出来たてカップル報告会、六月の終わり。
六月も終わりにさしかかろうという頃だ。
郁己の周りは、上田が奇跡の逆転ゴールを決めたという真実に沸き返り、女子達は世界にはまだまだ驚異があると話し合い、男子達は新たなるリア充の誕生に、嫉妬の炎による団結を固めている。
「まー、友達からっていうことみたいなんだけど」
あの後、勇太は楓に上田の気持ちを伝えたことがきっかけで、たまに双方のクラスを行き来するようになった。
郁己としては勇太に女の子の友達が増えたようで、ちょっと嬉しくもある。
そんな勇太からの提案だ。
「楓ちゃんが、帰りに一緒にどうですかって」
「俺たちをお誘いということか」
郁己と勇太も、外に対しては友人同士、ということをアピールしているので、友達からスタートした上田・水森ペアと同席することはやぶさかではない。
むしろ上田を煽ったり、楓にフライングで思いを伝えてしまった側として、結果を見届けねばという変な責任感はあった。
「よし、行こう」
「そうだね。でもちょっと意外だよ。楓ちゃん、知らない人を誘ったりなんて前なら絶対言わなかっただろうになあ」
割りかし社交的な上田の影響だろうか。
二人は放課後、約束したいつもの駅前バーガーショップへとやってきた。
適当に見繕った、窓際の四人席を陣取ると、いつものセットを買ってまったりとする。
「勇太、もうすぐ夏だよなあ」
「そうだねえ。去年は受験で泳げなかったから、今年は海行きたいよ」
「行くか、海」
「行こう、海」
郁己は身体を起こした。
「しかし勇太、その前にプール開きがあるけど……女子の水着とか大丈夫なのか?」
まだついてるんだろ? と暗に滲ませる郁己。
だが勇太、ちょっと俯いて、
「いやー、その、実は今月頭くらいで完全になくなりまして……」
「なんだと!」
聞いてない! もう一月近く前に、立派な女の子になったというのか!
郁己は悲しんだ。何故俺に報告が無かったというのだろう! 盛大に祝ったのに!
「いや、そうやって祝われるからやだったんだよ! っていうか、その頃は郁己の誕生日プレゼントやらで頭がいっぱいで、それどころじゃなくって、気がついたらもう……」
「そうか……。しかし、勇太もこれで、憂いなく女子の水着を……。楽しみにしてる」
「しなくてよろしい」
なんてやりとりをしていたら、初々しいカップル未満の登場である。
「わりい、待たせたな」
「か、金城、さん、お待たせ」
上田は郁己の隣に、楓は勇太の隣に腰掛けた。
二人はカバンを置くと、一緒にカウンターへ注文に行く。
まだまだお互いの間で会話は少なく、ぎこちない様子だ。
「いやあ、初々しいですな」
「そりゃ出来立てのカップルだからねえ。っていうか、よくあの二人付きあおうと思ったよね」
饒舌なタイプの上田と、全くもって無口な楓である。
恐らく上田が一方的に喋る関係になっているのだろうと思ったら。
戻ってきた二人は腰掛けると、
「まあ、そういうわけで、俺達、友達から始めることにしまして、お世話になった金城さんにお礼を言おうと思って」
「何爽やかになってんだよ上田。お前そんなキャラじゃねえだろ」
言った郁己のスネを勇太がつま先で蹴った。
郁己がスネを抑えてのたうち回っている横で、勇太は笑顔を作って、
「良かったよ、私、早とちりしちゃったかと思って。それでも結果オーライだよね」
「そんな……こと、ない……。背中押して、もらえなかったら……ずっと、そいう、の、出来なかったとおもう」
少しどもりながら、楓は小さな声で言うと、笑顔を見せた。
楓が喋る速度はゆっくりで、一言一言確認するように口にするから、言葉が全部発されるまで時間がかかる。
だが、上田はそれをゆっくりと待ち、楓の言いたいことが全て出てきてから言葉を返すようにしているようだった。
(へえ、ちゃんと彼氏やってんじゃん)
勇太はちょっと、上田を見直す。
スネの痛みから開放された郁己は、勇太が意味ありげにこっちを見ているのに気づき、
「?」
と首を傾げた。
勇太が凄い目をしてこっちを睨んだ。
なんだなんだ。
「それでさ、色々二人きりだと、その、緊張しちまうこともまだ多くてさ、夏とかどっか行く時、一緒に行ってもらっていいかって。今日はつまり、そういう相談」
カップル仲間としてな、と暗に言われている。
郁己も勇太も、うーむ、と唸る。
「んじゃ、とりあえず、俺と勇で、夏一発目に海に行こうって話してるから、来る?」
郁己の提案に、上田と楓はちょっと固まった。
「ううううううううう、海」
上田の脳内をピンク色の妄想が駆け巡る。
楓の水着、色白で華奢で、長い髪をアップにした楓が水着姿で浜辺にいて、自分に呼びかけてくる姿。
上田は震えた。
なんということだろう。神は死んだとニーチェは言った。だが違う、神はいたのだ! 少なくとも上田のもとにこの夏やってきたのだ!
「う、海……。い、いいねぇ……」
楓がにっこり笑った。
楓の脳裏を、空想が過ぎていく。
パラソルの下、ビーチに腰掛けて本を読む楓。その隣で、のんびりと上田がくつろいでいる。頬を撫でる潮風と、優しく過ぎていく時間。
自分にはこんな、本の中の登場人物みたいな時間は過ごせないと思っていたけれど、それが現実になるのかもしれない。不思議、現実は本の中よりもたくさんの驚きが満ちているのかもしれない。
二人は全く違う思いを胸に、最後は同じ返答に行き着いた。
「「行こう、海」」
ああ男の子の煩悩たるや




