君を愛す
趣向を変えて、短編を集める事にしました。
きっと君は僕の事を覚えていない。
それでも、いい。
僕が君を守る事に、なんの変わりもないのだから。
僕は、人を、殺す。
君の、為に、殺す。
だから、――――君は、僕を、殺せ。
☆ ☆
深い深い深い、暗い暗い暗い。
バージバル・アークライト一行はとうとう終焉の地にまで到達した。
そこは地獄だ。生物の存在を拒むようにマグマが周囲を囲み、あらゆる存在がここで果てたかのように腐臭が漂っている。
一行は足を止めた、止めざるを得なかった。
「ようやく来たんだ……、待ちに待った日は今日だったんだね」
地獄の入口、一行にとっても見慣れた人物が入口の脇に座って一行の事を見ていた。
「アストラリア・ガーゴイル……」
「おや、僕の名前を覚えていてくださったんですか? それは嬉しい。握手でもします?」
立ち上がったアスラトリアに気圧されて一行は一歩後ろに下がる。ただ一人、バージバルを除いて。
「忘れるわけないでしょ……」
何度となくバージバル一行の前に立ちふさがった男、アラストリア。全世界にたった五人しかいない千億越えの賞金首であり、世界一悪行が轟いている男でもある。
そして、一行のリーダー、バージバル・アークライトから全てを奪った男でもある。
「あんたが……、あんたが家族を!」
「……仕方なかったんですよ」
「うるさい!」
バージバルは剣を抜く。続くように一行は全員剣を抜く。
数にして五。一人で戦うには少し多すぎる気もするが、それでもアラストリアは剣を抜いた。
それだけ。
それだけの行為にも関わらず、二人気絶した。
「伝説の勇者の一行がこの程度ですか……、まったく、よくここまで来ることができましたね」
「くそっ、お前だけは、お前だけは!」
バージバルがアラストリアに向けて駆ける。
一直線に駆けながら剣先はアラストリアに向けている。
半身になってかわしたアラストリアはバージバルに剣を振るう。しかし剣は剣で弾かれ、更には剣が増える。
「やっぱり駄目です。僕は君としか戦いたくない」
瞬間、一行の残りの二人が、ひれ伏した。
より正確に言うなら、アラストリアが二人を地面に一瞬で叩きつけた。
二人は動かない。
「これでようやく二人だね」
「ふざけるなよ!」
再び剣を振るうバージバル。
剣は空を切り、顔に手が当たられ、そのまま――地面に叩きつける。
剣はどこかへいき、バージバルの上には手を顔に置いたままの上に乗っかかっているアラストリアがいる。
「女の子が、特に君はそんな汚い言葉を使ってはいけませんよ」
「くそっ! のけ! のけ! 死ね!」
なおも逃れようとするバージバルをやれやれと眺め、
「…………少し、昔話、しましょう」
ようやくぽつりと呟いた言葉は、どこか懺悔のようにも聞こえた。
金持ちの家がありました。
その当主はあまりある莫大な資金を使って何をしたか。
当主は金で、命を買った。自分のじゃない、他人の、だ。
結果は、その命を使っての、戦争、――――ごっこ。
本気でする気もなく、ただ遊びの為に命を使い、弄んだ。
「それ自体は悪いとは言い切りませんが、むしろ僕としては共感を覚えます」
「っ! 外道が!」
いつしかごっこは、遊びでは無くなり始めました。
その金持ちはあまりに命を弄び過ぎたのです。
だからあらゆる国から暗殺者や軍隊、陰から陽いつでも狙われましたが、金持ちは死にません。
すべて金で解決し、すべて金で丸め込んだのです。
「清々しい人でしたよ」
「うるさい!」
でも、当主にも手が出せないものがありました。
それは娘、たった一人だけの娘です。
両親さえ、妻さえ、使用人さえ使って遊び続けた当主は、それでも娘だけは手が出せなかった。
「いい話ですね」
「黙れ!」
だけど、娘は、当主に反抗した。
当主はそれでも娘を使う事はなかった。
そして、ある時、悲劇は起こった。
金の為ではない、己の欲望の為に人を殺す狂人が当主を殺したのです。
「ちなみに僕の事ですよ」
「死ね!」
下で暴れるバージバルを眺め、空を向いて一瞬、悲しそうな顔をする。
当主は死ぬ間際、狂人に言いました。
娘を頼む、と。
頼んでも聞き届けられないと知りながら、それでも頼まずにはいられなかった。
自分が死んだ後、娘がどのような待遇を受けることになるか、想像は出来ていたのでしょう。
「僕は、断る、と言いましたが」
「くそ! のけ!」
希代の殺戮者、ガルガルド・アークライト。
彼に対する恨みは消える事はない、けれどその恨みの矛先を向ける相手は、……いたんです。
その娘、バージバル・アークライト。
可憐で美しい少女、絶世の美女とまで噂された、箱入り娘を、彼かは毒牙にかけた。
金をむしり取り、財産を剥ぎ取り、略奪できる物すべてを略奪しつくし、そして、お父さんの償いと称して残虐非道をつくした。
娘は逆らえない、なぜなら、お父さんのための償いだから。
「黙れ!」
「それが娼婦のわけでしょう?」
