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海水浴、波間のビニールいかだと泳ぎの練習

「よし、借りてきたぞ。こいつでちょっと先の浅瀬まで繰りだそう!」


 和泉が担いでいるのは、ビニール製のいかだである。

 色が水色で透けていて、割りと大きい。4人位は乗れそうだ。


「それじゃあ、これを沖まで押すのは男子の役目かしら?」


 夏芽が言うと、


「ハハハ、このチーム最大の馬力を誇る方が何を仰…ぐべ」


 郁己が神をも恐れぬことを言ったので、全国を狙えるスパイクが脳天に降り注いだ。


「あ、でも私泳ぐよー! 結構パワーあるしやってみたかったんだ!」


 勇太がぶんぶん腕を振り回す。


「あの、わたし、泳げない、から……」

「水森さんには、俺が浅瀬で教えてあげるよ!」

「ほん、と? 上田くん……」


 あちらの二人は二人きりの世界に入っていっている。

 このまま彼らだけの世界に浸らせたいところだが、上田が浅瀬で教える気満々だ。

 楓はいかだの上に搭載していくことになるだろう。


 準備のいい和泉は、既に完全にふくらんだ状態でいかだを持ってきている。

 郁己、和泉、上田の三人が、高らかにいかだを担いで走った。

 後ろをついていく、背の丈凸凹な三人の少女。

 みんなレベルも高いし、目に付く水着だし、で周囲の注目を集める。


「ううう、この、みず、ぎ、派手すぎた、かもぉ……」


 自分より背の低い勇太に隠れるようにして、おどおどと楓。


「えー。だって、上田くんあんなに喜んでくれたじゃん! 絶対大成功だって! 楓ちゃん可愛いし、似合ってるし、自信持っていいよ!」


 心の底からそう思ってるっていう顔をして勇太。

 この娘は裏表というのが殆ど無いので、楓も彼女の強い言葉に安堵する。


「そう……かな。なんだか、長い、こと、見てくれないし……」

「それはね、ムッツリスケベなのよ。本当は凝視したいわけ。だから、水森さんは堂々としてればいいのよ。チラチラ横目で見させてあげるといいわ」

「そ、そうなんだ……!」


 ハッとしたように楓。

 確かに、上田はいかだを海に浮かべながらも、ちらっちらっとこちらを伺っている。

 見てくれてる、と思うと、なんだか体の奥がじんわり熱くなってきて、嬉しさがこみ上げてくる。

 上田と楓はまだまだ正式なお付き合いじゃない、というのはこの二人だけの見解で、傍からみてれば初々しい、しかし立派にカップルだった。


「さあて、仕方ない。チーム一番の馬力の私が、押しますかね!」


 ざぶざぶと夏芽が水中に分け入っていった。


「私も手伝うよー! よーし、やるぞっ!」


 二人の横に、和泉が並ぶ。


「女の子だけに任せていたら申し訳ないからな」


 流石のイケメン力である。

 一方、郁己は堂々といかだに上がっていった。

 下の三人からブーイングが巻き起こる。


「ノーノー、リーダーは全体が見えるところで采配を振るわないといけません!」

「本音は?」

「諸君のような体力バカと一緒に泳いだら大変なことになりそうだ」

「ひっくり返せ!」

「ほぎゃああー!?」


 郁己が乗ったまま、いかだが人為的な理由で転覆。

 哀れ、郁己は海へと投げ出された。

 その後いかだは、浅瀬へ向かう動力が一名追加され、上田と楓を乗せて出港したのである。


「ははは、水森さん、風が気持いいよ」

「上田、くん、わき、くすぐったい、よ」


 なんか二人でタイタニックごっこをしている。


「楓ちゃんが喜んでくれてよかったねえ」


 勇太はニコニコしながらも、なんだかじーっと楓の後ろ姿を見ている。

 いつもの控えめな楓と違って、ビキニに見える背中が刺激的だ。細くて白いっていうのは、それだけで保護欲を掻き立てられるものなのだな、なんて実感する。

 夏芽は、いかだの動力が機能していない事に気づいた。

 案の定、和泉の横にいる男が、いかだに掴まったまま動かずにまったりしているではないか。


「坂下くん!」


 名を呼びながら、長い足で水面下からぺちんと蹴飛ばすと、


「ぎゃぴい」


 何か叫びながら沈んでいった。


「うおっ、坂下ぁー!」

「郁己は多分大丈夫だよ、ああ見えてしぶといから」


 そして浅瀬へ到着。

 振り返ると、砂浜が一望にできる。

 そう離れているわけではないけれど、ここまで来ると人はぐっと少なくなる。

 ちょっと先に行くと、この先遊泳禁止のブイが浮かんでいるから、あそこまではいかないように注意。

 和泉がいかだの固定役を買って出たので、そこを目印として、楓の泳ぎの練習が開始される。


「水に、顔、つけたとき、鼻に水はいるの、が、こわくって」

「鼻からは空気を出せばいいんだよ。やってみて!」


 楓がはぐれないように手をぎゅっと握りながら、上田が教える。

 その横で、勇太がぷかぷか波間に浮きながら、夏芽につつかれてくるくる回っている。


「あはははは、くすぐったいけどよく回るー」

「勇ってすごく水に浮くのね。私はたまに沈みかけたりするんだけど……やっぱりこの大きい浮きがあるからかしら……」

「あきゃー、揉まないで!」

「うっ」


 上田も前かがみになって、水中に没した。

 目をギュッと閉じて潜っていた楓が、上田が目の前に来たことに気付いて、目を開いた。そして「?」という顔をする。

 上田は照れ笑い。

 二人一緒に自ら顔を上げる。


「水中で目を開けられたね、水森さん」

「うん、ちょっと、目、いたいかも」

「塩水だから、水中メガネがあったほうがいいね」

「うん、だね。それ、で、上田、くん、なんで、ずっと、しゃがんだまま、なの?」

「深い事情がございまして……」


 上田は恨めしそうに、きゃっきゃうふふとじゃれあう女子二人を見つめた。

 しかし、ここで楽しんでいる男女五人は忘れていたのである。途中に一人置いてきたことを。

 彼は古めかしい泳法に秀でた男である。

 水中を、すいーっと近づいてくる。波に紛れての見事な接近、気づく者はいない。

 いつの間にか、郁己の顔には水中メガネが装着されていた。

 彼はしっかりと、水面下にある少女たちの肢体を見ながら接近していく。


「ひゃっ!?」


 夏芽が悲鳴を上げた。

 何か、太ももとお尻をさわっと撫でられたような。


「どうしたの?」

「な、なんかいる……!」


 勇太がきょろきょろ辺りを見回した。

 波間に、不自然な色が一瞬見えた気がする。

 勇太はぷかぷか浮かびながら、全身に神経を集中。

 すると、さわっと……いや、むぎゅっとお尻を触られた。


「そこだ、郁己ぃーっ!!」


 即座におしりを触った手を掴んで、水面でぐるんと回転する。すると、まるで一本釣りのように郁己が水上に跳ね上げられ、


「うおわーっ!」


 浅瀬にぺちんと叩きつけられてピチピチ跳ねた。生きが良い。


「さすが、金城さんの業前は見事だなあ」


 いかだを抑えながら、和泉は感心した。

 この日、とりあえず楓は、怖がらずに水に顔をつけられるくらいになったのであった。

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