体育、外道とエースとプレゼント
最近、勇太の様子がおかしい。
いや、おかしいって言えばおかしいんだけど……順調に女の子になってきているというか。
郁己は、クラスの通路際をチラッと見る。
そこでは、夏芽や他の女子達と顔を突き合わせて、何事をぽしょぽしょ会話している勇太がいる。
時折、
「ちっ、ちっげーよ! そんなんじゃないってば! ちがうちがうちがうう、あーん」
とか勇太の素敵に大きな声が聞こえてくるが、一体何をしているんだろう……。
輪の中にいる女子が、ちらっ、ちらっ、なんて郁己を見てくるから、これはアレだろうか。モテ期と言う奴なんだろうか。
「……いやー、参っちゃったなあ。俺は一人の女の子しか幸せにできないタイプだからなー」
とか言いながら、トイレの鏡を見て髪を撫で付けていると、連れションした和泉が、
「どうした坂下、ストレス性の生え際後退か?」
なんて言ってくる。
「馬鹿野郎! 親父は危ないけどまだ俺はフサフサだよ!!」
「やはり……カマをかけてみたけど、お前の家系はアレだったか……。まあ坂下には可愛い彼女もいるしな。絶対に逃すんじゃないぞ! 抜け始めるまでに決着を着けるんだ」
「お前絶対に勘違いしてるだろ!! やーめーろーよー! なんか息を荒くして手を握ってくるなよー!」
体育の時間にも視線を感じる。
比較的凡庸な男である郁己は、体育の時間にこれといった活躍をすることは無い。
本日のスポーツはバスケットボール。
ルールはなんとなく覚えている程度の郁己、ポイントガードの役割に収まり、
「よし、そこだ御堂! 脚をひっかけろ!」
「上田! 境山に回せ! なに、途中に和泉がいる!? 顔面ねらえ!!」
「守れ伊調!! フライングボディアタックだ!!」
と、軍師顔負けの采配を繰り広げた挙句、フリースローとファウルの連打で敗北。
チーム坂下はまったくもってヒールであった。
女子や男子たちからの、笑い混じりにブーイングを受けて退場していく。
「くっ、なんだよファウルって! ファールカップか!? 金的は狙ってないだろうがよ!」
「坂下、見事な采配だったぜ。あと少しで和泉のやつをもっと美男子にしてやれたのになあ」
「グフッ、僕のガードがあんなにたくさんの人を倒すなんて……坂下くんは人の才能を見抜く天才だよ」
いやな派閥みたいなのができはじめた。
「おー、郁己! ひっどい試合だったねー!」
ケタケタ笑いながら、勇太がやってくるまでは。
「ま、運痴の郁己にしてはよくやったんじゃーん」
ちっこくてぷにぷにした勇太が、郁己の胸板をつんつんする。
それをみて、坂下軍団は、
「ケッ!!」
「おうおうおう、リア充様ですかよ! 美男子様はお羨ましいこって」
「グフッ、次のターゲットは坂下くんだね」
「……短い天下だったぜ……」
男の友情の儚さに無常を感じる。
今なら俺は平家物語を理解できるかもしれない、なんて思ってたら、じーっと勇太が自分を見上げていることに気づく。
「ん? どした」
「あー、んー、いやー、なんでもないよー。なんでもー」
へらへら笑いながら、勇太が遠ざかっていく。今度は女子チームの試合らしい。
なんか、じーっと顔のあたりを見られていたような……。
その後、勇太はスモールフォワードで縦横無尽の活躍をするわけである。
あの体格でジャンプ高度が夏芽に匹敵するとか、あいつは超人では無いのか。どこかのバレーマンガの主人公か。
郁己は幼馴染の安定の人外っぷりにほっこりしつつ、体育の授業を終えた。
「思えば女子の試合に、男子が一人混じってるわけだもんな。そりゃチートだわ」
「いや、郁己そりゃそうだけどさ、一応俺だって今は女子なわけで……」
ムニャムニャ言っている。
教室に戻る時間で自然な感じで、二人並んで話しているわけだ。
あくまで歩いていたら偶然並んだだけだからな、勘違いするなよ、と郁己は思っている。だが、周囲はそれをニヤニヤしたり爆発しろとか思ったりして眺めているわけである。
「俺は身長っていうハンディを背負って戦ってるんだよ! 郁己の背丈があったら全国狙うね!」
「おう、お前の場合それ、冗談にならないんだよな」
さてはて、今日も一日が終わり、しかしやたらと勇太の視線を感じる一日だった、なんて思うわけだ。
駅につき、一緒に電車に乗って隣り合わせて座り、今日の体育の授業のことなんか話しながら時間を過ごす。
電車を降りれば、家はそう遠くない。
通学時間90分はちょっと辛いが、まあ親友のためだ。一緒にいればダベれるし退屈しないし、そうだ、電車の中の時間を勉強に使ってもいいな、なんて考えながら歩いている。
すると、勇太が何やらかばんを開けて、ごそごそ。
「どした? 忘れ物?」
「あ、いや、そのねー」
もうすぐ二人の家だ。
彼らの家は隣り合っていて、家族ぐるみの付き合いというやつである。
道場を併設した金城家は大きかったが、この純和風の佇まいは、いつ見ても好きだなあ、と郁己は思うのだ。
「それじゃあな、勇太」
「ストップ!」
「ぐふぅっ」
いざ我が家に入ろうとしたら、勇太に襟首を掴まれて、郁己は絞め殺されるような呻きを上げた。
「勇太くん! 死ぬよ! さすがに俺も死ぬよあれ!」
「うっ、ごめん。でもさ、渡すものがあって」
「?」
渡すもの……?
一体なんだろう。果たし状だろうか。
郁己は首を傾げて待つ。
その目の前に差し出されたのは、かばんでぺったんこになった紙袋だった。
……これはなんだろう。
「開けてみて」
ふふふ、と笑いながら勇太が言うので、ガサガサと音を立てて紙袋を開封する。
中から出てきたのは、ゴールデンウィークに勇太が被ってたのと同じブランドの帽子。
かばんでぺったんこになってはいるが。
「おお、これ……!」
「郁己! 誕生日おめでとう!」
郁己は一瞬あっけにとられて、そして状況を理解して、ちょっとじわっと来た。
「あ、ありがとう。もしかして最近、俺をチラチラ見てたのは……」
「プレゼントとか、どうしたらいいか分かんなくてさ。内容や、渡すタイミングとかずーっと相談してたんだ」
岩田は絶対面白がってたけどな、と郁己は思う。
「ほら、学校で手渡して、変に注目されるのって、ヤじゃん……」
あ、ちくしょう、こいつ可愛いなあ、って思ってしまって、郁己は衝動を抑えるためにブルブル震えた。
いかん、いかんぞ。まだ半分男である親友を抱きしめてはいかん。そも、俺のファーストハグではないか。
葛藤する。
「今度、それつけて一緒にまた、映画でも行こうぜ。じゃあね、郁己!」
「うむ! 勇太ーっ! 心の友よー!」
抑えきれなくなったのでムギュッと抱きしめた。
やーわらかーい。
次の瞬間、天地が逆転。アスファルトに寝っ転がっていた。
「いいいいい、いきなり何してんの郁己ぃ! んもう、こんなとこにいられるか! 俺は帰るよ!」
ぷんすかしながら勇太は踵を返した。
頭から湯気が上がっているように見えるのは、怒ってるせいだけなんだろうか?
扉を開けて消える前の彼女の耳が妙に赤かった。
愉快な男どももたくさん書きたいですねッ




