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上田悠介(体育のバスケットで郁己の手下)が告白したい。前編

時間的にはメイン5月、しかれども郁己バースデイから時間軸は連続するのであった

 我がクラスには公認のリア充がいる。

 金城勇と坂下郁己である。

 いつも顔を突き合わせてはバカ話をしており、冷やかすと必死に関係性を否定する。そのくせ、登下校は一緒だし、何かあると一緒にいるし、あいつらホント爆発して欲しい。しね、しねしね。

 そんなことを思ってた時期が、上田悠介15歳にもありました。

 上田は体育のバスケットボールで、坂下郁己と同じチームになった。

 坂下はポイントガードであり、その指揮は正確にして冷徹。

 貪欲に勝利を狙い、私怨を晴らそうとするそのスタイルや天晴。

 親しい友人であろう、和泉恭一郎相手に、躊躇なく「顔を狙え!」と叫んだあの瞬間を思い出すとゾクゾクする。

 いつしか、上田は坂下に一目置くようになっていた。


 そんな上田が恋をした。

 上田悠介は平凡な学生である。

 バスケットボールのルールを知らない程度の平凡な学生で、中間テストの成績も真ん中よりちょっと下。

 金城さんより2位だけ上だった。

 そんな上田が恋をしたのである。


 相手は隣のクラスの文学少女、水森楓。

 内気な子で、いつも図書室でよく見かける。

 長い黒髪にメガネの彼女は俯きがちで、友達とワイワイ騒ぐ様子なんて一度も見たことが無かった。


 きっかけはちょっとした事。

 城聖学園高校は一学年の数が少ないから、大講堂を使った授業はクラス合同で行われる。

 先月の合同授業の前、上田が急に大きい方を催してお手洗いに駆け込んでいたら、思いの外硬い奴でやっつけるのに手間取ってしまった。

 上田が戦いで流した汗を拭きながら教室に戻れば、誰もいないではないか。

 足癖の悪いサッカー部の御堂も、猟奇的な外見の伊調も、時折気配が消える境山も、派閥の長である坂下もいない。

 彼を置いてみんな移動してしまったのである。


 一つだけ、上田のハートが強い部分がある。

 彼はトイレで平気で大きい方をする。

 小学生の頃、それを理由に冷やかされた時、


「そんじゃあお前はう○こしねえのかよ? あれか? お前アイドルかなんかじゃねえの? 一生すんなよ? あ? 絶対すんなよ? 毎日聞くからな?」


 とマジギレして、キレベンというアダ名をもらったことも良い思い出だ。

 だから、みんなもまさか、この移動と準備を含めて10分という休み時間に、上田が悠然と大きい方をしに行くとは思わなかったのだろう。


「友達甲斐の無いやつだぜ」


 そう言いながら上田は教材をまとめて外に出た。

 すると、階段のところで蹲っている女の子がいるではないか。

 それが水森楓だった。


「ど、どうしたんだよ」


 声をかけると、彼女はすねを抑えて涙目で上田を見上げた。

 なるほど、階段を登る時に足を引っ掛けて、すねを打ったらしい。彼女の教材が周囲に散らばっている。

 授業開始時間まで一分も無かったが、上田は迷わず、散らばった彼女の教材を拾い集めた。


「大丈夫? 立てる?」


 水森は、こくこくと頷き、ふらふら立ち上がると教材を受け取った。


「あり、あ、あ、ありが、とう」

「どういたしまして。急がないと授業始まるぞ」


 先に行こうとした。

 だが、水森はふらふらとしていて、なかなか歩き出さない。

 授業開始のチャイムが鳴る。


「わりい、手を引くぜ」


 先に謝って、彼女の手を握った。


「あ」

「遅刻したくないっしょ、い、いくぜ」


 ちょっと冷たくて細い指先。クラスの岩田夏芽と比べるとボリュームは半分しか無いのではないか。

 そう思いながら、彼女の手を引いて早足で急いだ。


 大講堂は一階、校舎中央に入り口がある。

 階段を下って扉を開くと、二人が最後の入室者だった。

 講義を始めていた教諭と、じろり、目が合う。


「っ、サーセン!! ウ○コしてたら遅れましたッ」


 でかい声で謝った。

 一瞬の静寂のあと、爆笑が巻き起こる。


「ああ、わかった。始まったばかりだから大丈夫だぞ。空いている席に座りなさい」


 おお、俺は許された、と爽やかな気持ちで横を見ると、まだ手をつなぎっぱなしの水森が、真っ赤になって泣きそうな顔をしている。


「わた、わ、たし、してない」


 やっちまったーーーーーーーーー!!

 上田は自分がしでかしてしまったことの大きさに慄いた。

 年頃の女子にとってあのへんの話題は実にデリケートなのではないか!

 慌ててカバーする。


「あのっ! ウ○コしてたのは俺で、こっちの……えっと、誰だっけ」

「水、森…楓」

「み、水森さんは階段でコケてたから俺が助けて、そんで遅れました!」


 またも笑いが起こる。


「いいから早く座りなさい!」


 教諭に促され、席につくことにした。

 空いている席は最前列の教諭の目の前。

 二人並んで座ることになってしまった。


「あの、あ、手、まだ……」

「ほわあっ」


 手を握ったままであった。そう言えば俺、手を洗ったっけ……なんて考える上田。

 握ったり閉じたりする手に、水森の感触を思い出して、上田の鼓動が跳ね上がった。

 横目でチラッと水森を見る。

 彼女もチラッとこっちを見ている。

 目があって、慌てて目をそらした。


(あ、やべ)


 上田は教材に目を落として、自分が今、どうなってしまったのかを知った。


(俺、この娘好きだわ)


 恋というのは一瞬で落ちるときもある。

 結局そのまま話もできず、授業が終わると、水森はそそくさと席を立って姿を消した。

 彼女の姿を無意識に、目で追いながら講堂を出た上田に、坂下郁己が寄ってきて、肘で腹を小突いた。


「何やってたんだよ上田ァ。手をつないで入室とは隅に置けませんなあ。リア充様は違いますなあ」


 いやいやいや、お前が言うな。

 かくして上田悠介の苦難が始まる。

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