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勇太、里帰りする。四神の事情と小川と蛍

 食事時である。

 幾つかの座敷の衾を外し、障子戸を外し、大きな一室が完成していた。

 ずらりとテーブルが並べられ、全国からやってきた玄帝流の道場主が集まっている。

 集会とかそういうものではなく、どうやら玄帝流の夏の飲み会のようなものらしい。


「すげえ人がいるな」

「大体夏場はこんな感じだよ。みんなでわいわい、酒盛りしてたくさん食べて、明日の朝くらいまで続く」

「それも凄いな……」

「本格的なお盆には用事のある方が多いから、こうして前々日くらいに全国から皆さんを集めて、慰労会を開くのよ」


 律子さんの言葉に納得。

 勇太も、この状況を特別だとは思っていないようだった。

 未成年を集めた席もあって、そこはビールや日本酒の代わりにジュースのペットボトルが氷入りの大きなケースに幾つも突っ込まれている。

 この日、玄帝流道場主の奥様方は大忙しらしい。

 そして翌日が、奥様方の打ち上げだとのこと。


「さて、私も手伝いに行ってくるわね」


 律子さんが楽しげに、厨房へ消えていく。

 彼女の姿に、あちこちの席から、


「律子お嬢さん、今年も綺麗だね!」

「ほんと、年取らないよねー! どう、俺の息子の嫁さんに!」

「いやあ、今年も律子ちゃんが見れたよ。これであと10年は生きられるわあ」

「爺さんまだ生きる気かよ! もう百年くらい生きてるだろ!」

「わはははは」


 盛り上がる。

 さて、未成年席の男子、女子ともに勇太に注目している。

 そりゃもう、宗家直系の、小柄ながら鬼気を纏った凛々しい少年が、翌年には可愛らしいつんつん髪でくりくり目玉の女の子になっていたのだ。

 注目しないほうがどうかしている。

 そして、隣りに座る郁己にもまた、視線が集中した。


「勇太さん、本当に女の子になっちゃったんですね……」

「ヤバイ、マジで可愛い……」

「まだついてるんですか……!?」

「でかっ、あたしより胸でかっ」

「郁己さんと勇太さんの関係ってなんなんですか」

「やっぱり許嫁ですか!? でも去年まで勇太さんは男だったから……うーむ」


 居づらい。


「ハハッ、ただのクラスメイトですよ!」

「そ、そうだよ、ちょっと家が隣同士で、保育園から一緒なだけだよ!」


 メチャクチャ食いついてきた。


「ちょっ……! それってめっちゃ運命的やないですか!!」

「うはー、ロマンチックよねー!」

「現実にもあるんですね、こんなこと……」


 やめてくれ。


 非常に気まずい中、勇太と二人で無言で飯を食う。

 悲報、郁己、味がわからない。

 色々飛んで来る質問に、


「まだキスとかしてないよ!?」


 とか、


「同棲とかどこ情報だよ!?」


 とか、


「あぁん勇太に告白だとぉこれは俺のもんだてめえ何ツバつけようとしてるんだぶっ飛ばすぞ」


 なんて当り障りのない答えを返していく。

 最後のあたりで勇太が本気のツッコミを入れてきた。顔が赤い。

 そうこうしていると、酒盛りをしているおっさん爺さん連中が盛り上がってきたようだ。

 宗主……勇太のお爺ちゃんも酒でいい気分になっていて、


「だからよう、炎帝流がしょーすーせいえーだか何だか知らねえが、お盆ぐらい、俺の娘をやったんだからツラ出せってんだよ! なぁ!」

「おお、全くだぜ宗主よ! さあ飲め飲め!」

「うーっとっとっとっと、あぶねえあぶねえ、んぐんぐっ、ぷっはぁあー! 第一だなぁ、あんな可愛い孫を放っておいてだ、ほっつき歩く婿ってのがいけねえやな!」

「まあ尊さん考古学者なんだろ? 忙しいんじゃねえのかい? この間もテレビ出たり本出したりしてたろう」

「テレベイと本と孫のどぉっちが大事だよぉぉぉ」

