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男たちの挽歌とラッキースケベ。プール清掃後編

 静かに悶々と哲学し、女子の尻とは、乳とはと考えていた郁己だが、ふと振り返った勇太と目が合った。

 男子達も下は水着を着ており、上着はシャツの者も多い。

 流れた汗で、郁己のシャツも透けているのだろうが、こちらを見て、何を勇太はにやにやしているのか。なんであんなに嬉しそうなのだ。

 解せぬ。


「グフッ、坂下くん、そろそろデッキブラシ部隊が走るよ!」

「おおっ、伊調! よし、一つ俺達の凄さを見せつけてやるか」


 郁己と、その部下の”猟奇なる”の二つ名を持つ伊調、そしてこの場で即興で結成された男たちに寄るデッキブラシ部隊が雄々しく立つ。


「行くぞ!」


 プールの端で、男たちはブラシを手に構えた。疾走の準備は充分。


「出動!」


 掛け声とともにかけ出した。

 デッキブラシがプール底を削り、緑のコケを擦り落としていく。その勢いを殺さぬまま、男たちが走るのだ。

 だが、プールとは魔物である。

 擦り落としても、コケは圧倒的潤滑力で、男たちの足裏の摩擦を奪う。


「ぐわあーっ!」


 伊調が倒れた。


「伊調ーっ!!」

「大丈夫だよ坂下くん! 僕はこうなってからが本番さ!」


 伊調が倒れ込みながら、素早く受け身をとって仰向けに。そのままの姿勢でつつーっと女子たちの方向に滑っていく。なんと猟奇的な動きだろう。


「グフッ、鍛えぬかれた脚、ピンと張った臀部、秘密の花園……絶景!!」


 彼はどんと立つ岩田夏芽の踵に突撃すると、仰向け姿勢で下からの絶景を楽しむ。


「え? ……………!!」


 流石に男勝りな夏芽も、目線を下ろしたら猟奇的な男が、自分の股間をニヤニヤ見上げていれば恐怖を感じる。


「しっ、死ねえええええ!!」

「オギャアアーーーーッ」


 出身中学を全国に導いた殺人スパイクが伊調に決まった。

 男たちは戦友の奮闘に涙しながら、駆け抜ける。

 そして、次々と滑り、転んでいく。

 そう、この転倒は仕組まれていたのだ。

 目当ての女子にアピールするため、もしくは、ラッキースケベをするため、男たちは戦場へ飛び込んでいく。

 その多くが無残な最後を遂げたが、彼らの顔に後悔の二文字は無かった。


「おお、戦士たちが倒れていく……!」


 最後に残った郁己は、涙無くしては彼らを見送ることが出来ない。

 せめて最期に残った俺は……と思って、特段自分に目的が無かったことに気付いた。


「……最後まで掃除するか」


 伊調みたいにはなりたくない郁己は、真面目にデッキブラシをかけて走った。

 そして折り返し地点、視界に勇太が見えた時だ。


「おー、真面目にやってるね、郁己!」


 ポーンとすれ違いざまに肩を叩かれて、そのはずみで足が滑った。

 ステーンと見事に転び、「ぬおっ」デッキブラシが脚に引っかかる。

 妙な固定を得たブラシが、通り過ぎたばかりの勇太のお尻にさくっと挟まった。


「うきゃあー!!」


 悲鳴を上げて飛び上がった勇太、着地際でつるっと滑り、お尻からプールの底に着地……いや、そこに郁己の顔があった。

 あえて効果音をつけるなら、むぎゅん、という感じだろうか。


「…………」

「…………」


 二人共しばし無言。

 それを見ていた人々も、少しの間無言になった。


「坂下くん……ナイス、ラッキースケベ……!!」


 伊調の言葉で全てが動き出す。


「か、金城さん、だ、だい、じょうぶ? お尻、うって、ない?」


 楓が慌てて、勇太を助け起こしに来る。

 夏芽は無言で、勇太の脇に腕を差し入れて、すくっと起こした。


「ひ、ひええ……郁己の顔に座っちゃった……。息が、息がふーって」


 勇太、完全にパニック状態である。

 対する郁己は、勇太のお尻プレスの衝撃か、はたまた幼馴染の女性らしさを超至近距離で体感した衝撃か、鼻血を垂らしながら目を回していた。

 無論、保健室送りである。

 付き添いの勇太ともども、退場。


「何をやっとるんだお前たち……」


 大沼女史、呆れた、という物言いをしながらも、そこには笑顔が浮かんでいる。

 まあ、こんなバカは学生の時分しか出来ないからな。

 そういう、幾学年もの学生たちを見てきた教師の顔だった。

 だが、その背後から近づく男たちがいる。


「大沼先生、お覚悟!」

「熟女最高!!」


 叫びながら、男たちはテロ行為を行った。

 ホースで水をぶっかけたのである。


「ぎゃーっ!! こ、こら貴様らーっ!!」


 水に濡れて上着を透けさせた大沼女史が、プールサイドで男子生徒を追い回す。


「熟女とはなんだーっ! これでも新婚一年目でギリギリ20代だーっ!!」


 そっちを怒ってるのか。

 このような混乱の中、粛々と清掃を続けた真面目な生徒たちにより、プールは見事、昨年までの汚れを落としきった。

 水が注がれていくプールを、学生たちが満足気に見つめる。


「たの、しみ、だ、ね、プール」

「そうね。水森さんは彼氏と泳げるといいわね」

「ん、ま、ま、まだそんな、じゃ、無いよ」


 楓と夏芽は、太陽が揺れる水面を見つめて語らう。

 否定はしてしまったが、楓は上田と、友達の関係から一歩進みたいと思っていた。

 プールだって大事なイベント。彼との思い出を、こうして増やしていきたい。

 そして楓は思うのだ。

 保健室に行った勇太と郁己もまた、同じ気持でいるのかな、と。




「もーっ! 郁己のスケベ! エッチ! 変態! でもホント、怪我が無かっただけよかったよ」

「うう、済まんなあ勇太。しかしお前、育ったなあ。凄かったなあ」

「もーっ!! 郁己のスケベ! エッチ! 変態!」

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