プロローグ、あるいは長い通学路の途中。
ゆったりのんびりと書き連ねて行きたいと考えています。
基本、背景描写多めです。
曲がりくねった坂道を登ると、その先にまた、新しい坂道が見えたりする。
横に流れる小川は嫌になるくらい清浄で、夏になると蛍が見られるらしい。
車が明らかに交差できないような、狭い路地を抜けていくと、目の前にパッと開ける。
一面の森が。
森を横目に築かれた道路は、傍らにほんの申し訳程度、石畳が敷かれている。
これが歩道であり、通学路である。
坂下郁己は高校一年生である。
ひょろっとした体格に度の強い眼鏡。お世辞にも覇気があるとは言えない、柔和な顔立ち。
典型的な文系の学生だった。
「これから毎朝……ここを登るのか……」
ため息が出てくる。
ここは、私立城聖学園高等学校。
年をとった地主が持て余した山一つを、安く買い叩いたとある一族が築いた巨大な学園である。
主に巨大なのは、敷地だけで、まだ様々な施設は未完成である。
それがゆえに、学園は実に辺鄙な場所にあった。
バスが通っているのだから、まだいい。
だが、逆を返せばバス以外に公共の交通機関はない。
根性があるものは自転車で。免許を持つ者はバイクや原付。
そしてどちらもないものは、バスか徒歩を選ぶしかない。
やたらと自然が豊かで、無意味に空気がうまい。
最寄駅から徒歩40分。
「勘弁してくれ……」
汗が流れ出てくる。
四月の陽気はほどよい温さで、不本意なウォーキングに火照った体を絶妙に冷ましてくれない。
思わず弱音を吐く、文系の郁己である。
「いいじゃん。郁己はいつも運動不足なんだから。ほら、俺みたくカツドーテキになるいいチャンスだって」
ツレが軽口を叩いた。
好き勝手言ってくれる、と、郁巳は横を行く小柄な姿を見て思う。
硬質な髪の毛が自己主張して、つんつんと天を衝く。くりくりっとした大きな目は、いつも好奇心旺盛に、楽しいことを探している。
「勇太はいいよな。そもそも運動をやれるように体ができてる。僕はほら、アレだ。その分が脳に行ってる。勇太と僕で、ちょうど釣り合いが取れてるんだ」
「あー、そうかもなあ。試験勉強の折にはお世話になりました」
勇太と呼ばれた小柄な姿が、とととっと郁己を追い越して、くるんと振り返る。
弾むような勢いでぺこりとお辞儀をした。
ついひと月前までは、同じ中学の学ランを着ていたその姿が、今は見るも可愛らしいボレロに包まれている。
ボレロは、ジャンパースカート形式の制服の上から羽織る、前の開いた上着である。
これは、私立城聖学園高等学校の女子制服となる。
「いえいえどういたしまして。でも、勇太ほんと似合うよね。ついこの間まで男だったとは思えぬ」
「あれ?あれ?どうしたの郁己。いきなり褒めちゃって。ひょっとして俺に欲情した?」
いたずらっぽく笑いながらこちらを覗き込んでくる姿は、紛うことなきピカピカのなりたて女子高生である。
「馬鹿な!それはない!」
ボレロのあいだから覗ける、意外とふくよかな胸元をガン見しながら郁己は否定した。
ただ、勇太もまんざらではなさそうに、僅かに頬を赤らめて、そして身を翻した。
「先に行ってる!」
「わ、置いてかないで!」
二人の笑い声が響く。
今日は私立城聖学園高等学校の入学式。
坂下郁己の親友、金城勇太は、ひょんな理由からこの春、女の子になった。
これは、そんな二人の話。
勇太くんの可愛らしさを書くために全力を使っていこうと考えています。