プール開き前、清掃活動・前編
いよいよ7月に突入。
雨ばかりだった日々に、少しずつ晴れの日が差し込まれて、気が付くと日差しの強さは、肌をじりじりと焼くほどになってきている。
夏服になった生徒たちの間でも、半袖で登校するものが増え始めていた。
無論、元気の塊である金城勇太もその一人。
誰よりも早く半袖になると、その健康的な腕をむき出しにして、からりと晴れた7月の陽気を堪能している。
登校の電車の中、珍しく座れた郁己と勇太。
相方が妙にウキウキとして落ち着かない。
ひっきりなしに肩をぶつけてくるので、その理由を尋ねてみた。
「どうしたんだよ勇太、随分ご機嫌じゃない」
「うっふっふー、郁己は何も感じない? だって、来週からプール開きじゃん! 俺、今年は泳ぎまくるって決めてるんだよね!」
「おおっ」
プール開き……そう聞いて連想するのは、水着である。
城聖学園高等学校のスクール水着は、女子もまだ、古きよきあの形のままである。
デザインが他校とは若干違っていて、紺色の布地と肌色の境界に、淡い紫のラインが入っている。十何年前だかに、有名デザイナーに作らせた形だそうだ。
これもまた、他校にないオンリーワンデザインのため、人気の源。
城聖学園高校は、男子と女子で入学の競争率が違うという話である。
「ふむ、岩田さんは鍛えぬかれてるから凄そうだな。脚とか注目かもしれない」
「うん、俺、正直更衣室で一緒に着替えてて、直視したら正気を失いそうだ」
勇太は身体こそほぼ完全に女の子になっているが、まだまだ女子歴四ヶ月弱の若造である。その心は限りなく、中学生男子に近かった。
「女子は合同授業なんだろ? そしたら、水森さんとも一緒になるじゃないか」
「あの儚げな感じが堪らないよね。胸とかお尻とか薄いけど、スク水女子に貴賎はないよ! 俺は平常心を保てるか不安だよ」
そう言いながら、勇太がちょっとニヤニヤしている。
こいつっ!
あまりの羨ましさに、郁己は親友に対して殺意を覚えた。
そしてふと気づく。
彼女の胸元を押し上げるボリューム。きゅっと引き締まったウエストラインと、健康的な腰回り、むっちり肉のついた太もも。
「……勇太、男子達からすると、お前も完全にそういう対象だぞ。っていうか、女子たちの中でも上位レベルの注目を集めるんじゃないか?」
「いや……、そ、そういうのはノーサンキューだぜ……」
勇太の笑いが引きつる。
だが、すぐにその笑顔はふにゃっとにやける。
「だけどな、郁己、実は今日は、もっと大きなイベントがあるんだ!」
「おお……あれか」
プール清掃である。
郁己も知らないわけではなかったが、面倒くさいもの、という意識が強くて気にしていなかった。むしろそんなイベントは無くなってしまうがいい。
「ばっかだなあ。女子の格好を知らないの? Tシャツと、下は水着だよ!」
「なん……だと……!?」
「郁己ともあろう者が、チェックが甘い……」
「うぐう」
おのが見識の甘さに、郁己は呻いた。なんたることか、この郁己、木ばかりを見て森に気付くことができなかった。
そうなれば、確かにプール清掃はイベントである。
先日、男子も女子も希望者から選ばれて、今日の昼頃、一時限ぶんの時間を使って三クラス合同で行うはずだ。
郁己はやる気など無かったが、勇太の熱烈な勧誘に負けて参加してしまっていた。
「まあ、俺としては女子も楽しみだし、郁己の水着も……」
「ん? 俺がどうしたの」
「なんでもなーい」
ぷいっと勇太はそっぽを向いてしまった。
さて、エッチなこと大好きな郁己がプール開きイベントに気づかなかったのには理由がある。
それは、学期末に迫った期末テストである。
今月は後半から夏休みに入るというのに、イベント盛り沢山。
プール開きから、インターハイの応援、期末テスト。
ぎゅっとつめ込まれたイベントの最後にテストを持ってくる辺り、教師陣は生徒の苦しめ方と言うものをよく分かっている。
郁己はテスト対策を今から始めていた。
自分だけならそう問題はなかろう。
問題は、ステータスを体力に全振りしている幼馴染のことである。彼女に落第点など取らせようものなら、夏の補習という恐ろしい罠が待っている。
まあ、二人で補習に参加して、塾の代わりにしてしまうという手もあるが。
さて、嬉しくも楽しい、肉体労働の時間がやってきた。
男子達は張り切り、既に前の授業から体操着の者まで出てきている。
女子達はというと、参加者に選ばれた女の子たちはウキウキとして、水着の袋を持って外に出ていった。
勇太も、夏芽にひょいっと抱き上げられて持って行かれていた。
顔が緩んでるぞ、勇太。まあ、勇太は抱き上げるのにちょうどいい大きさではある。
ちなみに、制服の下に水着を着てこようとしたらしいのだが、律子さんと心葉ちゃんにすごく止められたらしい。
さあ、男子達も出発の時間だ。
一年間水を貯めたまま放って置かれたプールは、異臭を放つ池と化している。
清掃前に、前もって水は抜かれていたが、それでも底にこびりついたコケやら何やらで、ぬるぬるとしてて臭い。
まずは、体育担当教諭の大沼女史がホースから激しく水を放った。
水流が猛烈な勢いで、コケを押し流し、洗い流していく。
「よーし! 清掃部隊行け!!」
大沼女史が雄々しく宣言した。
「はーい!」
「うっしゃあ、いっちょやるか!!」
「グフッ、女子の水着、お尻……」
それぞれに威勢のいい声をあげながら、生徒たちはからのプールへと挑んでいく。
デッキブラシでごしごしやりながら、ホース担当の生徒が水を発射。こすり落とした汚れを洗い流す。
その途中で、水がかかってしまうのは約束されたハプニングといえよう。
Tシャツが張り付いた水着はなんとも艶かしく、同年代の男たちのハートを直撃する。
中には、清掃を忘れて水の掛け合いっこになっているところまである。
郁己は油断すること無く、真面目に清掃に勤しむふりをしながら、女子の姿をガン見していた。
「よっしゃー! 高いところから水いくよー!」
夏芽が叫んで、その長身よりなお高く、ホースを上向かせる。さらにホースの口を指先で潰して、飛沫が辺り一面に飛ぶようにする。
強烈なシャワーに、女子達が笑いながら逃げ惑う。
うむ、夏芽もいいお尻をしている。バレーで鍛えられた身体は引き締まっていて、じつにかっこいいな。なんて郁己はシャワー攻撃を回避しながら鑑定する。
「ひ、ゃああ……」
「楓ちゃん逃げろー!」
勇太と楓が笑いながら手を繋いで、夏芽から逃げていく。
楓は本当に手足も細く、日にあたって無いんじゃないかというほど白い。普段なら肌をむき出しにするなんて絶対ありえないような彼女が、今は水着に身を包んで、陽光の下を走っている。その光景に郁己は太陽の素晴らしさを思うのである。
夏のプール清掃が男たちを哲学者にする。
一話で終わるはずだったのですが、男女のきゃっきゃうふふを書いていたら尺が非常に伸びたのです




