夏休みの宿題……?さあ、知りませんなあ?
「時に勇太よ」
「なんだい」
「しゅくだ」
ばたっと勇太が座布団を被って転がった。
「聞こえない! 俺は何も聞こえないよ!」
ゴロゴロ転がりながら部屋から逃げていこうとする。
入り口から心葉ちゃんが麦茶とお茶請けを持って登場して、転がっていく勇太へ見事なキックを決める。
「麦茶です。郁己さん、スパルタでお願いします。この人、甘やかすとつけ上がりますから」
「うぐう……心葉、今のキック炎帝流でガチのやつだろぉ……うぎぎ」
色々な意味で勇太に蹴りを入れられるのなんて、心葉くらいのものである。
彼女はポンポンとキックで勇太を移動させて、こちらまで麦茶ごと運んできた。
「うぎゅう」
「勇太ー、やってないでしょー宿題」
「……ふぁい」
カレンダーを見る。8月18日。まだいける。
「よし、今日から集中してやって終わらせるぞ」
「や、やらなきゃ駄目? 俺、中学から宿題は手を付けない主義なんだけど……」
「駄目だろう……」
「駄目に決まってるじゃないですか」
郁己と妹から集中攻撃を喰らって、渋い顔をして勇太が起き上がる。
「どうしても、やらなきゃ駄目?」
「勇太、お前さ、もう学校の勉強忘れてきてるだろ?」
「もうあんま覚えてないね!」
「だろうなあ……。そうさせないために宿題があるんだ。毎日やってれば、人間の脳ってのは忘れないからね」
「そ、それが宿題がある理由だったのか!? 先生たちが俺たちを苦しめるために出してるんだとばっかり思ってた……!」
心葉がそんな兄を何か下らないものでも見るような目で見つめたあと、郁己に頭を下げた。
「このばかものをどうかよろしくお願いします」
「はい、任されました」
既に宿題は心葉の手によって集められている。
郁己と勇太が家を空けている間に、彼女は勇太が宿題に対し、何の対策も打っていないことに感づいており、対抗策として今日もまた郁己を召喚したのであった。
「郁己はただ、うちでごろごろするために来たのだと思ってたのに……」
「ハハハー、俺は7月中に宿題を終わらせたからな! ゴロゴロしててもいいのだよ」
「ちくしょー!」
さあ開始しよう、と、テスト勉強の乗りで宿題の処理を行っていく。
問題集を解く形式の宿題は実に簡単なのだ。
ただひたすら、解き進めていけばいい。
厳しいのは別の部分だ。
まず読書感想文。高校生になって書くのか、という話もあるが、ある程度論文形式にするという課題が課されている。
何よりも、活字で埋められた本を一冊読む必要がある。
本なんて漫画くらいしか読まない勇太にはなかなかの試練である。
ひとまず本日は問題集を片付け、課題の本は心葉のおすすめから選んで読んでおくように伝えた。
「活字を読むの……? 寝ちゃうよー」
「絵本でもいいから読み給え」
ひとまず、勇太に与える本の相談に、心葉の部屋に向かう。
金城邸は和室続きだから、部屋と部屋を区切るのは衾である。
同じような部屋が続くものだから、次だっけ? 次のつぎだっけ? とちょっと分からなくなりながら衾を開いたら、そこが心葉の部屋だった。
勇太が取ってきた朱雀のぬいぐるみを抱きしめて、座布団の上でゴロゴロ転がっている。
「ううー、かわいいかわいいー。もう、ほんとにこんな可愛いと、おねーさん離してあげませんよー」
「あのー」
「うぎゃあ」
ひとまず声をかけてみたら、凄い悲鳴を上げて心葉が飛び上がった。
寝っ転がったまま飛び上がった。すごい。
「郁己さんなんてところに現れるんですか! いくら郁己さんでもデリカシーが無いのは万死に値しますよ! 今度やったら不思議な技でころしますよ!」
