くて、顔の造形だってまるで女子みたいで。

 郁己は生唾を飲み込んだ。


「信じる」


 それはもう、思考とか打算とかを超えた深い根っこの部分から溢れてきた言葉だった。


「信じるよ。なにせ付き合いが長い。かれこれ12年の付き合いだぜ。僕が信じなくて誰が信じるんだよ」


 こうやって、郁己は優等生として世の中を渡っていく、そんな階段を自ら踏み外した。



 勇太の成績は惨憺たるものである。

 出席日数はギリギリ。

 テストはいつも辛うじて二桁。

 高校受験なんてとんでもない。

 そこを、一夏かけてまともな学力まで押し上げる。

 幸い、郁己は勉強だけは得意だった。変わった教材を用いる学習塾に通っていて、特定科目の学力ならば、大学生クラスの教材で勉強していた。

 だから、郁己は決心する。

 こいつを守れるのは俺しかいないと。

 肉体的に郁己を守ってくれるのは勇太だ。ならば、勇太を社会的に守っていくの誰だ。俺だ。


「ビシバシ行くぞ!遊ぶ暇なんて無いと思え!泣いたり笑ったりできなくしてやる!」


 鬼コーチ郁己の誕生である。


「ひい」


 悲鳴をあげ、勉強を拒絶する脳と戦い、英単語と数式の雨に打たれてのた打ち回りながらも、勇太は必死に食らいついた。

 夏休みが終わる頃には、付け焼き刃ではあるがそれなりの学力を身につけている。

 同時に、親友に肉体には大きな変化が訪れていた。

 細く、だが筋肉質だった二の腕に、柔らかさが宿り、体つきもどこかふんわりと丸みを帯びていっていた。

 夏休み明けの体育の授業で、勇太を見るクラスメイトの男ども。その視線がいつもの恐れをはらんだものから、別の何かに変わっている。

 勇太もどこか恥ずかしげに、短パンの裾を直しつつ、郁己の影に隠れるように授業を受けていた。

 


 秋口。

 鬼コーチ郁己のスパルタ教育は成果をあげていた。

 勇太の成績がみるみる上がっていく。

 同時に、他人に勉強を教えるという行為を続けていた郁己も、勇太にわかりやすく授業を伝えることで、より勉学内容への理解を深め、成績をあげていた。

 共に切磋琢磨……というには語弊があるか。だが、二人三脚にて確かに結果を出して行っていたのである。

 制服も冬服になり、ちょうどそのころ膨らみだした親友の胸元をうまく隠すことができるようになっていた。

 授業態度が真面目になり、きちんと出席するようになった勇太は、教師たちからも疎んじられないようになっていった。

 やがて勇太は、市外のそれなりの高校……市立城聖学園高校への模試でB判定を勝ち取るようになっていた。


 冬。

 月に何日か、勇太が体調不良を訴えるようになっていた。

 つまり、あれか。

 月のものか。

 郁己は思いながらモヤモヤ。

 男同士ではないか。12年来の親友ではないか。

 いやいや、それは関係がない。親しき仲にも礼儀ありだ。

 親友の体調に気を配りながらも、郁己の鬼コーチは続く。


 そして、受験。

 本来であれば推薦で通るような学校だったが、郁己はあえて学校からの推薦を蹴り、幾つかの高校を受験していた。

 都下でも名だたる私立高校に合格してはいたが、この日、郁己は勇太とともに城聖学園の門をくぐった。

 親友は借りてきた猫のようで、マフラーに顔を半ばほどまでうずめて黙っていた。

 女子の制服がよく似合う。

 そう、勇太は女子になっていた。


「お、おう」


 郁己は言葉が出ない。

 だが、反応から何かと察したようで、勇太は真っ赤になった。


「ほんとに、女になってしまったんだなあ」

「まだ付いてるって」


 言い合いながらの受験会場。

 これが緊張をほぐすことになったのか、受験の結果もそれなりだったらしい。

 勇太はギリギリ引っかかり、見事合格を果たすことができた。

 その報を聞いた時、郁己は己の試験結果を放り出して金城家に突撃したものである。


「よくやった勇太!」


 叫びながら親友をハグしたら、全くもって完全無欠に女の体であった。

 郁己は思わず男性的生理反応を引き起こしてしまい、


「お、お、お前な、郁己いいいいい!!」


 たちまちの内に勇太に体を崩され、放り投げられてしまった。


 ……というわけで、今も、あの時の感触を覚えているのである。

 二人が降り立つ駅に到着して、親友を揺り起こしながら思い出にひたる郁己であった。

 また触りたいなあ。

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