勇太、里帰りする。石段、お社、見下ろす景色
里帰り編はひたすら情景描写情景描写
見上げると、小山の上まで石段が続いている。
噂に聞く、山寺ほどではないけれど、これは心折れるには充分な光景だと郁己は思った。
だが、今は彼の前に心を奮い立たせるものがある。
ふりふりと、目の前で振られながら石段を上って行く、少女のお尻だ。
ハーフパンツに包まれているけれど、サイズが少し大きいのかそれともそういうデザインなのか。隙間から、彼女のが身につけた真っ白な布地がみえているような……。
「よし、俺は……頑張れる」
足を進めていく。
蝉の鳴く声がして、それが今が夏なんだと否応なく分からせてくれる。
日差しは強くて熱いが、風が吹き抜ける地形で、すぐ下には池もある。じめじめとはせず、流れる汗でまとわりつくシャツも、嫌な感触ではなかった。
途中、石段に向かって大きく張り出している松の木がある。
僅かながら日陰ができていて、その下で少しだけ、郁己は立ち止まる。
水筒に入っているのは、律子さん謹製の特製麦茶。
ぐっと飲むと、喉を冷たく、香ばしいかおりが抜けていく。
「郁己ー!」
随分先まで行った勇太が振り返り、手を振ってくる。
熱い中でも彼女は元気だ。
元から体力が服を着て歩いているような子だが、夏という季節が特に好きらしい。
ノースリーブの服から覗く、肩から二の腕がほんのり小麦色で、汗に輝く様がとても健康的。そしてムラッとくる。
「おう、俺は……頑張るぜ……!」
郁己の心が再び奮い立つ。
決して運動不足というわけでは無いと思うのだが、階段をひたすら登り続けるという運動は存外に体力を消耗する。
これをやり遂げられるか否かは、単純な肉体能力ではない。
心だ。
今の郁己には、突き進むモチベーションがある。
「う、おおおおっおおおっ!!」
うめき声めいた気合を込めて、足を無理にでも進ませる。
少しずつ、頂上が近づいてくる。
きつい、辛い。だが、もう少しで行けそうな……行けそうな気がする。
すると、軽い足音が近づいてきて、ひょいっと郁己の肩を持ち上げる気配。
見下ろすと、勇太が肩を支えている。
「さあ郁己、俺が手伝うから、一緒に行こう」
彼女の肩は汗でしっとり濡れていて、香るのはいつもよりも濃厚な勇太のにおい。
日焼け止めのにおいかもしれないなあ、なんて思いつつ、ちっちゃいながらもパワフルな幼馴染に引っ張られるように、郁己は石段を登り切った。
夏は暑くて、こうやってぺったりくっついていると倍も汗をかく。
だからこそ、離れて風にあたっている方が涼しいのだけれど、なんとなく、こうやってすぐ近くでお互いの体温を感じられる夏もまた、悪くないように思えるのである。
登り切った瞬間、強い風が吹いた。
勇太の麦わらが煽られ、宙に舞う。
郁己はふらつく足を叱咤して、精一杯背を伸ばして帽子をキャッチ。
「ありがとう!」
勇太が背伸びして、帽子を受け取る。
ぎゅっとかぶり直して郁己を見上げてくる。
「日陰で一休みしよ?」
頂上は平らにならされていて、なるほど神社だ。
少し進んだ所に鳥居があって、その周囲には結構な数の大きな広葉樹が茂っている。
中でもとびきり大きいやつの下に、二人で入りこんだ。
風がそよぐ。
気持ちいい風だ。
互いに水筒から麦茶を飲む。
「あー、きつかった。熱中症になるかと思った」
「そんなの、俺がさせないよ。いざとなったら口移しだってお茶を飲ませるから」
「それはキスですかね勇太さん」
「ノーカンでしょう」
笑い合う。
落ち着いてから、律子さんが持たせてくれたおやつを開ける。
保冷剤に包まれて、ゼリーと水ようかんが入っていた。
いちごとブドウのゼリーだ。
こちらを先にいただく。
