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上田悠介が告白したい。中編、告白準備作戦

 最近、上田の様子がおかしい。

 授業中に大声で、大を行くことを宣言したり、一日でも最低一回は学校のトイレで大をすることを心がけている剛毅な男が、物静かなのである。

 それどころか、休み時間は駄弁るかトイレかという男が、図書室に通っているらしい。

 坂下派閥は緊急で会議を開き、男心にも詳しい和泉を特別相談役として迎えた。


「そもそも、上田は本が読めたのか」

「ムフウ、あいつトイレ器具とかウォシュレットには凄く詳しいよ」

「意外な特技……いや、意外でも無いか」

「………」


 ざわざわと坂下以下四名が話し合っていると、和泉が両腕を鼻の前で組みながら、


「女だな」


 爆弾発言をした。


「馬鹿な、上田が恋を……!?」

「相手はトイレの女神様か何かか!?」

「………」

「上田ってそういうイメージしか無いのな」


 ざわめく四人を手で制する和泉。


「騒いではいけない。誰しも通る道だからな。まずは様子を見に行くべきだろう」

「よし、行こう」


 郁己が決断すると、


「行こう」

「行こう」

「………」


 そういうことになった。


「なになに? 郁己どこ行くの? え、上田くんが? えー! おれ、私も行くー!」


 一人増えた。

 六人はぞろぞろと図書室へ向かうと、そっと入り口から中を覗いてみた。

 図書室入り口には貸出カウンターがあり、黒髪にメガネの大人しそうな少女が腰掛けている。

 上田はと言うと……その少女に一番近い席に腰掛けて、ちらちらと彼女を見ていた。

 メガネの子は、自分の読書に集中していて気づいていないようだ。

 明らかに上田は、彼女に気がある。


「あれ、あの子、楓ちゃんじゃない」

「知っておるのか勇」


 勇太が彼女へ反応したので、一同が振り返る。


「うん、調理実習はクラス合同なの知ってるでしょ? 私は芋煮を選択してたけど、あの子も芋煮を選択してて、同じ班になったよ」


 すぐ近くに、上田の恋のキューピッドがいるではないか。

 坂下派閥プラス一名は展開の早さに舌を巻く。

 せいぜい一学年百名ちょっとしかいないこの高校では、世間が狭いのも当たり前なのだが。

 しかし、上田は遠くからチラチラ見ているばかり。

 彼と彼女の馴れ初めを知らない六人だから、じれったいなあ、とか言えるが、あの馴れ初めを考えればこの距離も頷けよう。

 ともかく、彼らは上田の帰還を教室で待ち、事情聴取をすることにした。



 上田がしょんぼりとして帰還してくると、早速六人は彼を包囲した。


「貴様、好きな女が出来たな」


 御堂が上田に指を突きつけて糾弾すると、彼はな、なぜそれが!という顔をした。


「水森楓ちゃんでしょ。あの子人見知りするから、大変だと思うよ」

「えっ、金城さん知り合い?」

「調理実習で一緒に料理作ったんだよ。男の人とか、よく知らない人と喋るの苦手なんだって」

「な、なるほど……!」


 がっくりしていた上田の瞳に、希望の光が宿り始めた。

 勇太が楓の知り合いだということで、手掛かり無き恋の旅路に、一縷の光明を見出した心地なのだろう。

 一方で、郁己とそのた三人は無力である。


「よし、上田。俺が女心をレクチャーしてやる。金城さんも協力してくれないか」

「えっ、上田くん告白するの? じゃあ手伝う! 面白そう!」

「はっ、先生方よろしくお願いします!!」


 上田が机に両手をついて平伏する。

 さて、水森楓攻略作戦の開始である。


「それじゃあ、私は何をすればいいかな?」

「金城さんはそれとなく、水森さんに上田の事を教えてあげるといいかもな。上田のいいところとか」

「上田のいいところ……」


 みんなが連想するのは、彼のトイレに対する知識である。

 他は……イケメンを激しく憎む性質であろうか。


「……トイレ?」


 勇太が眉をひそめるのを見て、上田はがっくりと肩を落とした。


「ダメだ……! トイレに詳しい男を好きになってくれる女なんているわけがない……!」


 出会いからしてちょっとアレなのである。


「ああ! そういえば、この間の合同講義でお前と一緒に来てた子か、あれ!」


 郁己がようやく気付いたようで、驚きの声を上げる。

 そして、上田が発した遅刻理由の言葉に思い至り、半笑いになる。


「あー……。ありゃきついよな……勇みたいなタイプだったら気にしないけど、あの子繊細そうだし」

「ぶう! 失敬な!」

「や、やめろ勇た、じゃなくて勇! いたい! マジで痛いってば!!」


 勇太がぽかぽかと郁己を叩くのを、みんな微笑ましげに見つめる。

 そのままころしてしまえ、と男どもは思ったという。


「それじゃあ、私がそれとなく、上田くんが楓ちゃんの事好きだって伝えればいいんだね! 行ってくる!」


 即断即決即実行。

 勇太は一人で完結すると、すぐさま立ち上がって走り去っていった。


「あっ、ちがっ……」


 和泉の声は届かない。

 勇太の瞬発力を甘く見ないほうがいいのである。そして彼女は、思考よりは脊椎反射からくる直感を大事にするタイプだ。

 楓に勇太が上田の好意を伝えることで、実質的に上田が逃げようとする外堀が埋まることになる。


「やるしかないな、上田!」


 凄くいい笑顔で、郁己が上田の肩を叩いた。


「おおお、お前金城さんと組んで俺を追い詰める気かああああっ!」

「いや、坂下の言うことも間違いは無いぞ。鉄は熱い内に打てと言う。今の勢いがある状態で告白してしまったほうが、成功率は高いもしれん」

「だな。傷を受けるなら早いほうが治りも早い」

「失敗前提かよ!」


 かくして、強引なアポイントが取られた。

 勇太は見事、放課後の楓の時間を確保し、上田はこの昼休みが終わった後、わずか二時限の間に、告白の覚悟と伝える言葉を用意せねばならなくなったのである。

 坂下派閥は後に、これを上田が変……いや、上田の変と呼んだ。

 …………いや、恋か。

トイレを愛する男は、その手で女神を射止めることはできるのか。

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