「うるさい! そんなこと言うな!」
ある時、娘の周りで不穏な噂が流れた。
娘に関わったものが悉く死んでいったのだ。
だから娘を自分から引き離す事を考えた彼等はとあることを思いついた。
最近出てきた終焉の地の調査、――――と称した、死の宣告。
この場所は行けば帰って来られない、けれど行かなければ解決することは出来ない。
娘は知っていた。けれど、反抗出来なかった。
なぜなら。
「お父さんの」
「違う! 私は、違う!」
「ためだから」
「黙れ!」
「バージバル・アークライト」
「黙れ黙れ黙れ黙れ!」
「君は君だけど、君の心は君じゃない」
「黙れええええええ!!」
その時、バージバルの体を光が包んだ。
そして、
これでいい、とアラストリアは呟いた。
☆ ☆
包んだ光は納まり、代わりにバージバルがほのかに光っている。
アラストリアは飛び退き、二三跳躍するように後退して間合いを取る。
「何ですか、その力は」
「知らない。けど、力が湧いてくる! これならお前を!」
剣を振るう。すると剣から斬撃のように光が飛び出した。
アラストリアは光の斬撃を左手で受け取る。彼ならかわすこともできていただろうに、しなかった。
左手が、切り裂かれ、五指と二頭筋の半分が地面に落ちる。
その威力、推して知るべし。
「大した威力です」
「は、ははははは! 何だその様は! ははははは!!」
何かの枷が外れたのか、狂ったようにバージバルは笑う。
その姿を視界の端に納め、アラストリアは右手に持った剣で、
左肩以下を斬り落とした。
その狂った行動には狂ったバージバルでさえ言葉を呑む。
しかしアラストリアは変わらぬ調子で、血を滝のように流しながら言う。
「大丈夫です。ここはそういう場所ですから」
血は既に止まり、腕こそは再生しないがすでに斬られた断面はない。
「お、お前……!」
「どうしたんですか、まさかこの程度でひよったんですか?」
口の端を吊り上げ、狂ったように笑う。
バージバルは気圧されて後退した。
アレニハカテナイ、ニゲナイト、シヌ。頭の中でその言葉が乱れ飛ぶ。
「……僕を怖いと思いますか?」
「ッ! 誰がそんなこと!」
「では、僕を殺したいと思いますか?」
「当たり前だ!」
「それは何のためですか?」
「お前が家族を! お前がお父さんを!!」
「では」とアラストリアは最後に笑いながら、「よかった」
バージバルにはアラストリアの言葉の意味が理解できなかった。
良かったという言葉の意味は理解できても、その言葉を今ここで使った事に対して理解が追い付かない。
「それはあなたの意志です」
だから、
「その意志のままに、――――僕を殺せ」
両手を広げる。まるで受け止めるとでも言うように。
バージバルは分からなかったが、その絶好のチャンスを逃す事はせず、剣を、アラストリアの胸に突き立てた。
剣は、胸の皮脂を抜け、肋骨を割り、心臓を貫いて、背中から突き出た。
即死は間違いない。
アラストリアは胸を突かれたまま、そのまま剣を持ったバージバルに、世間を知らぬ少女に近づいた。
深く、より深く剣が刺さる事をいとわず進む。
そして、最強の悪魔と言われるのとは正反対で天使のように少女を抱きしめた。
「実はね、僕はその当主に頼まれたことは聞かなかったんだけど、それでも楽しく殺そうと思って君を見た」
そして、
「心を奪われた」
「――――……え?」
「僕はその成長を見たかった。どんな人生になるのか興味がでた。だから、――――君に毒牙をかける全ての人間を僕は僕の楽しみを奪う敵と見なして殺した」
それは……、
「国崩し、お家崩し、大量殺人、僕が犯してきた全て」
「待って、それ以上は」
「君の為」
ギュッと強く、離さないように強く、大切なもののように優しく、抱きしめる。
そして離して、終焉の地から離すように突き飛ばした。
「僕が行こう。君が行くよりは良い」
「けどそれは私が頼まれ!」
「頼んだ人間は死んだ、もう必要ない」
何かを言おうとしたバージバルを手で制し、体を返す。終焉の地へ向けて。
「君はそれでも行くと言うでしょう、だから僕が片付けてきます」
「待って!」
「待ちませんよ。知っているでしょう? 僕は君の家族を殺した人間だよ?」
トンッと首を何かで叩かれた。
そ、んな……、距離はあったのに……。
そう思うが最後、バージバルの意識は暗闇に沈んだ。
☆ ☆
「さて、光は託したので、僕にはもうあんまり力は残されていないのでしょう」
アラストリアは、最凶の悪魔は、命の灯火が消えていくのを感じていた。
「なら最後ですね」
笑う。楽しそうに笑う。愉しそうに笑う。愉しそうに嗤う。
嗤って嗤って、喜悦が顔をより悪し様になる。
「く、く、……くはっ、くはははははは!」
声が響く。悪魔のような心を不安にさせる笑い。
「ははははははは! ――――――ふぅ、さて」
進む。悪魔は進む。
終焉の地ヘ進む。地獄のような場所へ進む。
もう、帰れないと知りながら。