「ひええ、ごめんごめん! あの、勇太に読書感想文書かせるために、何か本を読ませようと思うんだけど……」
すると、シュッと一冊の本が手元に放られてきた。
割りと古めの本である。
【日本民話全集第十六巻】とある。
「私が父さんからプレゼントされた全集ですけど、小学校低学年の私が完読できてます。特にこの十六巻はメジャーな話が多いですから、これならおばかな兄さんでもいけるんじゃないですか?」
「ありがとう。早速渡してくるよ。それと、心葉ちゃんにも可愛いところがあるって知って俺はほっこりしたよ」
「死ぬがいい」
「ぎょえええ」
あやうく肋骨を何本か持って行かれそうになりながら、郁己は戻ってきた。
クール系妹怖い。
あんな風な子でもガチれば勇太と互角なので、非常に危険なのだ。
戻ってくると、勇太がうんうん唸りながら問題を解いていた。
勇太はとても取り掛かれない子だが、取り掛かってしまえば真面目に頑張る子でもあるのだ。
「勇太、心葉ちゃんから本も借りてきた。今夜はこれを読むんだ。全集だから一話一話は短いし、有名な話を選んで読むといいよ。活字は大きいし、ふりがなもついてる」
「おおお、郁己ありがとう! 感謝するよー!」
本日のところは夕方まで教えて、終了ということになった。
翌日である。
なんか玄帝流の里で早起きが身についてしまい、テレビのラジオ体操を見ながら自分も体操していたら、姉に、
「郁己、朝から跳ねないで! うるちゃーい」
とか言われてしまった。
簡単な朝食を作って食べて、午前九時になったのでお隣へ来訪する。
「いらっしゃい、郁己くん。勇太も待ってるわよ」
律子さんにお出迎えされて案内される。
今日も律子さんは綺麗である。
よくよく見ると、先日里で巫女の格好をした勇太が、律子さんによく似ていた気がした。
「あの、もしかして昔、律子さんも巫女さんやったんですか?」
「あら、よく分かるわね。私も十八歳の時にやったのだけど、その時はうちの人が見ていてくれたのよ」
なるほど……それでは勇太も、彼女のように綺麗になれる遺伝子を持っているということになる。
今も可愛いが、可愛いから綺麗へのジョブチェンジがどこかであるのだろう。
ちょっと楽しみである。
さて、部屋にやってくると、途端に勇太がすがりついてきた。
「ううっ、聞いて、聞いてよ郁己ぃ……ごんが、ごんが……!」
とか言いながら涙とか鼻水とかでぐしょっとなった顔を押し付けてくる。
やめろ。
「ああああ、俺のシャツがあああ。ま、まあ勇太、その様子だと読んだみたいだな」
「うん」
鼻をかみながら勇太。
短編を二本くらい読んだらしいのだが、割りと民話は悲劇的な終わりになるものも多く、有名どころの悲話を立て続けに読んでダウンな気分になったらしい。
そして今も、それを思い返して泣けてきているとのこと。
感受性豊かな子である。
「よし、その思いの丈を感想文にたたきつけるんだ」
「わ、わかったよ。俺、こんな残酷な話を書く作者に、すっげえ怒ってるんだ……!!」
悲しみが怒りに転化された!!
と郁己が驚愕する横で、勇太が猛然と原稿用紙に向かう。
「ぐすっ……、俺なら、絶対にハッピーエンドにしてみせるのに……! 許せない、作者め許せないぞ……!」
怒りのエネルギーとは凄いもので、午前中の内に、勇太は感想文を書き上げたのである。
それは作者に対する怒りと悲しみの吐露であり、悲劇を良しとする現代社会への熱きアンチテーゼであった。
思いの外読み応えがある感想文が仕上がってきて、郁己は驚愕した。
こいつ文才あるじゃねえか。
まさしく、未来の童話作家『金城勇』誕生の瞬間だった……のかもしれない。
そろそろ夏休みも終わりです




