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向日葵の愛

作者: 梓 由美

長閑な日々


蒔絵は片田舎の農家に嫁いで来た。


少しの田畑を耕し、小さな幸せを噛み締めながら、

長閑な自然を楽しみに日々を送って居た。


嫁いでから もう 5年になるが、子どもに恵まれない。


子供が好きな蒔絵は、何年経っても、子供に恵まれないことを

悲しかった。諦めきれない蒔絵は言った。


ゆっくり話せる日を見つけて 夫に話した。


「ねえ~私の体の何処かが悪いのかしらね。」


「そんなことないだろう、畑の仕事も田んぼの仕事も僕と一緒に

働いて居るじゃないか。」


「そうよね。動いても、少しは疲れるけど、体の何処も

何でもないのよ。夜もぐっすり眠れるしね。」と言った。


夫 邦夫は「じゃあ そのうち生まれるよ。天からの授かりもの

だよ。」と言い返して立とうとすると、蒔絵の啜り泣く声がした。


蒔絵は何時か生まれるなんて、のんびりと待てなかったのだ。


慌てた邦夫は振り返って言った。



「そんなに急いでも仕方がないだろう。病院でも大丈夫と言って

居るんだろう。」と言って座りなおした。


蒔絵は肩を震わせながら、


「もう待てないわ。もしこのまま子供が生まれなかったらどう

しよう。」


悲痛な声で言った。


母になり暖かい家庭を造るのが夢だったのだ。


子供のない叔父夫婦の養子になった母の姿が、悲しい人生を

辿ったことを、蒔絵は、忘れなかった。母のような人生は辿り

たくない。どうにかしたいと子供心に思って居た蒔絵だが

その子供が自分にも恵まれないのだ。どうしても子供が欲し

かったのだ。


夏が来て秋風が吹き始めた。


季節の移り変わりは早い。蒔絵は焦った。


「待てないんなら、もう一度病院で診て貰うんだね。」

とすり寄って慰めた。


「でも何度診て貰っても、大丈夫と言うだけなの。私は子供が

欲しいの。子供が好きなのよ。子供と貴方の家族を夢見て、結婚

したのよ。一緒に旅行をしたり、一緒に食事を造ったり、喜ぶ顔

を見たいのよ。私の体が原因じゃないと、言われたけど 生まれ

そうにないよね。ず~っと考えて来たのよ。」と


泣いて居る眼を拭きながら邦夫の方に向きを換えた。


邦夫はこの悩みだけはどうすれば良いのか返事に困った。


「そんなに子供が欲しいのか。子供が居なかったら 居な

いで良いじゃないかあ~ 他にも子供の居ない夫婦は

 沢山 居るよ。子供を生まないと決めて居る人も多いよ。

割り切っちゃおうよ。」とあっさり言った。




子供探しに


子供が居たら励みになる。


子供の賑わう家は明るいと何時も思って居た蒔絵は、

邦夫の説得は空しかった。


どうしても子供を育て見たいと思った蒔絵は、ひとつの覚悟を

決めて居た。


恵まれない子を引き受けて育てようと思った。


子を生めないと解った時点から、このことをずっと考え抜いて

決断をしたことだ。


まだ夫には話して居ない。


反対されることが解って居たからだ。 


子育てが大変なことも、母になることの苦労も聞いて居る。


親になることの責任を負うことの重大さも解って居た。


蒔絵は母となる日が唯一の楽しみと夢であった。


母となれない想いが、悶々として体に疼くことが、耐えら

れなかったのだ。


思う存分この手に、我が子を抱いて見たかったのだ。


絶対 私は責任を持って育てられるからと、邦夫に言い切った。


強い意志で迫る蒔絵に負けた邦夫は、不安ながらも蒔絵の

要求に、OKサインの意思表示をした。


蒔絵は嬉しくて、野菜造りも、田んぼの仕事にも、精が出た。


この野菜を、お米を食べさせて、成長する姿を見たいと思った。


一人では、可哀想だから2人を預かろうと、邦夫に言ったら

邦夫はびっくりした。


「一人でも大変なのに、2人を預かるのか。お前 自信が

あるのか。」と聞くと、蒔絵は一人より2人の方が扱いやすい

