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勇太、里帰りする。縁日と盆踊り。

 里帰り最終日。

 午前は稽古で午後はまったりと。

 妙に玄帝流の人々が自分を歓迎するこの雰囲気。居心地はいいんだけど何だかムズムズするぞ、と郁己は思っている。


「どしたのさ、郁己」

「うむー、なんかさ、俺はどうして連れてこられたんだろうって思って」

「……なんでだろうねえ。俺は、郁己がいたおかげで色々助かったよ」

「やっぱ、勇太が女になったばっかりだから、俺が手助けみたいな感じなのかね?」

「多分?」


 そういう会話をしながら、縁側でのんびりする。

 蝉の声なんか聞きつつ、律子さんが切ってくれたスイカを食べて、種を庭に飛ばす。

 自分も勇太もシャツ一枚に短パンで、いかにも涼し気な格好だ。

 隣で勇太があぐらをかいてて、非常に無防備な様子である。

 チラチラっと見てると、


「何さ」


 って言われて姿勢を変えられた。

 まだ、昨日可愛いって言ったことを気にしているらしい。なんかこうやって意識されていると、嬉しいような寂しいような。

 それよりも、問題は今夜である。

 縁日なんてなかなか参加する機会は無いから、楽しみで仕方ない。

 勇太だけでなく、郁己にも浴衣を用意してくれるということなのだ。

 日差しが傾いてくると、いよいよ楽しみな時間がやってくる。

 郁己も勇太も、別々の部屋に案内されて、浴衣を身につけた。



「ど、どうよ」

「お、おう、いいよ、かなり」

「郁己も、まあ、かっこいいんじゃない」

「お、おう」


 藍染めに鮮やかな蝶と花の模様。

 勇太の浴衣は夜闇に映える色合いで、いつもの彼女ではないような、大人びた印象。

 髪の毛は結い上げられていて、昨日のようなかつらじゃなくて地毛を綺麗に整えて、髪留めはもしかして(かんざし)だろうか。鼈甲色の珠があしらわれていて、上品ながらも可愛らしい。

