海水浴、荷物番たちのまったり時間
「っぷはあーーっ! 潮の香りの中で飲むビールは美味いわー!」
「綾音さん、お酒大丈夫になったの今年の5月からですよね」
「大学入ってりゃ、結構バンバン飲むのよ!」
「そんなものですか」
心葉はパラソルの下、のんびりと何か読んでいる。
「ん? 心葉ちゃん、それなに?」
「電子書籍です。かさばらなくて、たくさん本を入れて置けるんですよ」
一見するとタブレットのように見えるが、なるほど、画面は引っ込んでるし、なんだか全体的にシンプルだ。
「太宰治全集が無料だったんでダウンロードしておいたんです」
「うへえ、硬いもの読んでるのねえ。そういうのはもう、受験勉強だけで充分だわ」
「そういうものですか」
また心葉は読書に戻る。
綾音も誰に気兼ねすることも無く、ビールを口にしながら浅瀬ではしゃぐ若人達を見つめてのんびり。
「あーーーーーーーーーー。彼氏欲しいなーーーー」
「……大学で作ればいいじゃありませんか」
「んー、そうなんだけどねー」
ごろごろ。
「心葉ちゃんは彼氏とかいるの?」
「いえ、おりません」
「欲しいとか思わないの?」
「特には」
「あたしは欲しいなあー」
「そうですか」
ごろごろ。
「心葉ちゃん、うちの郁己や勇太くんと一緒の学校なんだっけ?」
「いえ、別です」
「なんで?」
「学力的にランクを下げる必要がありませんから」
「そっかー。頭いいんだねえ」
「いえ、別に」
ごろごろごろ。
さて、少しすると、心葉が読む電子書籍の画面が翳った。
心葉が顔を上げると、何やら腕に刺青したお兄ちゃんたちがいる。タトゥーシールかもしれない。
「ねえ、女の子二人で何やってんの? そっちの人お姉さん? 水着とか着ないの?」
「もしかして暇? それならさ、俺たちボート持ってるんだけど、一緒に乗らない? 沖までいけるぜ!」
心葉は無表情に彼らを見ると、スッと綾音を見た。
「良かったですね、男の人ですよ」
「あー、パス。そう言うのすきじゃないから」
「なるほど。……だ、そうです」
くるっと男たちに振り返って言った。
綾音はそれなりの容姿の女性で、髪は長いが今はシャツにホットパンツのラフな格好。
心葉は赤っぽい色のワンピースで、髪質はちょっとつんつんしてるが勇太より髪を長くしている。目の大きな美少女なのだが、あまり表情が無い。
「いや、そんなこと言われてもなあ」
男たちも、ちょっと取り付く島のない心葉に戸惑う。
「ちょっとでいいからさ、ね?」
「マジで楽しいから。BBQだってやるから! ご機嫌な音楽聞いて、楽しく遊ぼーよー!」
「……それは私に言っているんですか?」
じーっと、心葉は相手の目を見て離す。
非常に眼力が強い。
男ども、ちょっと困った感じの雰囲気になる。
だが、どこにもお馬鹿はいるもので。
「あー、もう! 細けえ事はいいんだよ! マジですげえんだから、こっち来て遊ぼうぜ! なあ!」
と、日焼けした腕で心葉の二の腕をガッチリ掴んだ。
心葉の目が細くなる。
綾音は、「あ、やべ」と言ってちょっと距離を取る。
だがしかし、ここで浅瀬から城聖学園組の到着である。
「こらー!!」
勇太が頭から湯気を出しそうな感じで怒りながら走ってくる。
「お! また可愛い子が! ねえ、君も一緒にーーーーーぃっ!?」
次の瞬間、勇太に軸足を跳ねられて、二回りも大きな男が宙を舞った。ばたーんと砂浜に叩きつけられて、もうもうと砂煙が上がる。
「妹に何をする!」
勇太が腰に手をあて、ぷんすか。
後に続いて、夏芽に和泉、上田、そして何故か頭から海藻を垂らしている郁己もやってくる。
楓はおろおろしていたが、上田がかばうように前に立つと、後ろにサッと隠れた。
多勢に無勢である。
いかに若い子が多いからと言っても、女子五人、男子三人に囲まれると、いささか分が悪い。
それに周囲の目も痛い。
「じゃ、邪魔したね! それじゃあ!」
ふっとばされた男を回収して、彼らは逃げ去っていった。
基本的に、悪人というわけではないらしい。
オツムが少し悪いのだ。
「兄さん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「……兄さん?」
首を傾げる夏芽。
「……姉さん」
しれっと言い直す心葉。
「それにしても、金城さんは強いねえ! 俺は驚いたよ。あんな大きな相手を投げ飛ばすなんて。柔道? それに、妹さん思いなんだね」
「一応、合気道の仲間みたいなやつだよ。あと、心葉を守ったっていうか、相手を守ったっていうか……」
えへへ、と勇太は笑った。
「うんうん、勇はファインプレーだな。危うく楽しい海水浴が血まみれになるところだった」
「心葉は手加減知らないからねえ」
「そんな事はありません。死なない程度にやれます」
無表情だが、ちょっとプンスカしている雰囲気の心葉。
不穏な話題に、和泉もちょっと顔が引きつる。
「ま、まあ何も無くてよかったじゃないか。ねえ、綾音さん」
「ん、あ、ああ、そうね、そうだよねー」
割りと出来上がってる綾音がケタケタ笑った。
郁己は、姉の春はまだ遠そうだなーとか思う。とりあえず男運が無いのと、間が悪いのと、人を見る目が無い人なのだ。
「皆さんもう海水浴は終わりですか?」
電子書籍をカバンにしまい、心葉が立ち上がった。
「ええっ、だって来たばかりじゃん! これからお昼ごはんだよ!」
「そうですか」
また心葉は座って、電子書籍を読み始める。
「それじゃあ、私は綾音さんを見守りながら読書をしてますので、ごゆっくり」
「金城さんの妹さん、変わってるよね……」
「孤高の女性って印象だな。俺は結構好きだよ」
「勇と全然似てないけど、なんか怖い子だよね」
「かっこ、いいと思った、よ」
「心葉ちゃんは最初会った時からあんな感じだったからなあ」
「そうだねー。まあ悪いやつじゃないよ」
わいわいと若者たちが去っていった。
綾音はうとうとしながら、心葉に問う。
「心葉ちゃんは泳がないわけ?」
「……」
「水着持ってきてたでしょ」
「……です」
「え、なんて?」
「泳げないんです」
なるほどなー、なんて思いながら、綾音は眠りの海に沈んでいった。