寂しがったら、2人が良い。仲間があった方が良いと思うよ。」

と切り返した。


「それもそうだなあ~仲間があった方が良いか。」と邦夫は

蒔絵の考えに賛同せざるを得なかった。


寂しさも、苦しみも分け合えば、蒔絵の心の負担が少なくなる

と思った。


「心の負担より体の負担が重い方が楽だよ。」と蒔絵は言う。



  病魔


子供もが居る賑やかな家庭に変わった邦夫も蒔絵も、幸せな

日々が続いた。


お父さん、お母さんと呼んで貰える日が来たと2人は

難しい決断をしたことに満足して居た。


しかしそんな日は続かなかった。


しっかり検診を受けて居て、健康にも注意して働いて居た

邦夫が、病魔に襲われるとは、思っても見なかった。


突然病気になり、途方に暮れた蒔絵を慰めてくれるのは、頼子と、

泰一であった。


頼子も泰一も蒔絵の家に来てから5年が経ち、中学校の3年生に

なって居た。


思うように、田畑の仕事も捗らない様子を、何処で見て居たのか

頼子も、泰一も、朝早く仕事を手伝うようになった。嬉しかった。


学校へ行く前の短時間だが、夫の居ない田畑の仕事を手伝う

など期待して居なかったが、素直な子が授かったと蒔絵は

喜んだ。


頼子と泰一の「手伝うよ。」と言う声に、力を貰い、冷静に

夫の居ない 戸惑った思いに、落ち着きを取り戻し、仕事が手に

つくようになった。


長期に亘る入院となった夫邦夫は、蒔絵のこれからを心配し

ながら、病院内から電話をして来る。


学校から、頼子の帰る時間を見計らっての邦夫の動きだ。


電話を取るのは頼子か泰一であった。



蒔絵は暗くなるまで、仕事に追われて家に戻るのは薄暗く

なってからだ。


誰も居ない茶の間に電話のベルが何時までもなり響く


学校から帰った泰一が電話に出た。


「おお~泰一か、お母さんはまだ畑かな。」と力のない声で

話しかけて来た。


「うんそうだよ。お母さんはもう少しで戻るけど。お父さん 

心配しなくとも良いから、病気を治してよ。僕がお母さんの

側に居るから。」と言う声を聞くと 邦夫は嬉しく心強かった。



やはり蒔絵の決断は間違って居なかったなあと、思いながら

受話器を置いた。


それから暫くして、邦夫の病気は快復に向かうことなく他界した。


蒔絵は、悲しみに暮れる日が続いたが、頼子と、泰一が居た

ことが、心の支えになった。


他人と言う壁は何処にも感じない。


幼い時の寂しさを、体中で受け止めて居た2人なのだ。


心細さを知って居た。


寂しい想いも想像以上だった。そんな2人は、何度か蒔絵に

辛かった思い出を話して居たのだ。


他所の子などと思ったことがなかった。蒔絵も本気で世話をして

育てた。


わがまま言えない気遣いや、何度か疑いたくなる時もあったが

頼子と泰一は心の真底から、家族の温もりを知って居たのだ。


 巣立ち


邦夫が他界したあとは、頼子も、泰一も落ち込んで居るように

蒔絵は思った。


女一人のこの家に、何時までも居ることを、戸惑って居るのかも

知れないと蒔絵は思った。


2人の様子をそれとなく観察しながら、悩む姿は出来るだけ見せ

ないように蒔絵は心がけた。


強がりの姿勢を見せて居たが、2人は蒔絵の心を見透かして

居たのかも知れない。


洗面所からひそひそと話すことが多くなった。


卒業間近になって、泰一と頼子の話す声が、深夜に聞こえて来る。

蒔絵はそっと階段の角に腰を下ろして聞いて居た。


「ねえ 泰一君卒業したらどうするの。」と小声で言う声がする、

すると、泰一が「何が??」と問い返して来た。


蒔絵は息を呑んで聞いて居た。


このままずっと一緒に居ると信じて居たからだ。


頼子は続けて言った。


「ほら もう直ぐ卒業よ。進学しないで就職したいと、私は思って

居るよ。」と聞こえて来た。


やっぱり・・・・・そうかあ・・・・・蒔絵は胸が

きゅんとなった。


胸の高鳴りや呼吸が聞こえないかと、びくびくしながら肩をすくめた。


