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電車の中。思索。こてん。

帰りの電車の中。プロローグの終わりです。

まったり次から過去の話。

 単調なリズムが体の芯に響いてくる。

 窓の外を過ぎていく光景は、都内というには少々垢抜けない住宅街。

 ほとんど各駅停車の電車に30分も揺られると、この地区のターミナルステーションへ到着する。

 そこまでたどり着いてしまえば、後は早いのだが……。

 

「この30分が問題だ」


 とにかく、快速、急行、他に諸々の頭文字を持つ早いらしい電車はことごとく、各駅停車に化ける。

 例外は特急くらいのものだが、そんなものに乗る定期券は持ってないので論外だ。


「この30分が問題だ」


 郁己は繰り返す。

 短縮しようがないこの時間。

 隣に座る小柄な姿は、すでにこっくりこっくり、船を漕いでいる。

 入学初日。

 午前で終了とは言え、彼にとっては女子デビューの日だったのだ。

 何事もなかったことは幸いだが、彼の心労を思えば、車内での無防備な姿も仕方ないと思える。

 いよいよ意識が怪しくなったらしい。

 肩口の高さにあるつんつん頭が、こてん、とこちらに寄りかかってきた。


「おう……」


 いい匂いがする。

 記憶にある勇太のにおいは、もっと汗臭い少年らしいものだった気がする。

 性別が変わることで匂いまで変わってしまうことがあるのだろうか。

 それともあれだ。

 俺の中に勇太が女だと思っている意識があるというのか。

 郁己は親友を支えたまま、不動の姿勢で物思いにふける。

 岩田夏芽との遭遇。

 勇太を女子であると認識する、初めての女子。

 こうも異性と接近し、女子として振舞うことは、勇太にとって初めての経験である。

 彼の性別の厳格な区別なんかはこの際置いておく。

 勇太は彼の生まれから、荒事などには慣れっこだが、こういった日常の出来事に不慣れである。

 さらには、急激に変化した日常の象徴が、この”新たなる”同性との接触である。

 どれほどのストレスを感じたのだろう。


「しかし、距離の近い女だった」


 全く、あの大きな女は実に馴れ馴れしい……いや、人懐っこい人物だった。

 バーガーショップから出て別れるまでの間、何かしら話題を見つけてはこちらに話しかけ、勇太と自分の会話に茶々を入れ……。

 

 ゆっくりと電車が停止した。

 扉が開き、まばらに人が乗り込んでくる。


「そっか、平日の昼間だもんな」


 これから毎日の下校時は、混み合った電車での下校となるのかもしれない。

 少なくとも、登校時の電車は混んでいた。


「ん……ぉ……? 郁己、ついた……?」

「半分来たところだよ。まだ寝てろって」


 郁己の言葉に、彼は頷き、再び体重を預けてくる。


「ナチュラルに寄りかかってきたな」


 ちらっと寝顔を見ると、丸きりそれはあどけない少女のもので、なんだか郁己の胸のあたりがキューっと締め付けられて思わず抱きしめたく。


「いかんぞ、自重しろ俺」


 深く腹で息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 数ヶ月前までは親友にこんな感情を抱かなかったように思う。

 この心境の変化は、親友の性別が変わってしまったせいか。そうなのか。

 俺の価値観はそこまで現金なものなのか。

 懊悩する郁己。

 錯綜する思春期の思考は、やがてターミナルステーションまでの残り15分の中、過去の記憶に向かい始めていた。

 

 そう、あれは中学三年生の冬休みのこと……。

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