勇太、里帰りする。道場見学
翌朝である。
結局郁己は勇太と同室で、流石に布団は2つあった。
旅疲れもあってか、布団に入ると二人共、あっという間に寝入ってしまったから間違いなど起きようはずもない。
早朝に目が覚めると、庭に人が集まっている気配がする。
妙に目が冴えてしまったので、好奇心から覗きに行くと、ラジオ体操をやるところだった。
せっかくなんでやりなさい、と勧められて参加して、実に四年ぶりくらいのラジオ体操である。
明らかに寝ぼけ眼で引っ張りだされてきた勇太が、途中で立ちながら寝ていた。
それなりに品数の多い朝食を終えると、テレビなど見てまったりする。
田舎はテレビ局数が少ない。
宗主が普通におじいちゃんとして一緒にテレビを見ていて、番組内容にツッコミを入れている。
さて、落ち着いてきた所で、郁己は声をかけられた。
「どうだね、坂下くん、道場を見に行ってみないかね」
「はあ、構いませんが」
「勇太は先に行って、稽古を始めていなさい」
「はい」
宗主には素直な勇太である。
去年荒れてた時、色々世話になったみたいで、頭が上がらないらしい。
とりあえず、道着に袴を借りて道場へ行く。
普段、金城家の道場でエクササイズくらいに参加してる郁己としては、本場の稽古がどんなものなのか興味があった。
道場にやってくると、流石に昨日の今日だから、かなりの人数がいる。
神棚に一礼して入ると、ざわっと一瞬道場内が騒がしくなり、注目を浴びた。
非常にいづらい。
「さあ勇太、一年の成果を見せてみなさい」
「はいっ!」
さっきまで、約束稽古(技がかかりやすいように互いがかける役、かけられる役になる稽古)をやっていたようなのだが、宗主の一声で空気が変わる。
道場の上座付近に空間があき、そこに勇太が進み出ると、昨日自分たちを案内してくれた武原さんが向き合うように立った。
宗家の師範らしい。
「はじめっ」
掛け声とともに実戦形式の稽古が始まる。
玄帝流はそれなりに当身を含む、実戦派の合気柔術という側面を持っている。だから、柔道などと比べると、さほど相手を掴むことに重きを置いていない。
じりじりと間合いを詰めて、当身の射程に入ったら、虚実入り混ぜての攻防が行われる。
武原さんは男性で、勇太よりも頭一つ分背が高い。
だから、リーチだって長いのだ。彼が先に勝負を仕掛ける。
ぬるりと、一見力が入っていないような手先。
しかし、勇太は少し大げさなくらいに身を翻してそれをかわし、踏み込む。
武原さんの掌底。
勇太は紙一重で見切って、伸びた腕を掴むと巻き込むように投げた。
一瞬の攻防である。理合がどうだと判断する間が無い。
投げられたはずの武原さんが、次の瞬間に立って、勇太の腕を取っている。
投げられながら、掴みをすかして立ち、逆に同じ動きを仕掛けたのだ。
「っ!」
勇太が地面を蹴った。
道場全体が息を呑む。
飛びつき腕十字に似た技である。
武原さんの掴んだ手に手のひらをあてがい、力を加えているのがわかる。
彼の手は固められ、握りを離すことが出来ない。
そこへ、の飛び関節。
しかも、相手を転がして倒すのではなく、飛んで決まった瞬間に壊すタイプの技だ。
「参りました!」
武原さんが一声をあげて実戦稽古が終わる。
拍手が起こった。
宗主が満足そうにうなずいている。
「うへ、あれって一歩間違えると折られてますよね?」
「武原はそうなる前に関節やらを外すから大事には至らんよ」
受けのエキスパートなんだそうだ。
「ははあ」
「それより、どうかね勇太は」
「あー、いつもより気合が入ってますね。なかなかかっこいい」
「あれは律子の才能を受け継いでいる。精進すればもっと強くもなろう」
今の時代、そんなに強くなってどうするのだろうなんて郁己は思うのだが、強くなる事自体が目標の世界もあるのかしらん、と首を傾げる。
勇太がどや! って感じでこっちを見ている。
親指を立ててやったら、にやにやした。
その後、郁己も参加してみて、未成年組とわいわい乱取りなんかをやって楽しんだ。
やはり俺はレクリエーションレベルでいっぱいいっぱいだな、みたいな事を再認識したのである。
稽古は午前中で終わり。
「お二人は昼のあと、どちらかへ行かれるんですか?」
未成年組では最も年長な男性に聞かれた。
「あ、いえ、何も予定は立ててないんですけど」
「でしたらお勧めの場所がありますよ」
彼は道場の玄関から、直線方向にある小さな山を指差した。
池の向こうにある山である。
「あの山の上に上帝翁神社があるんですよ。山向うは街ですし、左右は畑で、かなりの眺めですよ」
「へえ」
「郁己、行ってみる? 俺もかなり久しぶりかも」
横に勇太が並んだ。
ずっと乱取りをやっていたせいか、汗をかいて、肩からタオルを下げている。
いつもより強く、勇太のにおいがするような気がする。
「よし、そんじゃあ行くか!」
「おー!」
シャワーなんか浴びて、昼食を摂る。
冷やし中華である。
この作り物っぽい味が堪らない。
きゅうりに細切り卵焼きに紅しょうがにほぐした鶏肉、タレでぐちゃぐちゃに混ぜてずるずるすする。
出てきた麦茶に使われている大麦は、この集落で作ったものらしい。
地産地消である。
また少し食休みして、いざ出かけるぞ、となった。
律子さんが、家のお手伝いさんと一緒に、外行き用の装備を用意してくれる。
かなり日差しが強い日だ。
目の前で、勇太が念入りに、露出した部分にUVカットローションを塗られている。
「うひゃひゃひゃ、くすぐったいよ」
「郁己くんも塗る?」
「は! 自分でやります」
麦わら帽子に水筒をもらい、外で食べられるよう、おやつの袋を受け取った。
小学生のような装備だなと思う。
勇太はノースリーブのシャツに短パンだし、あの胸が無ければ割りと小学生で行けそうな気がする。
「郁己なんか失礼なこと考えてない?」
「いいえ」
「そか、そんじゃまあ、いこっか!」
この熱い最中、勇太は郁己のてをぎゅっと握ると、日差し降り注ぐ玄帝流の里へと引っ張りだしていく。
上帝翁神社へピクニックである。




