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上田悠介が告白したい。後編、6月下旬の昼下がりの保健室。

 何の決心もないままの告白である。

 上田悠介は死ぬかと思うほどの勇気を振り絞らねばならなかった。

 学校で大をいたす事を屁とも思わぬ彼は、豪胆な人物であると思われている。

 事実、同級生たちよりは腹も据わっており、自分が何と言われても特に気にしないだけの豪胆さはある。

 だが、それは自分に限っての話だ。

 告白というやつは、そこに相手の気持が介在しているのだ。

 自分一人が大丈夫なだけでは話にならない。

 上田悠介は本気であった。

 本気であの内気な文学少女を好いていた。

 だから、この告白が失敗して、彼女に嫌われることで、自分たちの接点が消滅してしまうことが恐ろしかったのである。


「すっすっ、好きです、好きですずっと前から、いや5月から、いや、大講堂に一緒に行って……ううう、これじゃダメだ!」


 授業中に呻きながら頭を抱える上田に、その時限の担当教諭は訝しげな目を向けた。


「上田君、体調が悪いようなら保健室へ行きたまえ」


 渡りに船である。

 静かな保健室であれば、考え事にも集中できよう。


「はっ、上田悠介、保健室へ行ってまいります」


 ふらふらと教室を出た。

 保健室でしばらく、告白の言葉を練るつもりだった。

 例え上田が何も思いつかなくても、参謀である和泉が気の利いたセリフを考えてくれることだろう。

 だが、そんな借り物のセリフで良いものだろうか。

 自分は本気なのだ。

 本気で水森楓のことを好きになってしまった。

 面識はあるが、図書室に通い詰めても目を合わせることもできなかった。その程度の関係だが、少しでも親しくなりたかった。

 金城さんの早とちりにより、恐ろしく告白までの時間が短縮されたが、出会いが突然だったのだから告白のタイミングも突然になるのは仕方ないのではないか、なんて上田は思った。

 金城さんは悪くない。可愛いし。


 ガラリ保健室の扉を開けると、養護教諭は留守だった。

 ベッドを利用する人間は名前を書く必要があったので、机の上の名簿に自分の名前とクラス、症状を書き込む。

 カーテンを開けて、ベッドへと潜り込んだ。


「………!」


 息を呑むのが聞こえた。

 振り返ってみると、黒髪のほっそりした女の子がベッドに横たわり、こっちを見ている。

 彼女は寝ているというのにメガネを掛けていて、持ち込んだのだろうか、文庫本を開いていた。


「みっ……水森、さん……!!」


 上田も息が止まりそうになるのを自覚する。

 なんてことだ。突然にもほどがある。

 心の準備なんて何も出来ていないのだ。

 しばし、二人は見つめ合って時間が経過する。

 何か言わねばと思うのだが、こういう時に限って何も出てこない。

 いつもならばどうしようもないセリフが次々に浮かんできて、それを脊椎反射に任せて口から吐き出すのだが。

 く、苦しい。

 ともかく、ベッドに潜り込んだ。

 心臓がバクバク言っている。


「みっ、水森さん……は……どう、したの」


 気が付くと声を出していた。

 上田の脊椎反射が仕事をしていた。

 クソ、俺の脊椎め空気を読め!

 目線を向けると、水森楓は潤んだ目でこっちを見ていて、口を小さく、ぱくぱくと動かしている。

 言葉が出てこないのか。


「や、そのさ、無理して言わなくていいから……」

「…………貧血……」


 消え入りそうな声でそれだけ、彼女は言った。


「そ、そっかあ」


 それで会話が途切れる。

 沈黙。静寂。気まずい。

 何も言葉が湧いてこない。

 何か話題を探さねば、と思っても、浮かんでくるのはシモネタやトイレの事ばかり。

 平時の自分の思考が恨めしくなる。

 どうしよう、どうしようなんて思っていたら、視線を感じる。

 楓がじっと、文庫本の向こうからこちらを見ているのだ。

 目が合うと、楓は目線ギリギリまで本を持ち上げて顔を隠すが、目だけは隠れていない。

 じっと、ただじっと上田を見ている。

 わずかに覗いている顔が真っ赤になっている。

 これは、間違いなく、金城さんから上田の気持ちを聞いている顔だ。

 どうしようか、どうしようかなんて思っていると、時間がすぎる。

 このままで養護教諭が戻ってきてしまうだろう。

 こんな空気で別れて、放課後に告白なんてできるものか。できるわけがない。


 つまり、決戦の時は今なのだ。

 ここでヘタれると時を逃す。便秘なんかも一緒だ。出すタイミングがあるのだ!

 上田は強く決心した。

 思考を自分が分かりやすいようにコンバートすると、不思議と落ち着いた。

 今が快く出すタイミングなのだ。


「あのさ、水森さん、俺がどう思ってるかって、金城さんに聞いたと思うんだけど」


 楓がビクッとした。


「……聞い……た……」

「うん、あ、あれ、本気だから。俺、この間大講義室へ一緒に行ってから、水森さんの事、す、す、す、好きになったから」

「……………!」


 文庫本を持つ手まで真っ赤になって、プルプル震えている。


「だから、俺と……! つつつつつつつつつつつっ、付き合って欲しい!」

「~~~~~~~~~~~~っ!!」


 楓が硬直して、声にならない声を漏らした。

 手にした文庫本がパサッと落ちて、紙のカバーが外れる。


【トイレット・ラブ~トイレで始まる恋愛なんて、あり!?~】

 そんな題名が書かれた本である。

 なんとニッチな恋愛小説であろうか。


 文庫本という隠れ蓑を失った楓は、口を半開きにして、「あわわわわ」とか言っている。

 人間、そう鈍感なものではない。毎日図書室に通われて、目の前に座っていられれば自然と意識するし、5月に出会った時のインパクトだって忘れられるものではない。

 上田はある意味噂を聴きやすい人物だし、彼の発言はそのまま、上田悠介という人間を端的に表していた。

 だから、普段は決して手に取らないこの種の本を買ってしまっていたのである。

 上田はじっと答えを待った。

 ベッドの上に起き上がり、正座になって、待った。

 自分の顔が赤面しているのは分かるし、震えが止まらない。

 楓も横になったまま身動きができなくて、真っ赤になって止まっている。

 時間だけが経過する。


 授業終了のチャイムが鳴って、保健室の扉がガラッと開いた。

 ああ、駄目か、と上田は軽く息を吐いた。

 二人きりの時間は終わってしまったのだ。


「とも、だちから……」


 だが、答えは聞こえてきた。


「と、友達から、で、いい?」


 それは勇気を振り絞った返答だ。

 上田は失神するかと思った。

 出たのだ。でかいのが出たのだ。


「はい……!!」


 返答の声は大きかった。

 そしてカーテンが開き、


「君たちねえ、保健室で告白するもんじゃないよお」


 養護教諭は呆れた声を漏らした。

トイレから始まる恋もあるのである

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