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勇太、里帰りする。おいでませ、玄帝流宗家

 扉を開くと、広々とした道場があった。

 やや傾きかけた日差しに屋内は照らされ、中で稽古に励む人々の熱気も、どこか落ち着いて見える。

 ちなみにきちんと空調はかかっていた。


 師範らしき人物が気づき、やってくる。

 勇太と律子が一礼。師範もまた一礼した。


「お帰りなさい、律子お嬢様」

「ただいま、武原さん」


 二人の間に、何となく親しい物が見えた気がする。

 四十代くらいの中背の男性である。メガネを掛けていて、真面目そうな印象だった。 

 律子さんの年齢はよくわからないが、三十代半ばから後半だろうか。正直、見た目は昔からあまり変化していない。恐ろしく若作りなのかもしれない。

 郁己も釣られてペコリと頭を下げた。


「宗主が首を長くしてお待ちですよ」


 彼は郁己に礼を返すと、来客たちに対し、ほほ笑みを見せた。


「本当にお父様ったら。遅くなるかもって伝えてあったのに」


 一行は武原さんに連れられ、本家の建屋へと向かう。

 そこもまた、なかなか立派なお屋敷である。やや古びてはいるが、あちらこちらに改築がされた跡を残している。

 おー、と見上げていると、勇太が郁己の手をぎゅっと握ってきた。


「……勇太?」

「お願い、ちょっと握らせて」


 緊張のせいなのか、勇太が震えている。

 今度会う人は、そんなに恐ろしい人なのかと思い、郁己は勇太の手を握り返した。


「大丈夫、俺はかなり無力だけど力になるから」

「言ってることおかしいよ、郁己」


 硬かったが、少しだけ勇太が笑顔を見せた。

 三人は玄関をくぐる。

 扉には、尻尾が蛇になった厳つい亀の装飾が成されており、ああ、こりゃ玄武だなあってことを伺わせる。

 古式ゆかしいお屋敷なのに、中に入ると照明は電球色LEDだった。

 出迎えらしきお手伝いさん達がやって来て、奥の間に通される。履物係の人がいて、靴なんかは丁重に預かられた。

 後で磨いて返してくれるらしい。


「地主さんのお屋敷って感じだなあ」

「ええ、その通りよ。玄帝流宗家は、収入源は不動産業なの。四神流で一番地に足がついているのじゃないかしら」


 なるほど。現実的である。

 奥の間から衾をあけて、座敷へと案内される。

 そこには大きな座敷用テーブルがあり、何人かの人影があった。

 上座には掛け軸がかかっており、小さな祭壇のようになっている。そのすぐ前に、小柄な老爺が座していた。

 右と左、挟むように、三人ずつ。


 郁己たちが座るための座布団はちょうど三つ用意されており、とりあえずその前に立つ。

 律子さんと勇太が頭を下げたので、郁己も慌てて合わせた。


「律子、勇太、只今戻りましてございます、宗主様」

「ああ、よく帰ってきた」


 厳しさを感じさせる声が帰ってくる。

 うひー、と郁己は内心で帰りたくなった。

 だが、隣りにいる親友は、自分よりもっと緊張やら何やらでガチガチになっている。彼を捨てて逃げることはできない。


「座りなさい」


 言葉を受けて、座布団に座った。正座である。

 左右を囲む人たちが、「あれが……」「なるほど……」などとヒソヒソ話し合っている。

 勇太が一段と、体を強張らせるのが分かった。

 郁己は思い至る。昨年までの勇太は男としてここにやってきていたのだ。それが、すっかり女の子になってしまっている。

 律子さんは宗家の長女だと聞いているから、もしかすると、勇太は跡継ぎとして期待されていたのかもしれない。

 だとすれば、突然女の子になってしまい、直径の跡継ぎとしての道が途絶えてしまったと見られているのではないだろうか。

 すると考えられるのは、婿を取って勇太に男子を生ませるとかバカヤロウこいつは俺のものなのだからどこの馬の骨とも分からない婿を取るくらいなら俺が子供を生ませるぞ!

 郁己が心のなかに熱い炎を燃え上がらせて、目線を老爺に向けると、彼は思いの外優しい目をして郁己を見返した。

 そして目線を勇太に戻し。


「楽にしなさい。健勝なようで安心したよ、勇太」


 そう、親友へ声をかけた。


「我が玄帝の家には、時折性別を変えるものが現れる。それは先祖が契った、夜刀神の呪いとも言われているし、祝福だとも言われている」


 なんと、代々の中に、勇太のような人が存在したということだろうか。

 勇太が、左手を郁己に伸ばしてくる。座布団を這うように、何かを求めて。

 誰に目にも見えてしまっているだろうなあ、と思いながら、それでも郁己は助けを求める彼女の手を、また、ギュッと握りしめた。

 すると、室内がなんだかほっこりした空気になった。

 なんだなんだ!?


「すっかり、女になったようだね。最初は混乱したことだろう」


 勇太がまだ硬い表情で頷く。


「怖かったけど、みんなに助けてもらったから」

「ああ、それはよく分かる。特に、隣の彼だね」


 郁己は首を傾げた。なんだ、どうなっているのだ。

 老爺は律子さんに問うた。


「では、その彼が婿殿?」

「その予定ですねー」


 勇太と郁己は目を剥いた。


「「ええええええ!?」」


 思わず声が重なる。

 周囲の人々が、親戚のおじさんおばさん、という風な目線を向けてくる。ニコニコしている。


「なんだ、また心葉は来なかったのかね。別に気にせんで来てくれれば良いのに」

「あの人のことを気にしているのでしょうね」

「炎帝流のあやつか。まだフラフラしとるのか?」

「年に一度帰ってきます」

「律子を放ったらかしにして、何をやっとるんだあやつは!!」

「宗主、落ち着いて」


 むきー!と暴れ始めた宗主を、周囲のおじさん、おばさんがなだめた。

 そして結局、宗主が言った、


「ここは良い所だ。五日間ゆっくりしていきなさい」


 との言葉で、この妙な面会は幕を閉じたのである。

 どうやら主役は勇太であり、郁己でもあったらしい。

 はめられた! と郁己は思うが、勇太も非常に訝しげな顔をしてるのでよしとする。

 ちなみに、勇太と郁己にあてがわれた部屋は一緒だった。


「……………」

「……………」

「これで布団が一つだったら笑うな」

「有り得そうなんだよね……」


 それでもまあ、勇太はすっかり緊張が解けているようだ。

 何を言われるのか不安だったのだろう。

 宗主と呼ばれていた、おそらくは勇太のおじいちゃんだが、厳しそうな人だった。孫や娘にはそれなりに甘そうだが。

 しかし、律子さんは自分のことを勇太の婿、みたいに見てたのかと思うと、フクザツな気分……いや自分が今までやってきたことを考えると至極自然。

 だがしかし、待って欲しい僕達まだ高校一年生。将来を決めてしまうには早過ぎるのでは無いか、無いか! なんてまたも内心で叫ぶ郁己。

 恐らくこの五日間は、自分と勇太を、周囲はそういう目で見るわけだろう。田舎は噂の伝達が速いというし、きっと明日にはこの集落中にその話が広まっているに違いない。なんということだ。別に困らないがなんということなのだ。


「あ」


 ここで勇太が声をあげた。


「手、握ったままだったね」


 そう言えば。

 お互い力を入れて握ってたので、強張ってしまっている。

 手のひらは汗を書いていて、ほんのり、お互いの匂いがした。


「座んなよ郁己。俺、お茶いれてあげる!」

「おう、頼む!」


 ということで、勇太の実家での五日間が始まった。

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