中間テスト本番。郁己の思いと勇太がお腹痛い。
「郁己……!」
一緒に登校した勇太は、青い顔をしていた。
「お、お腹痛い」
「どうした!」
ぼそっとあの日か? と聞いたら、素敵なボディブローを食らってしばらく郁己はくの字になって震えた。
どうやら不安であまり眠れなかったらしい。
もともと勉強自体が苦手な勇太にとって、家庭教師郁己を迎えたとしても、高校初の中間テストへの不安は拭い切れないようだ。
「うう、郁己、駄目な俺に勇気をくれ……」
「よし、勇太、こっちこい」
郁己は勇太を懐に呼び込み、肩をがっしりと掴む。
「やれる、やれるぞ。勇太、お前は強い。お前はすごい。ここまで頑張ってきたんだ。問題集を半分終わらせてるんだぞ。お前はストロングだ。お前はクレバーだ。俺を信じろ。お前を勝たせるために力を尽くした俺を信じろ。俺についてきてあのスパルタをくぐりぬけた自分を信じろ! やれる! 絶対にやれる!」
「うわ、すごい熱血なのね」
勇太と額を突き合わせてスクラム組んでいると、夏芽が通りかかって目を丸くした。
「や、やれる気がして来たよ……!」
勇太の顔色にちょっと赤みが差している。
こういうのは気迫が大事なのだ。山芋木から……じゃない、病も気からと言って、大概のことは気持ちのありようなのだと郁己は思っている。
彼の姉がそういうタイプだからだ。
「話聞いたよ、和泉から。あんた達、デートしてたみたいじゃない? しかもその後は二人きりでテスト勉強? うらやましいなあ」
ニヤニヤしながら夏芽が、郁己を勇太を交互に見る。
「デート……?」
勇太が首を傾げて、色々反芻するものがあったらしく、少しして赤みが差していた顔が明すぎるくらいに赤面した。
血行が良くなるのは良いことだ、と思いつつ、郁己もちょっと頬が熱くなるのを感じる。
しかし、誰が見ていたというのだ。あれほど目立たないようにカップルに紛れて行動を……いや、大立ち回りしたな。
「フフフ、俺だよ!」
お前だったのか、和泉!
突然現れた和泉が、郁己と勇太のデート目撃談を語りだす。
「金城さん、強いんだなあ。ちょっと意外だったよ。しかし坂下、あのプレゼントは無いんじゃないか。もっと、こう、だなあ」
「ま、まあな」
歴戦の勇士である兄の薫陶を受け、自らも幾多の戦いに勝利した猛者の言葉である。
その割には今フリーの和泉。
こいつに勇太を狙われたら、ちょっときついなーなんて思う。だが、和泉曰く、
「は? 何言ってんだよ。どこに俺が入り込む隙間があるって言うんだ? そういうのって、ふわふわっとしてる相手じゃないと引っ掛からないんだよ。坂下はガッチリ金城の手を掴んでるじゃん」
そういうものなのだろうか。
勇太の方を見たら、真剣な顔でノートを読んでいる。
いいぞ、我が生徒よ。ぐっと拳を握りしめる郁己。
そして戦いの火蓋は切って落とされた。
郁己はもともと、黄門式という学習塾で、子供の頃から勉強する癖がついている。
予習復習は割りと得意なので、空いた時間で勉強内容を補足するために問題集を解く。
勇太に勉強を教えるのは、自分が覚えている内容を噛み砕き、深く理解するプロセスになっていたから、勉強に対する郁己の理解度も高まっている。
事実、城聖学園への入試で、郁己はトップに匹敵する点数で合格を果たしている。
本来の適正偏差値である高校からランクを落としているから、妥当な結果ではあるのだが。
ということで……。
「やだやだやだ! せっかく早上がりなのに、その空き時間まで勉強するなんてえ!」
勇太が悲鳴をあげる。
「耐えろ、耐えるんだ勇太。このテスト期間をやり過ごせば、勉強予定も楽になるぞ! 習慣化してお前のDNAに勉強を焼き付けるんだ!」
「いやああああ、もう寝てる時に頭のなかを単語とか数式がぐるぐる回転してるのにぃぃ!」
「あんまり成績落ちると、2年の時のクラス替えで別々になるぞ!」
「そ、それは困る!!」
城聖学園では、クラス替えが一度だけある。
2年の時に、成績順や、クラスで果たした役割に応じて割り振られる。
郁己は学園OGである姉から仕入れた情報で、その割り振りに一定の法則性を見出していた。
3クラスが存在する学園だから、それなりの成績でいなければ、下位メンバーを集めたクラスに行ってしまう。2年からはそれぞれのクラスで、授業進捗度合いが変わるのだ。
中くらいの成績を目指し、そこから順位を微調整するのが大事だ。あとは先生への働きかけであろう。
見知らぬ人間ばかりのクラスに投げ出されることは、勇太にとって恐怖である。
彼が男のままだったらまだ良かったのだが、今の勇太は、心と身体が不安定。いつ安定するかが分からないから、出来るだけ郁己は勇太を近くで見ていたいと思う。
勇太に課題を課して、その間にちょっと遠出。
駅前の商店街で、手作りアイスクリームを買ってくる。
戻ってくると、金城家の厨房には勇太の双子の妹の心葉がいた。ちょっと会釈して、冷凍庫を使う許可をもらう。
ご褒美よーし。
戻れば、勇太はもろ肌脱いで、脂汗をかきながら課題を半分ほどこなしている。
教え甲斐のある子だ……!
イエスッ!心のなかで親指を立てながら、郁己もまた腰掛けた。
「よし、残りは応用問題だ。今まで解いてきた公式でいけるから、サックリ終わっちゃおう! ご褒美にアイスを買ってきた……!」
「マジで……!? お、俺頑張るよっ……!!」
勇太の顔に希望の色が芽生えるのが分かる。
あっ、その汗が胸元に流れ込んでいくのがなんか色っぽい。
そして一週間後、貼りだされた結果で、郁己は見事、学園2位。勇太は順位表にはなかったものの、102名中で60位を獲得。
律子さんは勇太が初めてこんな好成績を取ったと、大層喜んでいたらしい。
さて……もうすぐ衣替えの季節。
彼女が夏服に着替えたら?