「うん そうだね。 お母さん一人じゃ2人の進学は無理だよな。」


「そうよ。だから私は就職するって決めて居るよ。」


「同じだよ。僕だって~就職するよ。明日の朝

お母さんに伝えるから。」と泰一が言った。


蒔絵は飛び出して行って引き止める話しをしたかった。


高鳴る胸を両手で押さえ込んだ。


眠れない。


眼が覚めてしまった。不安が現実となったショックの

どきどきに横隔膜が破裂しそうだ。


何時までも、何時まで居て欲しくて、身寄りのない子を

引き受けたのだ。あの時の2人を迎えた感激が思い出された。


蒔絵がどんな一夜を過ごしたかなど知るよしもない。


一人で考え、一人で決断しなければならない生き方を

余儀なくされて生きて来た、泰一はこれで良いのかと言う不安は

拭いきれなかったが、次の朝 仏壇に花を添えて居る蒔絵の後姿に

向かって泰一は言った。


「お母さんにお世話になったけど、これ以上苦労はかけられ

ないよな。だから就職するよ。」と蒔絵にはっきり言った。


後から着いて来た 頼子も続けて言った。


「そうだよね。就職するよ。だけどお母さんが一人になるのって

寂しいよね、お母さん大丈夫かね・・」と蒔絵の顔を覘きながら

静かに言った。


泰一も続けて話した。



「そうなんだよな。僕も一番考えて居たのはそれなんだよ。

だから僕がすぐに帰って来れる 所に、就職すれば良いと思

うんだ。」と言った。


蒔絵は2人を見詰めて黙って聞いて居た。


あなた方の気持ちは良く解るよ。


夕べそっと聞いて居たのよと言いたかったが、思いっきり自分の

考えを言うほど自信もなかった。


頼子は続けて話した。


「泰一君、私もお母さんの側に居てあげたいの。出て行くこと

を迷って居るの。この家を離れることは卑怯なことよね。」と自

分を責めるように言った。


蒔絵一人を置いて出る不安は、次から次と浮かんで来る頼子は

また続けて言った。


「だから私も近くに居るよね。」そう言ったが泰一は反対した。


「頼子は少し離れて良いよ。そんなに女の子が就職する会社が

ないだろう。」と言った。頼子は泰一の兄のような優しさに

胸が熱くなった。


涙を流しながら蒔絵は聞いて居た。


2人の愛も信頼も見えた。


2人を引き受けて良かったとしみじみ思った。


「お母さんを一人にするのは、心配だけど、頼子と話し合った

んだよ。就職しようって。」


だが蒔絵は賺さず言った。



「ねえ 3年間なんて、あっと言う間よ。学費位何とかな

るって。だから一緒に居よう。高校を出れば就職も有利だよ。」


と2人にせがむように言ったが2人の覚悟は固かった。


2人はこれ以上蒔絵の一人の働きに頼ることは考えられな

かった。


近くに舅が住んで居ることも、蒔絵の支えになると思い、

頼子と泰一がこの家を離れる判断をしたのだ。


「お母さん、そんなに遠い所ではないから、何かあったら直

ぐに帰って来るからね。」と泰一は言う。


蒔絵は育てた報いを十分味わった。


家族の温もりも味わえた。


母親の実感も深く味わった。


これ以上引き止めることも躊躇した。


力強く蒔絵を説得する泰一の、兄貴らしい、男性らしさに、

頼子は頼もしい想いで横顔を見て居た。


蒔絵は密かに夜も寝ずに、最低の生活必需品を考えて買い

集め荷造りをして準備をした。


「お母さん何かあったらすぐに来るからね。別れじゃない

からね。頼子もそうだろう。」と頼子に同意を求めた。


頼子は黙って頷いた。


諦めきれない蒔絵は準備したことも言わずにまた言った。



「一緒に 頑張って苦労しても高校だけは出したかったなあ。

それが母さんの責任だよ。高校の経費位どうにかなるわよ。

お父さんが貴方達の高校までの経費は蓄えてあるから。」と

言った口元に寂しさが詰って震えて居た。


ひとりになる不安が、働く辛さより耐えられないと、蒔絵は

思った。


生めない心の穴を、恵まれない子を育てようと覚悟した人生

だったが、今離れることは考えても見なかったことだ。