 律子さんのお下がりとのこと。

 二人共体型が近いから、この浴衣がまるで誂えたようにマッチしている。

 帯はグラデのかかった紅色で、留紐のライトパープルも相まって、なんともコケティッシュ。


 郁己の浴衣は紺色。落ち着いた風合いの布地は、よく見れば縞のように濃淡を作って彩りを感じさせる。

 帯色を白くして、コントラストもしっかりと。

 細身の郁己だが、なで肩に着物はよく似合うものらしい。

 案外バッチリ決まっていた。


 二人で団扇を手にして、


「「いってきます」」


 見送る律子さんと宗主が、なんだか物凄くほっこりしている。

 何かどんどんはまっていく気がする、と郁己は思った。


 草履であの石段を登るのはきついということで、車を出してもらった。

 運転は金城親子+1をこの里まで連れてきた運転手氏である。

 彼は二人の格好をみると、


「いいですな、お似合いですよお二人さん」


 なんて言って、ふたりを悶えさせた。


 ぐるりと山を回ってとなり町へ。そこで車を降りれば、山に続く緩やかな石段の連続。

 色とりどりの提灯に照らされて、ただこの道を行くだけでも楽しくなってくる。


「お二人さん、楽しい時間をお過ごしください」


 運転手氏はそう言うと車を走らせていった。

 さて、お祭りを楽しもう。

 軍資金はたっぷり。

 ふたりで山の下にある最初の鳥居をくぐると、いくつもの屋台や出店がある。

 あまり最初の店で買ってしまうとお金も足りなくなるし、お腹も膨れてしまう。

 最初はウインドウショッピングだ。


「おじさん、リンゴ飴くださいっ」

「おい」


 早速誘惑に敗れ去った勇太である。


「あれっ、お嬢ちゃん、今年の巫女さんじゃない?」

「えへへ、そうだよー」

「巫女さんが最初にうちで買ってくれるなんて縁起がいいなあ。よし、一個おまけしたげよう!」

「うひゃ、ありがとうー!!」


 勇太が振り返って、どんなもんだいって顔をした。

 確かに巫女さんさまさまである。

 実際、勇太の巫女さん効果はかなりのものだった。

 綿菓子を買おうとしたら量を多めにギュッと詰め込み、イカ焼きは足の部分をオマケでつけてくれて、焼きそばは紅しょうが山盛りだった。

 たこ焼きなんかタコが2つ中に入っていた。


「ひええ、俺、毎年巫女さんでもいいよー」

「安いな!?」


 ひとまず、両手が埋まるほど食べ物をゲット。

 荷物持ちは郁己の担当だから、自分では食べられない。


「ほい、郁己、あーん」

「あー」


 イカ焼きを食べさせてもらった。

 ちょっと焦げててワイルドな味だが、うまい。


「次は綿菓子くれー」

「ほいほいー」


 なんてことをやってたら、浴衣姿の老夫婦が通りがかって、いやにニコニコしながら二人の姿を眺めて立ち去っていく。


「?」

「?」


 二人共、自分たちのやり取りが傍からどう見られるのか気づいていない。

 ともかくともかくと、手にしたものをあらかた食べ尽くして、上りの途中に用意されたゴミ袋へぽい。


「軽くお腹が膨れた所で、体を動かしますか!」

「いいですな」


 勇太の提案に郁己も頷く。

 二人の背後には射的コーナー。


「おや、あんた今年の巫女さんだね!」


 ということで勇太の弾数は+3発スタートである。


「きたない、さすが巫女さんきたない」

「ふっふっふ、俺の魅力が悪いのだよ」


 勝負するように射的で標的を狙う。

 このカップル射的で勝負するのかって顔をしてる、お店のおじさんを横に、二人が冷徹に狙撃を開始する。

 コルク銃の射撃能力は低く、ちょっと重い商品は一発では動かない。

 何発か当てる必要があるだろう、と郁己は分析。

 大きめのぬいぐるみに弾を何発か当て、傾がせてから……。


「それを横からいただき!!」


 勇太が凄まじい速度でリロードしながら連射!

 郁己が育てたぬいぐるみをかっさらってしまった。


「きたない! 巫女さんきたない!」


 郁己が憤慨する。


「ふっふっふ、勝てばよかろうなのだ! これは郁己からのプレゼントって思っておくよ」

「キイー! まあ、俺もプレゼントと思っておく!」


 玄武のぬいぐるみであった。

 勇太は一抱えもあるそれをむぎゅっと抱っこして、満足気に石段を上って行く。

 次なるお店はくじ引きである。

 金魚すくいもやりたかったのだが、金魚を飼える場所がないということで今回は断念。


「おっ、お嬢ちゃん今年の」以下略。

 なかなか有利な状況を設定してもらい、この辺が当たりというくじを指定されてスタート。


「ぬぬぬぬ」

「行け、勇太! お前の野生の勘を信じるんだ!」

「野生じゃねえよ!」


 憤りながら触ってた紐をぐいっと引っ張ってしまった。


「おっ! おめでとう! ぬいぐるみが当たりだね!」


 ぬいぐるみが増えてしまった。朱雀のぬいぐるみである。


「……これは心葉にあげよう」

「そうだな」


 楽しみながら段を上って行くと、あっという間だ。

 最上段には、下とは全く違う鳥居があって、これをくぐる。

 そこは別世界だ。

 大きく築かれた櫓の上には太鼓があって、篝火が焚かれている。

 境内の四隅には炎を吹き上げる巨大なトーチがあり、それぞれの台座は四神を象っていた。

 祭りの終着地点であり、こここそが、この祭りの聖域なのだ。


 それはそれとして。

 太鼓が打ち鳴らされて、笛がぴーぴー鳴り始めると、盆踊り開始である。

 振付なんかしらなくても、周りの見よう見まねで何となる。


「よっしゃ、やるか!」

「俺も踊るよ!」


 二人で飛び入りである。


「巫女さんだ!」

「今年の巫女やってた子だ!」


 注目を集めてしまう。

 何故だろう、こういう状況だと、城聖学園では嫉妬光線を浴びるのだが、この場では微笑ましく見られている。

 これがリア充の世界なのだろうか。

 二人共、盆踊りの輪の中心にひっぱられて、一緒に踊ることになってしまった。


 目の前にある、勇太のうなじが剥きだしである。

 流れる汗首筋を伝っていき、なんとも艶めかしい。

 太鼓と笛の音に合わせて、簡単な振り付けの踊りを踊りながら櫓を囲んで巡る、回る。

 ちょっとトリップしてきて、なんだかいい気持ちになってくる。

 郁己はふと、勇太の真上にもやもやっと大きな手のひらみたいなのが見えてきて、とりあえず団扇でぺいっと払った。

 すっと手のひらが消える。

 そこがクライマックスである。

 一際大きく太鼓が鳴って、奉納盆踊りの終わりを告げる。


「ふひー」


 勇太が寄りかかってきた。

 汗のにおいがする。


「なんだかいつもより疲れたよー」


 ふたりを、神主氏が離れたところかが満足そうに見守っている。

 今年の奉納盆踊りもつつがなく終わったと言う事らしい。

 後に聞いた話だと、たまに巫女役の女の子は何日かぼやーっとした状態、つまり喪心状態みたいになることがあるらしい。

 その後まったく後遺症なんてないらしいのだが、この数日間を玄神様の花嫁として過ごすのだ、なんて言われている。

 恐らく、盆踊りのトリップ効果で催眠状態になるのだろうな、なんて郁己は思った。


 二人で楽しげに帰ってきた時、何故だか律子さんと宗主以外にも、玄神流の人たちが揃って出迎えてくれて、


「あの、これ、なに?」


 勇太が言葉を発したら、とんでもないくらい盛り上がって騒ぎ出したのが印象的だった。

 その後は酒盛りであった。

 男も女もなく、大盛り上がり。

 彼らをよそに、郁己も勇太も、解せぬ、という顔をして入浴なんか済ませた後、


「郁己、お付き合いありがとう。五日間どうだった?」

「いや、楽しかったよ。都会じゃこういう経験できないもんな」

「良かったよ。郁己を連れて来てって、おじいちゃんいきなり言うんだもん」

「なんでなんだろうな」

「ほんとだよ」


 比較的かなり鈍感な二人。

 ともかく、お祭り疲れもあって、布団に入るとすぐに寝息を立て始めた。

 田舎の五日間は終わり、また明日から日常が始まるのである。

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