「うわー、だめだ、宗主が壊れたわー」


 色々溜まってるなーと思う。

 同時に、勇太のお父さんって考古学者だったのか、なんて新事実にびっくり。

 金城尊と言えば、確かにたまにテレビで見る。


「お父さん忙しいん?」

「まーねー。俺が小さい頃は、心葉を連れて世界中回ってたから、もっと忙しかったけど。今は多分まだ暇な方だよ? 週に一回は電話入れてくるもん」


 すぐ近くにいる相手でも、色々わからないことはあるものである。

 勇太の新事実に驚きを感じていたら、話がまた変な方向に変わっていく。


「それでよう、白帝流の連中、落ち目だからってヨウロッパに進出したじゃねいかよう」

「おうおう、奴らもよくやるよなあ」

「そうしたら、次の跡取りを白人の男に取られちまったらしいんだわ! イタリア人やぞ、イタリア人!」

「うひゃー、そら堪らんわあ」

「なんつったかのう。ほれ、ロドリゲスちゅう男じゃな。ホセとか言う名前で」


 色々大変だなあ、なんて思う。

 律子さんがデザートを運んできた。

 スイカである。糖度がかなり高いらしくて美味い。

 律子さんは二人に気を使って、


「おじさんの話ばかりで詰まらないでしょ? 外が凄いことになってるわよ。食べ終わったらお散歩行ってらっしゃいな」


 玄帝流の若手から好奇心丸出しの質問をされることに、いい加減辟易していたから、この申し出は渡りに船である。

 郁己と勇太は競うようにしてスイカを平らげると、


「それじゃ、俺、郁己と外行ってくるから!」

「おう、質問はまたの機会にな!」


 二人で爽やかに手を振って退場した。


 玄関へ向かうと、既に二人分の靴が用意してある。

 律子さんが気を利かせてくれたのだ。

 外に出たら何が凄いのだろう。

 考えながら、郁己は一歩、屋敷の玄関から踏み出した。

 すると、目の前に広がるのは光の川である。


「な、なんだこれ……!」


 周囲はあまり明かりも無く、電柱に付いた明かりが細々と、足元を照らすだけだ。

 だからこそ、その輝きが際立つ。

 池に流れ込む小川が光を放っていた。

 まばゆい光というわけではない。

 ぽつり、ぽつりと点滅するもの。

 ふわりと風にのるように飛ぶ光。

 それでも、十や二十ではきかない光が、小川を飛び立ち、草木の影から現れ出、その一帯を幻想的な色合いに演出している。


「蛍だよ、郁己」


 勇太が手を握ってきた。

 引っ張られる。


「蛍って小さいんだよ。もっと近くに行かないと見えないから」

「あ、ああ! だけど、8月で蛍って……。もっと前かと思ってた」


 草むらに紛れている、古びた階段を下っていく。

 夜闇の中だと分かりづらかったが、勇太は毎年通っている場所。土地勘がある。

 彼女の導きに従って歩けば、足元も怖くなかった。

 近づくほどに、淡い小川を包む輝きが、視界いっぱいに広がっていく。

 ふわりと、目の前を横切って行く光。


「ヘイケボタルか……!」


 5月から9月にかけて羽化する、最も長い期間に光り続ける蛍だ。単一個体が長生きなのではなく、幼生が羽化する時期が広いのだ。

 それにしても、そんな種類が一斉に羽化するとは……。


 同じ集落の人々も外に出てきており、蛍を眺めている。

 ふわりと光は浮かび上がっていき、目線でそれを追うと、上空に広がるのは一面の星空だ。

 街灯で少しは星明かりも消えてしまうけれど、都会よりは遥かに、夜空を星空として認識できる。


「ちょっとしたものでしょ?」


 頷けた。

 蛍と星空の境界が分からない。

 そんな錯覚すら覚えた。


「ちょっと大変そうだけどさ」

「おう」

「あと四日間よろしく」

「おう!」

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