勇太、里帰りする。電車で行こう、山奥の景勝地
風景描写多いのです
毎年、金城家はお盆が近づく時期になると里帰りする。
どうやら、京都に近い山奥に実家があるらしい。正しくは宗家だろうか。
一応、金城家の律子さんは宗家の長女らしいのだが、事情があって本家を継いではいない。
金城家で道場を開いているのは、玄帝流という合気柔術だ。教える時には、実践派護身術くらいに緩くしているのだとか。
「今年は郁己も一緒に行こう!」
勇太が誘いにやってきた。
「へ? だって、本家の人たちとか、全国の人が集まるんだろ? 俺行っていいわけ?」
「なんだかね、母さんが郁己を連れて来なさいって」
「なんだろうなあ」
首を傾げながらも、8月は特別補習以外の予定が無かった郁己。
あっさり頷いて同行することになった。
メンツは、郁己、勇太、律子さんである。例によって金城家の父は留守であり、道場は5日ほど休むことになった。
心葉に行かないのかと聞いた所、
「私は玄帝流じゃないですから」
とのことだった。彼女もまた、何かしら使うのだが、だったとしたら、あれは何なのだろうと郁己は思う。そもそも家族で流派が違うとかあるのだろうか? いや、柔道と空手みたいに、別の格闘技を習っていたりするし、ありなんだろう。
三人で新幹線に乗り込み、最寄りの新幹線停車駅まで。
車内は完全指定席だったので、ゆったりと座ることが出来る。律子さんが後ろの隻で、勇太と郁己が隣り合わせだ。この辺り気を使ってくれたのだろう。
乗って早速、郁己は前の席の後ろについた網カゴから、鉄道情報誌を取り出して読み始める。
「ええー、郁己いきなり本読むの? お喋りしようよー」
「いやな、でも勇太。こういうのはここでしか読めないんだ」
「持ち帰ればいいじゃん。俺退屈になるよー」
「うう、しかしここで読むから醍醐味が……」
「だったら読むの邪魔する!」
「わ、わかった。お喋りしよう」
押し切られた。
二人で、昨日見たテレビの話とか、外から見える風景の話とかとりとめもないことを喋る。
まあ、これはこれで楽しいのだ。内容が楽しいというより、互いによく知っている相手と会話しているわけで、喋ること事態がとても自然な感じで落ち着く。
そういえば、勇太と自分は共通の趣味っていうものが無いよな、なんて郁己は思う。
今後、長く付き合っていく上で何かあったほうがいいのかもしれない。
郁己の趣味といえば、女体観察とか……あ、これは勇太も好きだな。
少しすると車内販売がやってきたので、アイスクリームを購入する。
郁己はバニラ、勇太はアップル。
二人で別々のを買って、ちょっとずつ分けあいっこするのだ。
「はい、郁己あーん」
「やめろようそういうのはー、あーん」
誰も見てないのをいいことに、いちゃいちゃごっこをして互いに笑い合う。
時折、二人にやり取りを聞いて律子さんが笑う声が聞こえた。
そんなこんなで、新幹線の中の時間はあっという間に過ぎ、次はローカル線への乗り換えだ。
ここはまだ、横向きに座る列車ではなく、互いに向き合って座る方式。
外の景色は山間になってきて、何度もトンネルをくぐっていく。
電車は急行だから、幾つかの駅を飛ばしていくが、無人駅なんかがちょこちょこあって興味深い。
中には、こんなところで誰が降りるんだという、山の中、林の中にぽつんと存在する駅もあって、興味は尽きなかった。
意外にも、勇太はこの駅の由来などに詳しくて、会話が弾む。
「何回も来てるからさ、覚えちゃった。母さんが教えてくれたんだよね」
「そうね、私もお父様……勇太のお祖父様から教わったのよ」
「へえ……」
電車で二時間も走っただろうか。
ちょっとトイレに行きたくなってきたな、と思った頃、電車は駅に到着した。
「あ、俺もトイレ行く」
勇太がついてきた。
そして、自然と男子トイレ、女子トイレで別れる。
あいつも完全に慣れたなーなんて感慨にひたる。
最初は女子トイレに入るにも凄い葛藤があったようだったが、今ではその辺の感覚も女の子である。
「和式だったー」
うえー、という顔をしながら勇太が出てくる。
ハンカチを持っていなかったらしいので、郁己は自分のものを貸してやった。
「和式はちょっとめんどいし、臭いよなあ」
「うんうん。洋式がいいよね。上田くんがいたら結構語りそうだね、こういうの」
「あいつトイレ博士だからな……」
駅前に迎えの車が来るらしい。
とりあえず、近くに茶店があったので、そこに立ち寄って時間を潰すことにする。
この辺りは景勝地みたいにもなっていて、山は人が入れるよう、ハイキングロードなどが完備されているらしい。
日帰りの観光客もいるようだ。
茶店で甘味を食べながら待っていると、車が到着した。
リムジン……とかではなく、普通の乗用車だった。わいわいと乗り込む。
運転手の男性が郁己を見て、
「ああ、そちらが」
「ええ、候補です」
なんて律子さんと意味ありげな会話をした。
また、車内で窓から見える風景について、勇太が解説する。
「あら、普段は寝てしまうのに、今日の勇太はずっと起きているのね」
律子さんが笑った。
勇太は何やらちょっと、顔を赤くして、
「今日はずっと喋ってるからだよ」
つまり、郁己がいるからか。
車はよく手入れされた山間を抜けていく。
日差しは明るく、照らされた緑の木々が鮮やかに視界を彩る。
時折、ハイキングから帰る人々とすれ違う。
もうそんな時間なのだ。車の時計は15時を指していた。
やがて、横合いの並木が途切れると、この地域に暮らす人々のものらしい墓地が見えて、それなりに立派な寺社があった。
ほど近く、やや小高くなった所に大きな屋敷がある。
いや、あれは道場だ。
車が停まる。
「ここが、勇太の実家かあ」
「母さんの実家ね」
勇太が訂正する。
眼下には大きな池が広がっていた。集落という印象。
あちこちに田畑があるが、地形は山の斜面に近く、あちこちが棚田に似た作りになっていた。
郁己の目の前で、勇太が道場の扉を開ける。
「ようこそ郁己。ここが玄帝流宗家だよ」
郁己はなんだか、自分は嫁の実家に顔を出す旦那の気分だな、なんて思った。