早すぎる別れだ。


夫と別れ、また子供が去って行くことなど考えられなかった。


一人になるなんて想像もして居なかった。


早すぎる巣立ちである。


何時かは来る日と予想してたのにと思うが、心の整理が着かない。


頼子は息切って走って来た。


「お母さん向日葵の種を持って行くね。私の部屋に咲かす

からね。鉢植えをするよ。」と言ったら、


蒔絵は外へ飛び出して頼子の前から姿をし消した。


思いっきり泣いた。 


母と言う文字を捨てなければと言う気持ちがどっと迫った。


泣き顔を整えながら、ハンカチで口元を拭いた。


蒔絵は茶の間に戻った。


頼子が一生懸命向日葵の種の塵を払って居た。


蒔絵は頼子が言った向日葵の種を泰一にも渡した。


2人の仕草に蒔絵は暫く黙って俯いて居た。


それから蒔絵は、2人に向かって言った。



「向日葵のように愛がぐるぐる人の心を廻って~廻って

お母さんの所へ飛んでくると良いなあ~泰一君と頼子ちゃんの

二輪の向日葵がお母さんの心の中に咲かすからね。だから

泰一君も頼子ちゃんもめくる日を幸せに生きるって向日葵に

約束して頂戴~。」と言って2人の手を硬く、熱く握り締めた。


「うん解ったお母さん 約束するよ。」と2人は頬を高潮させて

言った。


向日葵の種を持った2人は、それからしばらく経ってこの家を

出て行く日が来た


「お母さん、別れじゃないよ。行って来ます。」と言いながら

頼子は走って行った。


2人が去った部屋の中は冷え冷えとして寒かった。


ひんやりした空気に耐えられなかった。


想像以上に寂しさが身に沁みた。


座る場も落ち着かなかった。


蒔絵は近くに住んで居る、舅が一人暮らしをして居たので

時々夕食を造って届けることで寂しさを紛らわした。



  闇の来客


一人暮らしも馴れて来て落ち着いた頃、夕食は舅と食べるように

なった。


舅 和人は喜んだ。


一人の食事は造るのも大変だが黙って食べる味は美味しくない。 


雑談が食事のメニューのひとつだね、とニコニコ食べて

くれるのが、蒔絵にとって家族の温もりを取り戻したように

思えた。


食事は終われば、和人は帰って行く。そんな日が半年過ぎた。


秋も深まり、夕暮れが早くなり、畑の仕事も速めに終わる

時期が来た。


蒔絵は和人の来る時間を待って居たが今日は来ない。


何か起こったかなと思って和人の家を訪ねた。


和人は、


「今 行こうと思って居たよ。」と言い玄関を出るところ

だった。


「お父さん、来ないから迎いに来たのよ。」と言って帰ろうと

した蒔絵を 急に引き寄せ 家の中に引きずり込んだ。


「お父さん、何をするの。どうしたの。」と言ったが返事を

しない。蒼白の顔になった和人は、蒔絵の体を無理無理

部屋の奥へと連れて行った。


「蒔絵 俺は寂しいんだ。」と言って蒔絵の体を求めた。


蒔絵は 突然の和人の行動に恐怖感を感じ裸足で逃げた。


後から追いかけて来そうな気がして夢中で帰った。


蒔絵は一睡もしない一夜が過ぎた。


家に帰った蒔絵は鍵をしっかりとかけて、布団に入ったが、

外は白々と明るくなって居た。



何も手に着かない、どうしたら良いか途方に暮れた。


相談することでも出来ない親子の問題だと悩んだ。


頼子も、泰一も若過ぎて話すことではない。


悶々とした日が流れた。


和人は暫く来ない日が続いた。


蒔絵はもう食事は一緒にしなければ良いと覚悟を決めて、

親と言う想いを捨てた。


和人の心理変化は予想だにしなかった。


和人が親から男性の姿に変わった怖さなど考えてもみなかった。


もう11月も終わる頃 和人との行き来もなく、畑の秋仕舞

いを 夢中で働いて居た。


二度とあんな怖いことに、出会わないようにしっかり鍵をかり

早めに灯りを消して寝ることにして居た。


木枯しが戸を叩くと、和人が戸を叩くように思えて怖かった。


疲れて居る蒔絵は何時しか深い眠りに着いて居た。

 

