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衣替え。小雨模様とレインコート

 季節が変わると、なんだかじめじめとしてき始める。

 空模様はぐずぐずとして、太陽はたまにしか、顔を覗かせてくれない。

 通学途中にある民家の軒先で、それは見事な紫陽花が咲いた。

 例年よりも今年は暑いかも? 結構早咲きだそうだ。


「おっはよう」


 郁己が迎えに行くと、今日の勇太は可愛らしい、イエローのレインコート姿だった。

 しとしと雨が降る中、彼女の姿はとても目立つ。

 勇太はあまり傘をさすのが好きではないらしい。

 傘派の郁己としては、勇太は武人的に両手を開けていないと気が収まらないのでは無いかと推測している。

 彼女のかばんはリュックタイプ。

 城聖学園では、かばんは自由に選べるようになっているのだ。


「おーい、危ないからはしゃぐなよう」


 傘を持っているから、どうしても歩く速度は遅くなる。

 レインコートの勇太は長靴で、水たまりをわざと踏んだりしつつ、楽しげに道を行く。

 その姿は可愛らしくて結構だし、レインコートにかばんはビニール掛け、長靴とくれば雨の中では無敵である。視界が悪いから、飛び出しだけが心配だな、なんて思う郁己である。


「へっへー、俺、けっこう雨って好きなんだー。おっ!かたつむり発見!」


 勇太が紫陽花に駆け寄って、葉っぱの上をまったり這いずる渦巻き模様をつつき出した。

 なかなかでかい、かたつむりだ。


「むう……これは立派な……」


 なんて寄り道をしていたら、二人の背後を車が駆け抜けた。

 派手に水たまりから、飛沫が跳ねる。


「うりゃ!」


 勇太が動いて、郁己の背中に張り付いた。

 飛沫はレインコートと勇太バリヤーが吸収してくれる。


「おおっ! なんと機敏な……!! 助かったよ勇太。パンツまでびしょびしょになるところだった」

「うむ、パンツの恩人である俺を崇めなさい」

「おおー、勇太さまー」


 お馬鹿なことを言い合いながら駅へと急ぐ。

 軽く水を落としてから電車に乗り込む。

 窓に叩きつける雨粒は、電車の速度も相まって、外で感じるよりも激しい勢いだ。

 車内はちょっと暑くて、勇太はコートの前をはだけてふーふー言っていた。

 電車は下り。朝方はそこまで混まない。

 無理すれば座ることもできたけれど、バラバラに座るのもなんだかな、ということで、二人は大抵扉の近くで立ち話をしている。

 中間テストも終わり、来月末の期末テストまではゆったり出来る期間だ。

 郁己も勇太も部活には所属していないから、フリーな身の上。さあ、何をしよう、なんて今月の予定を話し合ったりする。


 通学路はいつもの急な上り坂。

 歩く二人の横を、学生ですし詰め状態のバスが走り抜けていく。

 あれは、人混みと湿気でさぞかし蒸し風呂であろうなあ、なんて思うのだ。

 どうしても横に広がったり出来ないくらいの狭い道なので、自然と郁己は勇太とくっついて歩くことになる。

 

「しっかし、月初から雨だもんねえ。さすが6月って感じだよねえ」

「梅雨って言うくらいだしなー」

「梅雨時はこの通学路、結構くせものだね」


 カツドーテキな俺でもちょっとめんどいかも、と勇太は先行しながらぷつぷつ言葉を漏らす。

 すぐ脇に林や小川があったりするから、跳ねた土が道路にかぶさり、雨水だって流れていて滑る。

 雨に煙る感じの木々は風情があって、これはこれでなかなかいい風景なのだが、毎日通学となるとまた別だ。

 いつもよりも少しゆっくり目で、気をつけながら二人は道を歩いた。


 さて、学校である。勇太がレインコートを脱ぎ捨てると、郁己は目を見張った。

 ボレロが無い。

 城聖学園高等学校の女子制服は、ボタンひとつで上着を留める、可愛らしいボレロである。

 落ち着いた青色のボレロは他に採用している学校も少なく、古風ながら個性的な外見で、人気も高い。

 この制服目当てで入学を決める生徒もいるくらいだ。

 だが、今の季節は6月。

 そう、衣替えなのだ、と郁己は思い至る。

 レインコートの熱で蒸れた背中がしっとりしている。

 ボレロの下は薄いピンク色のブラウスで、汗をかくと透けて見えてしまう。

 あ、勇太ブラしてんだなーと思って、ちょっと衝撃を受ける郁己。

 本来ならこのブラウスの上に、薄手のベストかニットを選んで羽織ってもいい。

 勇太はどっちも似合いそうだなー、なんて夢想してみる。


「ふー、あっついー……。さ、いこっか郁己!」

「まあまあ勇太さん、これで汗をお拭きなさい」


 郁己は除菌アルコールウェットティッシュを差し出す。


「おおっ、これ、ひんやりするやつじゃん。郁己気がきくー!」


 早速一枚もらって、勇太は顔をごしごし。首を拭いて、ボタンを外して胸元も……おおおっ!

 郁己の目が釘付けになる。


「正直、こんなに蒸れるとは思ってなくてさ……。大変だよねえ」


 呟きながら、胸元の汗を拭った。


「勇太さん、ここは下足ロッカー前ですぞ」


 焦り、郁己は囁いた。

 ここで勇太、周囲の視線に気づいたらしい。主に男子がじっと勇太を見ている。


「はわっ!?」


 ボタンも留めず、勇太がかけ出した。

 置きっぱなしのレインコート。

 拾い上げ、郁己も後を追う。

 梅雨もまた、楽し、だな。

 そんなふうに思いながら。

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