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どうしても彼女のことを知りたかった。
仕事にも集中できず、療養目的で休暇願いを出したら、職場の皆から驚かれた。
精神的にやられてるとの診断書も貰ったから休めない訳はなかった。
ただ、社会から自分を切り離して、夢の世界に行きたかった。
彼女の傍に行きたかった。
どうして、と言われても分からないほど、俺は夢の中の彼女に恋焦がれていた。
狂っていたと言われても仕方なかった。
今日も俺は夢を渡る。
彼女を求めて。
そんな俺の前に現れたのは、一匹の虎。
大きな、大きな黒い虎。
「サエに逢いたい?」
囁かれるのは、甘い言葉。
人の言葉を喋ると言うのに俺は驚きもしない。
ああ、夢だからか。
「お前は誰だ?」
尋ねる俺に虎は言う。
「人にとって、神という存在に近しいもの。けれど、我々にとっては、神も悪魔もない。人が勝手にそう呼ぶ存在の近くに居るもの。」
神も悪魔も一緒だと言うのか・・・。
「そう、我がしたことが、誰かにとって災厄でも、ほかの誰かにとっては幸福。その場合、我は人の立場によって呼ばれる名も変わってくる。」
妙に納得してしまった。
目の前の虎が俺にとって“神”となるか“悪魔”となるか。
「何故、サエを知ってる。俺の前に現れた。」
虎がゆっくりとこちらに歩んでくる。
「お前が人としての存在を稀薄にしているから。」
?
「その原因が“サエ”だから。」
??
「お前の御霊はお前が考えている以上に上等なもの。いずれは我等の末席に連なる定めだった。」
過去形・・・。
「けれど、お前は、とある者の策にかかり、人を愛することを覚えてしまった。いずれは別れくる定めだというのに。」
脳裏に浮かぶのは戦っている彼女の後姿。
「神に近しい者の願いを神が叶えた。どういう結末が待っているかなど、神には関わり知らぬこと。だが、その干渉がお前とサエの定めを面白いものにした。」
面白い?人の運命にチョッカイ出しておいて?
「お前が神の末席に座る世界で、生きているお前がいる世界の王は、御霊となったお前と己の妹を結ばせるつもりだった。それをあの者が邪魔をして、お前の前にサエを寄越した。サエの世界、お前の世界に互いは欠かせぬ者になったと言うのに、あの者は自分の世界を守るためサエとお前を引き離そうとした。サエがこの世から消えることを恐れたお前は、サエの変わりにあの者の世界を渡ることにした。けど、所詮偽者。サエの代わりにはならず、お前は傷付き、命が尽きる寸前まできていた。あのままでは、あの者が守りたい世界まで壊れてしまう。だから、あの者は、お前の意思など無視してサエを本物の勇者を取り戻した。お前と言う餌をぶら下げて。サエはあるべき世界に戻った。この世界の王は、お前が再び己の妹と添い遂げるよう画策したが、お前のこころは夢の中のサエに再び囚われてしまった。ああ、人と言うのは面白い。」
つらつらと語る黒い虎の言葉を必死で考えた。
俺は自らの運命を捨てて、サエを求めているのか。
「お前の御霊がこれ以上壊れて行くのを見たくない方がいる。お前をサエの所へ連れて行ってやろう。」
上手い話には裏がある、乗ってはいけないと本能が言う。
「会いたくないのか?サエはお前にとって定め。離れては生きていけない存在、このままこの世に居ても狂って壊れて行くだけ。どうする?」
抗えない、誘惑。
疑いつつも頷いていた。
途端に黒い霧が俺の身体を取り囲む。
「可哀想なタケル…。運命をもて遊ばれて。サエと出会わなければ、穏やかな死と新たなる生が与えられたのに。」
黒い虎は、そう呟いていたように思った。
つづく