眼を覚まして部屋のあちこちを見回すと外は相変わらず

風が強い。隙間風が枕に吹き寄せる。


また寝れば寝すぎてしまうと思った蒔絵は、雨戸を開けて

昨日 遣り残した仕事を終わらせたいと、薄明かりの中

物置にダンボールの箱を取りに行った。


その時冷蔵庫の影から黒い影が動いた。



何時忍び込んだのか、和人が飛び出して来た。


大声を上げることも出来ない。誰かを呼ぶ暇もない。 


逃げようとダンボールを捨てて駆け出したが和人の手が

蒔絵の足を掴んだ。


覚悟を決めて話を始めた。


「お爺ちゃん 何を考えて居るの。私は貴方の嫁よ。どんなに

 寂しくても越えていけない一線があるでしょう。」と言った。


蒔絵は情けなくて泣けて来た。


言葉が口に出ない。


和人の手から足を外そうとしたその時 和人は側にあった

縄を持って蒔絵の手も足も縛った。


蒔絵は必死で抵抗した。 


和人は泣いた。 「俺は寂しいんだよ。」


とやっと縄を緩めて話し始めた。


「一人が寂しいのは私も解る。だけどどんなに寂しくてもそれを

越えてみんな我慢して、耐えて居るんでしょう。お爺ちゃんだけ

が寂しいんじゃないよ。」と言いながら、和人の視線の逸れるのを

待った。


和人が立ち上がった瞬間に、蒔絵はありったけの力で飛び上がり

物置から飛び出した。



  出会い


もう限界が来たと思った蒔絵は友達に相談をした。


「私の家に夜だけいらっしゃいよ。 朝帰って仕事をすれば~~。」

とひとみは言った。


蒔絵は それもはいそうするわ。とは言えなかった。


家を離れることが心配だった。 


和人から逃れるための動きを考えて見た。


屋根裏の部屋に寝ることにした。


疲れたからか体のあちこちが痛む。


腰や足の痛みがあり、思うように仕事が捗らない。


寝不足もあるのだろう。落ち着かない恐怖の日が続いた。


整体の治療に行って治療をすることにした。


何度か治療を繰り返すうちに疲れも取れ体が軽くなって来た。


待合室には、治療の順番を待つ人が 沢山 居た。


お喋りが何より楽しい。治ったような気分にさせてくれる。


患者同士が馴染みの友達になって居た。


一人暮らしの蒔絵には、治療と同時に待合室の雑談が楽しみの

ひとつでもあった。


もう帰ろうと思い、これで最後だからみんなに挨拶をして帰ろうと

思った。


「もう明日から会えなくなるけど、楽しかったわ。こうして

話すのも治療のうちね。」と言って、帰ろうと入り口に来た

時だった


入り口には帰る人が何人か集まったその中の一人の男性が

蒔絵に声をかけて来た。


「僕もこれで終わりだよ。どちらの方向に帰るの。」と聞い

て来た。何度か挨拶を交わした仲間からの話かけ だった。


「はい この近くです。10分も歩けば私の畑なのよ。」と蒔絵は

返事をした。


呼び止めて話かける男性の声が嬉しかった。


「じゃ 僕はその反対方向だけど 一緒に帰りませんか。」と

笑顔で声をかけてくれた。嬉しかった。暫くぶりで喜びを味

わった。


自動車に乗るほどの距離ではなかったが、男性の好意に甘えて

乗った。


暫くふりでほんのりと、人の心の温かさを味わった。


「此処まで送って頂いたのだから、お茶を一杯飲んで行きませんか。」

と蒔絵は男性を誘った。


「じゃ言葉に甘えようか。」と男性はエンジンを止めて、お茶を

飲んだ。5分位話をした男性は


「ご馳走様 暇を見てまたお邪魔しますよ。僕の家も整体の治療院

から南に20分位の所にある、森の中の蒼い屋根の家だから。」と

言って帰って行った。


蒔絵は暗く塞がれた道が拓けたような、恐怖と悲しみから開放された

気分になった。


逃げ出したい。何処かへ越したい。そんな気持ちが高鳴って来た。


残された人生だから自由に羽ばたきたいそんな気持ちに、新しい

自分を試したい気分になって来た。


寂しい柵なんて破れば良いと思った。


夜の恐怖から開放されたかった。色々な理屈を並べて自分を

擁護したかった。


舅の声の聞こえない所へ越したいと思った。


そう思った蒔絵は 男性の教えてくれた道を、自転車で

走って見た。


男性の書いてくれた地図を頼りに、自転車を走らせた。



20分だから、そんなに遠い所ではない。


あった~あった~


こんもりと小さな林の中に、蒼い屋根の家が男性の家の

目印だと言って居た。