水とゼリーと日陰の一休み。体温がいい感じで下がった頃に、どちらともなく立ち上がった。
「風景が凄いんだって、郁己。見に行こう」
「おう、しかし凄いとこにある神社だよな……」
鳥居をくぐって境内を行く。
ここはどうやら裏口みたいなものらしくて、真正面にも鳥居がある。そこからはまた階段が続いていて、進んでみると、広がる風景は先程とは全く違う。
言うなれば、とても大きな踊り場だ。
山の斜面が大きな台地みたいになっていて、それが階段状に幾つも連なる。
台地をつなぐのが石段だが、段数も少ない。
こっちから来れば楽だったかもしれないが、その代わり山を大回りしなければいけなかっただろう。
ここを降りれば街だ。
さほど栄えているとは思えないけれど、集落に比べれば圧倒的に家が多い。
彼方に海が見えた。
「最終日には、間に合うって。ここで縁日があるらしいよ」
「縁日か……!」
郁己には未経験の場である。
アニメやマンガでは見たことがあるけれど、実際に参加したことは無い。
もしかすると、縁日には、勇太は着てくるんだろうか。浴衣、とか。
「ん?」
じっと見ていたら気づかれて、首を傾げられた。
こいつが浴衣を着た姿を見てみたいな、なんて思う。
一緒に縁日を巡るっていうのも、いいんじゃないだろうか。いや、かなりいい。
「盆踊りとかもあるといいよな」
「あるよ。この境内で、奉納盆踊りをするんだ。郁己も参加したい?」
「おおお、それはちょっと興味あるなあ……でも俺、振付とかわからないけど?」
「あれはテキトーでいいんだよ、テキトーで。じゃあ決まりだね! 最後の日は、二人で縁日めぐって盆踊りだ!」
なんと夏らしいイベントであろう。
ひとしきり二人で、山から見下ろす景色を眺めて歩く。
これもまた夏らしいレアなイベントという気がする。少なくとも何回も、あの階段を登りたくはない。石段上りはレアな回数に留めておきたい。
上帝翁神社でお賽銭を投げ、自動おみくじ機でおみくじを購入。
無人の神社で、たまに管理人が掃除やらに来るらしい。
境内はよく片付けられていて、寂れた様子が無い。
神社の奥には倉庫があって、盆踊りやらの設備はあの中に全部あるとのこと。
どこかノスタルジックな光景。
二人で本殿の階段に腰掛けて、おみくじを開いてみた。
「あっ、大吉」
「勇太はさすがだな。俺は中吉かな」
「悪く無いじゃん、上出来上出来」
「なにい、えらそーだな!」
帽子をとって、勇太の髪をわしゃわしゃしてやると、彼女はきゃーっと声を上げて笑った。
「郁己め、何をする! 俺もやられっぱなしじゃないぞ」
勇太が飛びかかってきて、押し倒されるみたいに、本殿脇の緑の絨毯に寝っ転がった。
頭上にはしめ縄がされたご神木。
別に何かで遮られること無く、実にフランクに佇んでいる。
とりあえず、勇太の反撃を存分に受け、ともに葉っぱや土なんかで汚れて、汗だくになって大の字になる。
二人で、はーっとため息をついて空を見た。
雲がもくもくと湧き出していて、それが遠くで見事に盛り上がっている。
入道雲だ。
どこかであいつはゲリラ豪雨を降らせているのかもしれない。
少なくともこっちはおだやかなものだ。
動かずに寝っ転がっていると、小鳥が舞い降りてきて、郁己の腹の上の草をついばんだ。
「……よし、行くか」
驚いて、小鳥は逃げていってしまう。
どれくらいの時間を過ごしたか……夏は日の入りが遅いから、時間感覚がわからなくなる。
それでも、二人共お腹がすいていたから、水ようかんを食べて下山することにした。
「何にもないってのもいいもんだなあ」
「毎日じゃないからいいと思うだけじゃない?」
「そだな。こういう感覚ってのは、俺達の贅沢なんだなあ」
上りよりは、ちょっとだけ下りは楽だった。