言われた通りの道を行き、蒼い屋根に向かって自転車を走らせた。



誰も居ない。可愛い犬が柿の木に繋がれて居た。


名前も確認しない、自分を軽率だと思ったが、逃れたい一心に

男性の家を訪ねた。


玄関の入り口を見たら表札があった。


江戸川 圭吾と書いてあった。


そうか 圭吾さんと呼ぶんだだな~ 何もかも忘れたように

警戒心も捨てて男性の家に辿り着いた自分が怖くなった。


「ごめんください。 蒔絵です。 地図を頼りに来たら直ぐに

解りました。 嬉しかったです。」と言って、何度か来たことの

あるような親しみの声で訪ねた。



家族が居るのかどうかも確認しない無鉄砲な自分にびっくりした。


何度か声をかけて見たが誰も出て来ない。


もう一度呼んで見た。 やっぱり出て来ない。


誰も居ないのかな~  


帰ろうと後を向いた時に微かな声がした。


「おはいりなさいよ。」と言うが 姿は見えない。


出て来ない。??? 


どうしたのかなと思い、また声をかけてみた。



「何処に居るのよ。今日は涼しい風があって気持ちが良いから

訪ねてみたのよ。」と声をかけた。


だが出て来ない。姿をみせない。


「蒔絵さん ちょっと手伝ってくれないか、一人で起きれない

んだよ。」と言う声だ。


初めて伺う家に入り込むなんて何が不安が過ぎった。


舅の恐怖がどっと襲ったが、入らなければならない圭吾の声だ。



「蒔絵さん ちょと 起こして欲しいんだよ。背中が痛むんだ。」

と言う。


不安を振り捨てて、迷わすに、圭吾の声のする方へ入って行った。



「僕は一人暮しなんだよ。こんな時に一人は困るね。一人じゃどう

することも出来ないよ。来て貰ったのは、神様が来たようだよ。」

と言って、手を添えてくれた蒔絵の手に温もりを感じた圭吾だった。



圭吾は蒔絵を送り届けたその後の様子を話し始めた。


柿の枝を切り落とそうとして、背中に枝が落ちて来たと話して

くれた。


食事の準備も、犬の世話も出来ないことを切々と話し始めた。


話を聞きながら私が出来る事をしてあげたいと蒔絵は思った。



夕食の準備と、犬の餌を準備して、圭吾が起き易いような

背もたれを造って家に帰った。


それから何日か経ち圭吾はすっかり快復して、自動車で訪ねて来た。



「この前はありがとう。助かったよ。どうしようかと思ったよ。

電話の側にも行けなかったんだから。」


と言ってケイキを2つ持って来た。


お茶を入れて居る蒔絵に静かな声で圭吾は言った。


「僕は おふくろと、2人暮らしだったんだけど、2年前に

おふくろが死んだ。」と話し始めた。


結婚もしたことがないと言う。


難しいことは何もないから、付き合いたいと話し出した。


蒔絵は黙って聞いて居た。


それから蒔絵は、舅の話をし、此処の地から離れて何処かへ

越したい、何処か少し遠い街へ行きたいと言った


舅の見えない所へ行きたい一心に圭吾へ話してみた。


圭吾は待って居ましたとばかりに一緒に暮そうと言い出した。


自分から話し始めたことだが、蒔絵は即座の返事は出来

なかった。


頼子と泰一に了解を受けなければならないと思った。


休みも返上して手伝ってくれる泰一の気持ちを、大切に

したかったからだ。


頼子も泰一も「お母さんが幸せになるなら良いよ。」と

喜んでくれた。


頼子と泰一の気持ちを伝えに、圭吾の家に行った。


話はとんとんと進み、圭吾は結婚など諦めて居たことが

実現することが夢のようだった。


圭吾は真面目な実直な男性である。


片時も休まず、住んで居た家を整理した圭吾は、時々帰る

ことを近所に伝え、越して行く事情を話し、挨拶を済ませた。


小さな市であるが、海が見える郊外の地である。

2人で住むのには十分楽しめる広さの家を借りた。


海が好きな蒔絵は飛び上がるほど嬉しかった。





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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして(・∀・)♪ 読ませていただきました* とても面白かったです\(^O^)/ これからも頑張ってください(*^-^*)
2012/09/29 18:35 退会済み
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